43.ダリルの報告
サラサラの金髪を風に揺らしながら、ダリル・フォーランスが国軍の野営地に現れた。
陽光を反射する金の髪はまるで絹糸のように艶やかで、その無邪気な笑顔も相まって、遠目にはただの上機嫌な貴族令嬢にしか見えない。
だが彼女の到来に、軍総司令官マドリナ・クラウストは露骨な嫌悪の色を浮かべて声をかけた。
「……久しぶりだな、フォーランスのバカ娘。まだ冒険者ごっこにうつつを抜かしているとはな。いい加減、母親の領地に戻って領政でも学んだらどうなのだ?」
皮肉と軽蔑をたっぷりと含んだその口調にもかかわらず、ダリルは相変わらずニコニコとした笑顔を崩さない。
「まあ、総司令官こそお久しぶりです。あいかわらずお元気そうでなによりです」
「領地の件でしたら、姉上が補佐しておりますし、いずれ爵位も受け継ぐことになりますから……ご心配には及びませんよ」
その応答に、マドリナは眉をしかめて言い返す。
「長姉が爵位を継げば、妹たちはそれを支えるのが貴族の責務というものだ。それをこんな辺境で、遊び半分の冒険などにかまけて……」
クラウスト家とフォーランス家は、貴族社会における中でも古くからの親戚関係にある。マドリナにとっても、フォーランス家の娘たちは幼い頃からよく顔を合わせてきた相手だった。
フォーランス家の母親は、ことあるごとに娘たちを連れて、親戚筋の最上位にあたるクラウスト家の屋敷へと挨拶に訪れていたからだ。
それなのでフォーランスの娘たちのことは子供の頃からマドリナはよく知っていたのだった。
ダリルはこれ以上言い訳していても仕方がないとばかりに本題を切り出した。
「ジンスケ様をお探しと聞いたので、総司令官にお知らせしたいことがあってやってきました」
マドリナはギロリと目を剥いた。
「その男のことを知っているのか? 何か情報があるなら包み隠さず話しなさい」
ダリルは周囲を見回した。
「ちょっと重要なお話になりますので、できれば人ばらいをお願いしたいのですが」
マドリナの隣にいるカリーネの眉が吊り上がった。
「無礼だぞ、貴族の娘といえど、まだ爵位もないひよっこが国軍の陣内で偉そうに・・・」
マドリナがカリーネを目で制して言った。
「カリーネには一緒に聞いてもらう必要がある。あとの者は人払いしよう」
ダリルは頷いて言った。
「ありがとうございます。もちろん副師団長閣下にはご同席いただいて何の問題もございません。大変失礼いたしました」
カリーネはフンと鼻で返事をして、許してやることにしたようだ。
マドリナは周囲に人がいなくなったのを確認してから聞いた。
「それでは人払いするほど重要な話というやつを聞かせてもらおうか」
ダリルは頷いて話しはじめた。
「ジンスケ様のことですがお会いになればわかると思いますが、本当にこの世の物とは思えないほどに美しく儚い感じの少年です」
「でもその外見に騙されてはなりません、ジンスケ様は並みの人間ではありません。いやもしかすると人ではないのではないかとすら・・」
マドリナが答えた。
「そうだろうな。ランドドレイクを一撃で倒す人間。しかも男だという、普通の者のはずがない」
ダリルは驚愕で目を見開いた。
「ご存じだったのですか・・・」
マドリナは一段と声を低くして言った。
「レイラ姫がランドドレイクを一撃で倒す男をご覧になられたのだ、それで我々がこうして調べにきている」
ダリルとしてはジンスケと共に無限の塔に潜ったことをなぜ知っているのかと驚いたのだけれど、それとは別の話だと聞いてますますジンスケのことを怖ろしく思った。
(レイラ姫と遭遇したようだが本当に偶然のことだったのだろうか? 何か目的があって近づいたのでは?)
「実は私はジンスケ様に案内役を頼まれまして「無限の塔」に一緒に潜ったのです」
カリーネが疑わしそうに言った。
「確か騎士団の調査隊が全滅しかかった探査にお前も道案内として同行していた筈、ワイトが出るとわかっているダンジョンにまた潜ったというのか?」
ダリルは頷いた。
「実際には潜ったのはジンスケ様で我々は後ろをついていっただけです」
「13階でワイトに出くわして、ワイトはジンスケ様が倒しました。古のエルフが悪霊となったワイトだったとのことでした」
マドリナとカリーネの顔が驚愕に引き攣った。
「ワイトを倒したというのか? 魅了はどうやってかわしたのだ?」
ダリルは首を振った。
「倒したことは間違いありません。ワイトがドロップした魔石を持っていましたので」
「私はワイトの姿も確認しないうちに魅了されてしまったので何が起きたのか全く知らないのです」
「ジンスケ様がどうして魅了にかからなかったのかもわかりません」
「本人が言うには何回も躱されたけれど近づいてきたところを切って核を壊したそうです」
カリーネが怒鳴った。
「そんなバカな話があるか、あのワイトの瞬間移動とデスタッチで魔法師団でも上位の魔導士が一瞬でやられたんだぞ、それで調査団は退却したんだ」
マドリナがカリーネに向かって声が世大きいぞと目で制した。
マドリナがカリーネに代わって言った。
「死んだエルフが悪霊となったワイトとなると全盛期の私が軍を率いても倒すのは無理だろうな」
「そのジンスケという者はそんなに強いのか?」
ダリルが頷いた。
「ワイトを倒したところは見ていません。でもランドドレイク、ケルベロス、グリフォンを剣の一撃で倒すところはこの目で見ました」
マドリナとカリーネはそれを聞いて呆気に取られている。
マドリナが聞いた。
「剣で倒すのか? 魔法ではなくて? そんな伝説級の魔物だと剣の刃が固い外皮を通るとは思えないが・・」
ダリルは説明した。
「ジンスケ様はオニマールという魔剣を使うのです。剣の幅は総司令官が使われる大剣の幅の1/5ほどでしょうか」
「見た目だけであればすぐにでも折れてしまいそうに見えるのですが、オニマールに切れない物はありません。岩でもミスリルでも何でも一振りで真っ二つです」
カリーネが疑わしそうに言った。
「ミスリルを切る? なんの冗談だ。それじゃあその魔剣とやらはいったい何でできているんだ?」
「オニマールもミスリルで出来ているとのことです。ただしサラマンダーがドロップしたミスリルだということで、それをジンスケ様がカジバーという秘術で魔剣に仕上げたと聞きました」
ダリルの答えを聞いたカリーネの声はもはや悲鳴に近かった。
「サラマンダーだと。ありえん。ありえん。絶対にありえん。 何が秘術だ。何を言っているのか全くわからない」
マドリナが聞いた。
「サラマンダーも倒したのか?」
ダリルの答えはさらに二人を驚かせるものだった。
「20階層でサラマンダーに遭遇しました。ジンスケ様は一人で「サラマンダーを倒してくる」と言い残して20階層の奥に向かいました」
「サラマンダーのブレスによる熱気が我々のところまで来ましたからサラマンダーと戦ったというのは嘘ではないと思います」
「私と一緒にいた者がワイトの魔石に体を乗っ取られて、そのワイトがジンスケ様を私のところまで瞬間移動で戻しました。」
「サラマンダーには勝てなかったようです。サラマンダーの首を切り落としたけれど、切り落とした首からブレスを吐かれたので瞬間移動で逃げてきたと言っていました」
「でも以前に一度、サラマンダーと地上で遭遇してザカトの住民を守るために倒したことがあると言っていました。オニマールを作ったミスリルはその時のドロップだとのことです」
カリーネは口をあんぐりと開けて「20階層・・・」と呟くのが精一杯だった。
マドリナが呆れたように言った。
「サラマンダーは首を切り落とされても死なないのだな」
「サラマンダーの首を切り落とせる人間が存在するということの方がそれ以上に信じがたいが」
「サラマンダーと2回も戦ったことがある人間はたぶん歴史上も一人もいないだろう」
「しかし、そのジンスケとやらはそうまでして20階層まで一体なんの目的で潜ったのだろう?」
ダリルが説明した。
「それは塩を手に入れるためです。なんでも肉などを食べるときにかける物だと言っていました」
「結局はワイトの瞬間移動で45階層から地上まで塩を運んで目的を達しました」
マドリナは渋い表情で聞いた。
「つまりなんだ、ワイトは生きていてジンスケという奴が手なずけて手下にしているということか?」
「そして奴らは45階層まで潜っても死なずに帰ってこられる力があると……」
ダリルは首を振った。
「いえワイトはもう消滅しました。消滅する直前に自分を倒したジンスケ様に敬意を表して協力したということのようです」
魔物が、それも最上位クラスの魔物が人間に協力するなどという話は聞いたことがない。
「……まるで神話の中の英雄譚だな。」
すべてがマドリナの常識では測れないことばかりだった。
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