表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/104

41.ザカトの領主

アイリーンが思案顔でジンスケに言った。


「そうなると領主のクロウヘルムにはお会いになって話を通しておいたほうが良さそうですね」


ジンスケが聞き返す。


「それはどうしてでしょう」


アイリーンが言うには王族から指示を受けている者が来るとしたら、ジンスケがいることを確実に知ったうえで連れ帰りに来るはずだということだった。


その場合には、その人物は真っ先にザカトの領主であるクロウヘルムに面会を求め、ジンスケを連れていく了解を取ろうとするだろう。


領主の了解は取ってある、それでは連れて行くぞ・・という訳だ。


なので少なくとも領主には「それはジンスケ本人の意向を確認してにしてください」くらいのことを言ってもらわないとならない。


アイリーンが言うには幸い領主は物わかりのいい人物なので事情がわかればきっと協力してくれるだろうとのことだった。


結局、ジンスケは領主のクロウヘルムに会いに行くことにした。


アイリーンが同行してくれると言ったがジンスケは断った。


町の者たちからの人気は高いようだがジンスケは領主のことをあまり信用していなかった。


もしアイリーンに同行してもらってジンスケと領主が揉めた場合、ギルド長であるアイリーンの立場も厳しいものになると思ったからだった。


領主の館は町の一番奥の丘の上にあった。


ザカトの町の最奥、丘の上に建つその館は、城と呼んでも差し支えのない壮麗な建築だった。石造りの塔がいくつもそびえ、金属の装飾が陽光を反射してきらめいている。城と言ってもいいような立派な御殿だ。


まるでジンスケが来ることがわかっていたように、入り口の守衛にはすぐに通してもらえた。


祝祭の日のためらしいホールや、寝室らしき部屋部屋を通り過ぎて、領主の居室に着いた。


案内の者はすぐに下がってしまい、部屋の中には領主が一人だけ、護衛の者も見当たらない。


パープルの長い髪と灰色の目が特徴的ないかにも貴族的な女が微笑みながらジンスケに近づいてきた。


「これはこれはジンスケ様、やっとお会いできましたね」


「私がこの町の領主のノワール・クロウヘルムです」


そう言って領主は握手を求めるように左手を差し出した。


その瞬間、ジンスケは動いた。腰の鬼丸を抜き放ち、刃を横に一閃──。


だが、斬撃は虚空を斬った。クロウヘルムが身を引き、素早く距離を取っていたのだ。冷静な表情のまま、彼女は口を開いた。


「これはいきなり大変なご挨拶ですね、友好的なお話合いかと思いましたが・・・」


ジンスケは刀を構え直し、冷ややかに言い放った。


「お主、(ひと)ではあるまい、どうして領主などになりすましている」


この世界に来てから今迄ジンスケはたくさんの魔物と戦ってきた。


それで魔物の気配に敏感になっている。


貴族然とした人にしか見えないクロウヘルムからは今までのどんな魔物よりも強い魔物の気配が発せられていた。


「これはご挨拶ですね、私よりも寧ろジンスケ様のほうが(ひと)とは思えませんが」


ジンスケが愛刀を正眼に構えなおした。


戯言(ざれごと)を言うな、誰よりも濃い魔物の気配、拙者を騙せると思うなよ」


クロウヘルムは可笑しそうに薄く笑っている。


「私を人ではないと見抜く者がいるとは思いませんでした、見抜くものがいるとしたらその者も人ではないのではないでしょうか」


「拙者をお前と一緒にするな、いったいお前は何者だ。何を企んでいる?」


クロウヘルムはジンスケの刀を見つめながら言った。


「私は魔族です、何か誤解があるようですが何も企んでなどはいませんよ」


ジンスケは聞きなれない言葉に問い返した。


「魔族というのは魔物の親玉か? お前からはワイトよりも濃い魔物の気配がするぞ」


クロウヘルムは刀から目を離さずに説明しはじめた。


「魔族は魔物でも人間でもありません、簡単に言えば魔王の一族とでも言いましょうか」


ジンスケの目がさらに鋭くなった。


「なるほどそれであんな法度を作って人ではなくて魔物に肩入れしているのだな」


クロウヘルムはそれを聞いても眉も動かさなかった。


「魔物が人間を襲うのは本能です。本能ですから魔物自身にもどうにもなりません」


「そこに人間がいれば襲う、それが魔物ですから」


「それと同様に魔物は魔族になつく、これも魔物の本能です。 犬が人になつくようなものです」


「私は魔族ですが人間の敵ではありませんよ、魔族は魔物と違って人間を襲う本能なんてありませんからね」


「魔族の中には人間に敵対的な感情を持っている者が多いのも事実です、でも私はそうではありません」


「だから魔王軍からも魔物界からも離脱してここに来ました。私の目的は一つだけ、ここで静かに暮らしたいただそれだけです」


「貴方もそうではないのですかジンスケ様?」


ジンスケは疑わしそうに言った。


「信用がならないな。ならばなぜあのような法度を作って魔物の討伐を禁じている」


ジンスケから殺気が去ったのを感じてクロウヘルムは刀からジンスケの顔へと視線を移した。


「魔物に人を襲うなと言っても無駄です。人を襲うのが本能ですからね」


「だから争いを減らそうと思えば人間に魔物を襲うなと言うしかありません」


「誤解があるようなので言いますが、一方的に魔物に肩入れしているわけではないですよ」


「これは人間の為にもなることです。人間たちは知りませんが魔物は魔素の濃い場所を好みます」


「魔物は死ぬと多かれ少なかれ魔素に帰ります。つまり魔物を無駄に殺せば殺すほど逆に魔物を呼び寄せることになる」


「だから私は人間に無駄な魔物の殺生を禁じているのです」


ジンスケにはまだクロウヘルムを信用しきることはできなかった。


「魔物が増えようが別に貴行には関係ないことでござろう」


クロウヘルムは首を振った。


「私は魔族であることを人間に気づかれたくないのと同様に、魔族からもここにいることを気づかれたくないのです」


「私は魔王軍から抜け出てきた身、好戦派の魔族からは敵対視され追われる身でもあります」


「人と魔物の戦いが増えれば魔族の目につく危険性も増えますからね」


「ジンスケ様のお気には召さないかもしれませんが私は人間の領主よりもずっと平和主義な領主だと思いますよ」


「自分がここで平穏に暮らすために領民にもできるだけ幸せに暮らしてもらいたいと思っていますから」


どうやらクロウヘルムは本当のことを言っているらしいと、ようやくジンスケにも思えてきた。


ジンスケにも町の者にも害はなくて寧ろ良い領主であろうとしているのであればクロウヘルムが人間であろうがそうでなかろうがジンスケにはどうでもいいことに思えてもきた。



ジンスケがようやく刀を鞘に納めたのを見て、クロウヘルムが安堵の色を滲ませながら笑みを浮かべた。


「それで……今日のご相談というのは、国軍の遠征についてでしたよね?」


「左様。その件で、領主殿にお願いがあってまいりました」


「ほう、どのようなことでしょう?」


「国軍より拙者の身柄の引き渡しを求められた場合、拙者の意思を尊重するよう説いていただけませんか」


クロウヘルムは眉をひそめた。


「……それは、なかなか難しいお願いですね。王命ともなれば、領主が反対したところで、国軍が引き下がるとは思えませんが」


ジンスケも、それは承知の上だ。


「仰るとおりです。ですが、領主殿としては“本人の意向に沿ってほしい”という旨だけでもお伝えいただければ、それで構いません」


「……つまり、説得しきれなくても構わないと?」


「はい。領主殿の立場よりも、国軍のほうが上位であることは理解しております」


クロウヘルムはゆっくりと息を吐いた。


「それでも国軍が無理矢理、ジンスケ様を王都に連れて行こうとしたら……どうされるおつもりですか?」


しばし沈黙が流れた。


「……わかりません」


ジンスケは静かに答えた。


「でも……たぶん、王都に行かざるを得ないかもしれません」


「抵抗はされないのですか? ジンスケ様ほどの方であれば、国軍であっても、容易には連行できぬように思えますが」


ジンスケは目を伏せ、小さく溜息をついた。


この世界に転生される前のジンスケであれば身にかかる火の粉は払うのが習性だった。


国軍が自分の意に反して連行しようとするなら関わる者はすべて切って捨てただろう。


それが前世での習い性だった。


だが今は違う。


争いのない、穏やかな暮らしをこの町でおくっている。


自分が刀を抜けば、それだけで町に波紋が広がり、人々を巻き込むことになる。


それだけは、避けたい。


「拙者は……この世界では、一人たりとも人間を切りたくないのです」


その言葉に、クロウヘルムの表情が静かに変わった。


ジンスケの心根に、何か深いものを感じ取ったのだろう。


「……そうですか。どうやらジンスケ様は、過去において相当な数の人間を斬ってこられたようですね」


「ですが、ジンスケ様と同じで私も、ここで静かに暮らしたいと思っているのです。ですから……ジンスケ様のお力にはあまりなれぬかもしれませんが、お許しください」


「いえ、拙者こそ、領主殿のお気持ちは痛いほどよくわかります。お気になさらず」


ジンスケは続けた。


「正直に申せば、拙者は領主殿が民を誑かしているのではないかと疑っておりました。……ですが、今日、それが誤解であったと知り、安心いたしました」


「どうか拙者のことはお気になさらず、これからも領民のためにご尽力ください」


それを聞いたクロウヘルムは、ふと緊張の糸が緩んだように微笑んだ。


「……正直に申し上げますとね。ジンスケ様が館に入ってこられたとき、その魔力のあまりの強大さに、思わず……『これはもう、自分は死ぬのだろう』と覚悟いたしましたよ」


ジンスケも笑い返した。


「まさか。拙者こそ、領主殿の気配には背筋が寒くなりましたぞ」


館を出ると、門の前には町の人々が大勢集まっていた。心配して様子を見に来たのだろう。


ジンスケは彼らに向かって、しっかりと聞こえるよう声を張った。


「皆さん、ご安心を。国軍から拙者の引き渡しを求められても、領主殿が取り成してくださるそうです」


人々の表情に安堵の色が浮かんだのも束の間、ジンスケは言葉を続けた。


「──ですが、それでも駄目で、私が連れて行かれることになったとしても、皆さんは決して、国軍に歯向かったりしないでください」


その一言に、広場全体が静まり返った。


「……約束ですよ」


ジンスケの静かな声が、重く、強く響いた。


人々は口を閉ざし、ただ彼の姿を見つめている。


ジンスケは軽く笑い、言った。


「なあに。仮に王都に行ったとしても、すぐに戻ってきますよ。このザカトが……拙者の故郷ですから」


誰かが小さく、泣きそうな声で「ジンスケさま……」と呟いた。


その声に押されるように、他の者たちも次第に顔を歪め、言葉にならない感情を滲ませていった。

励みになりますので、よろしければ評価【☆☆☆☆☆】、コメントなどをよろしくお願いします!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ