6.男が保護されている社会
朝起きると一階に降りていった。
ノラさんがパンとスープの朝食を出してくれる。
味はない。なんでもいいから塩味が欲しい。
「おはよう、昨日の夜に服が届いているよ、そこにある」
「おはようノラ殿、朝からいきなり質問で申し訳ないのですが、このあたりに海はありますか?」
「なんだい藪から棒に、海ねえ、このプロスペリタ王国では海に面しているのは王都だけだね」
「そうですか、ところで王都での食事はこのザカトの町とでは何か違いがありますか?」
「食事に違い? ないんじゃないかねえ、食事なんてどこでも魔物の肉とパンとスープだろ」
「私の知る限りじゃあ王都だろうとザカトだろうと変わりはないと思うよ」
どうやらこの世界で「塩」をどこからか調達できる期待は今のところかなり薄そうだ。
それどころか、もしかするとこのまま一生ウサギの魔物ステーキしか食べられないという恐れもある。
私がパンとスープを黙々と食べているとノラさんが仕事について話してくれた。
「とりあえず、あんたにもできそうな仕事をいくつか聞いてきたから興味があったら行ってみるといい」
「一番のおすすめは絵のモデルだ、領主館の近くに画家が住んでいる」
「何もしないで椅子に坐ってるだけでいいし報酬も高い」
「それは拙者の姿を絵師が描いて、浮世絵のようにその絵を売るということでしょうか?」
「そういうことだね、器量よしの男の絵なら買う女も少なくないからね」
それはちょっとどうだろう、私の絵が店や買った人の家に飾られるというのはヘソのあたりがむず痒くなる。
「ううむ、そのような浮世絵のような仕事は拙者の性に合いそうもないですね」
「そうかいモデルがダメだとすると、あんたにもできそうなのは受付とか給仕くらいかね」
「病院の受付、冒険者ギルドの受付、飯屋のウエイターとかがあるけど何か興味がありそうなのがあるかい?」
「冒険者ギルドの受付とはどのような仕事でしょうか?」
「別に難しいことはないよ冒険者が依頼を受けにくるから、受けたい依頼を確認して冒険者ランクと依頼があっているか確認して受け付けるだけだ」
「実際にはあんた一人で受付をやるわけじゃないだろうから、実務は先輩に任せてあんたはそこに座ってさえいりゃいいってこともあるかもしれないけどね」
「帳場の仕事ですか。それはなにやら面白そうですね。 その仕事につくにはどうすればよいでしょう?」
「冒険者ギルドの建物に行って、そこにいる職員の誰にでもノラに言われて来たって言えばそれでわかるよ」
「あんたなら働きたいといって断られることは決してないだろう」
「何から何までかたじけない。着替えたらさっそく行ってみることにします」
どうやら仕事のほうもなんとかなりそうな感じだ、ノラさんに心の中で感謝した。
「ところでノラ殿、もうひとつ伺いたいことがあるのですが」
「なんだい?」
「この町には男が一人も見当たらないようですが全員が領主の館にいるというのは何か理由があるのでしょうか?」
「ああそんなことか、落世人のジンスケの元の世界はどうだったか知らないが、この世界には男は20人に1人しかいないんだ」
「そして、このザカトの町では男はみんな領主の館にいるから町で男に会うことはないね」
「えっ、つまり女が19人に対して男が1人の割合っていうことですか」
「そういうことだね」
今までで一番のびっくり情報だ。どうりで男を見かけないわけだ。
「それで、この町にいる男は全員が領主の館にいるということでしょうか?」
「そうだよ20人くらいかな、全員が領主の館にいる」
「それは領主は女で領主の館とは大奥のようなものだということですか?」
「なんだいその大奥ってのは?」
「領主がたくさんの妾を住まわせる御殿のことです」
「そんなんじゃないよ。 領主の館に住めば週に一回だけ女の相手をすることで何不自由なく暮らせるってだけだ」
「領主の館に男はすべて囲われていて、週に一回強制的に領主の夜伽をさせられるということですか?」
「領主の相手をさせられるんじゃないよ、領主の館にやって来る町の女たちの相手だ」
「それに囲われているとか物騒なことを言うんじゃないよ、それじゃあ領主が男を監禁している極悪人みたいじゃないか」
ノラさんは私の顔を正面から見つめて真剣な顔で言った。
「このプロスペリタ王国では男は法律で守られているんだ。」
「領主だろうと男に危害を加えたりすれば厳罰に処されるんだよ。」
「男たちはみんな自分たちから望んで領主の館にいるんだ」
「領主の館から出たければ自由に出ることができるし、他の町に行くこともできる」
「それでは何故みんな領主の館にいるのでしょう? そんな男女郎のような扱いを受けていながら」
「だから言ったろ、領主の館にいれば週に一回、月にしたら4回か5回、女と寝るだけで衣食住、何不自由なく暮らすことができるからさ」
ノラさんは、何をそんな当たり前のことを訊くのだという顔をしている。
「たまに自由がいいとかいって町で暮らそうとする男がにいるにはいるよ」
「でも町で暮らすには働かなきゃならない」
「そして男は大抵はろくな仕事もできない。そりゃあそうさ、この社会は女のためにできあがってるからね男には向いてないんだ」
「そんなくらいなら領主の館でのんびり暮らしたほうが断然いいからね」
「この町の女たちには全員に年に4回の「祝祭の日」というのが与えられている。」
「町の女みんなそれぞれに別の日が設定されているんだ」
「祝祭の日には女たちは領主の館に行って、好きな男を選んで寝ることができる」
「金貨5枚かかるけれど誰もがその日を楽しみにしているよ」
「娯楽でもあるし、子供を得るにはそれしか方法がないからね」
「そうして領主の館には毎日、4人~5人くらいの女が町から祝祭の日として訪れるってわけさ」
「私みたいな婆さんにも祝祭の日は決められているんだよ、この年じゃあもう何年も行ってないけどね」
つまりそういうことなのだろう。
世界に男の数が少ないからそうでもしないと人が減って国が衰退してしまうのだ。
「しかしそれだと人気のある特定の男ばかりが女子の相手をさせられるということになるのではないですか?」
「そんなブラック企業みたいなことを領主が男にさせるわけがないだろ」
「男は嫌なら別に祝祭の場に出なくたっていいんだ」
「1日お勤めしたら一週間はお休みにしたってかまわない、どうだい楽な仕事だろ。」
「それに男だって女と寝るのはそれなりに気持ちがいいと聞いてるよ、満更でもないんだろ」
「あんたみたいに金のために女と寝るのは嫌だなんていう変人でなければ何の問題もない」
「楽しんだうえに楽な暮らしができるんだ、こんなにいいことはない、みんな領主の館に行くわけさ」
確かに女と寝て金までもらえて遊んで暮らせる、いいことずくめのようにも思える。
でも逆に言えば金で体を買われるということだ。
「なるほどそういうことでしたか、この世界の男には誇りというものがないようですね」
「この町の事情はわかりました」
「それでも拙者には男女郎の真似はできません。冒険者ギルドとやらで仕えてみることにします」
「そうかい、それは残念だね。それを聞いたらみんながっかりするだろう」
「あんたが祝祭に出るんなら私も久しぶりに行ってみるかと思ったんだけどねえ」
色々と理解不能なことも少なくないが、どうやら領主に存在が知られたとしても無理矢理に館に連れていかれるようなことはなさそうだとわかって安心した。
というか服屋の店員にも宿を知られているくらいだ、領主には私がこの町にいることなんてとっくの昔に知られているのだろう。
どうこうするつもりなら、とっくに領主の館に連行されているはすだ。
男は法律で保護されているというし、心配が過ぎたのかもしれない。
私がそんなことを考えていると、ノラさんは私にノラさんの肩に手を置いてみろと言った。
「例えば、あんたのこの手を私が払いのけたとするだろう、そうしたらどうなるか」
「どうなるか?とは何のことでしょう?」
「あんたが暴力を振るわれたといって訴えれば私は重罪だ、事実だと確認されれば何の申し開きも聞いてはもらえない」
「まさか、そのようななことが」
「まさかじゃないよ、それがこの国の法理だ。男は守られている」
「だからこの町では男があんた一人しかいないからといって心配することはない」
「この町ではいきなり女に体目当てで襲われるなんてことは金輪際おこらない」
「もしそんなことする奴がいたら一族郎党、全員が死刑になるからね」
「男をじろじろ見るのも犯罪だ、男が不快を訴えれば罪は免れない」
「それで町を歩いていてもジロジロ見られないんですね、滅多に声もかけられませんし」
「そうさ、だからこの町の者に何か用事があるときや、店に行った時も、相手から声をかけられる前にあんたの方から先に声をかけてやりな、それが男の甲斐性ってもんだよ」
「ノラ殿、かたじけない、ようやくいろいろと合点がいきました」
「ふん、まさかうちの宿に男を泊めて、男から礼を言われる日が来るとはね、お天道様もびっくりだよ」
「ただしあんたは滅多にない器量よしだからね、重罪とわかっていてもつい・・という輩がでてこないとも限らない、あんまり女を煽るようなことだけはしないことだ」
「そのような心配は無用と思いますが、せいぜい気をつける事とします」
ノラさんからレクチャーされていろいろと疑問に思っていたことがだいぶ氷解した。
でもまずは仕事だ。
さっそく私は冒険者ギルドという所に行ってみることにした。
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