4.ザカトの町で宿探し
エミリーに道すがら聞いたところでは、ここはプロスペリタ王国という国らしい。
王国というのだから「王」つまり天皇が国を治めているのだろう。
ザカトの町はプロスペリタ王国の辺境にある小さな田舎町ということだった。
やがてザカトの町の城壁が見えてきた。
魔物への備えなのかザカトの町は高い城壁に囲われている。
町全体をぐるりと城壁で囲うのは大事業だったのではないかと思う。
田舎町のザカトでさえも、これだけの城壁を備えているとなるとプロスペリタ王国は歴史の古い強大な王国なのかもしれない。
町が近づいてくるとエミリーが申し訳なさそうに言った。
「虫のいい話だとわかっているのだけれど、できれば昨夜の私と君との間のことは誰にも内緒にしてはもらえないかしら?」
旅先で会ったばかりの男を自分から誘って体の関係を迫ったなどというのは外聞のいいことではないのだろう。
「案ずることはありません、実際に何もなかったわけですし。誰にも言いはしませんよ」
「本当ね? 本当にいいのね? 黙っていてくれると約束してくれるのね」
「はい、武士に二言はありません、心配しなくても大丈夫です」
ザカトの門番は女だった。
門番は見慣れない私を見て目を丸くして驚いているようだった。
「君のような男であれば黙って通したいところなのだが、これも仕事なのだ許してほしい」
「何か身分を証するものはお持ちだろうか?」
さてと困った。 そんなものがあるわけもない。
その時、ポケットの中のメダルを思い出した。
あの少女は高貴な身分の感じだった、これでなんとかならないだろうか。
ポケットからメダルを出して門番に見せてみると態度が一変した。
「これは失礼いたしました。そういうことであれば何の問題もありません、どうぞお通りください」
どうやら少女はどこぞの貴族か何かだったのだろう、その知り合いということで通してもらえたらしい。
さて、なんとか町には着いたけれど、これからどうしよう?
エミリーはまだ私と一緒にいてくれようとしたが、彼女には彼女の用事があるだろう。
これ以上世話になるわけにはいかない、そう言うと後ろ髪を引かれるようにしながらも帰っていった。
とりあえず私は大きな問題さえなければこのザカトの町にしばらくはいるつもりだった。
エミリーからの情報ではこの世界には魔物地帯というものがあるらしい。
でも、このプロスペリタ王国はその地帯からは遠くに位置しているらしいので安心だ。
私は昨日の大トカゲと一角ウサギしか知らないが、この世界には凶暴な魔物もたくさんいるらしい。
人間相手であれば剣さえあればめったなことでは不覚をとることはないと思う。
けれど、あの大トカゲのような魔物がほかにもいるとなると命が幾つあってもたりなそうに思えた。
この世界で生きていかなければならないのであれば魔物地帯から遠いというのは良い環境だと思えた。
それにこの町は王都からも遠い田舎町らしい。
ここがどんな世界なのかもよく判らない現状で天皇や将軍などの権力者に近づくのは危険かもしれない。
できれば魔物や権力者とは極力かかわらずに呑気に暮らせそうなところがいい。
そういう意味でザカトの町はジンスケにとって都合の良さそうな町のように思えたのだ。
とりあえずはこのザカトの町で暮らしてみて先のことはそれから考えてみても遅くはない。
そうと決まれば、まずは職を探さなくてはならないだろう。
この町で暮らしていくのなら先立つものも必要だ。
私はこの町ではよそ者だし簡単に仕事は見つからないかもしれない。
剣が手に入れば用心棒などをして生きていくのが一番簡単そうなのだが。
そもそも用心棒のようなものが職業として成り立つような世界なのかもまだわからなかった。
とにかくまずは宿を探そう。
金を一銭も持っていないので宿には泊まれない可能性が大だ。
それでも住むところを決めてからでないと仕事探しも難しい。
宿屋の主人にどこかで雇ってくれそうなところがないか教えてもらおうとジンスケは考えていた。
仕事さえ見つかれば宿代も後払いにしてもらえるかもしれない。
町にはたくさんの宿屋があったけれど歩きまわって町の外れに一番安そうな宿屋を見つけた。
ボロとまでは言わないまでも結構古そうな小さな宿だ。
宿屋の主人だと言うお婆さんはジロリと私を見て言った。
「私はこの宿の主人のノラだ、主人といっても従業員も私しかいないがね」
「それで、あんた自身がこの宿に泊まりたいって言うのは本気なんだね? 」
「その通りです、仕事が見つからないようなら他の町に移ることもあるかもしれませんが」
「稼ぎ口さえ見つかるようなら少なくともひと月くらいは住みたいと考えています」
「ふうん、それで私にこの町での仕事を紹介しろというんだね」
「あいにく拙者はこの町に顔見知りがいません、仕事の口添えを頼める者がいないのです」
「なるほど、そういうことかい。 それならここに住むといい」
あまりにも簡単に言われて私は驚いて聞き返した。
「えっ、まだ仕事も見つかっていないのに宿代の前払いもできませんがいいのですか?」
「あんた自身が住むんだろ? それなら宿賃はタダでいいよ」
どうやら路頭に迷った哀れな少年と思われて年寄りに同情されたようだ。
「お情けはありがたいですが、さすがにそういうわけにはいきません」
「仕事が見つかれば宿代は必ず払わせていただきます」
「別に同情とかで言ってるんじゃないよ」
「こんなボロ宿に住みたいなんて男、どこの世界を探したっていやしないからね」
「見てみな、宿屋とは名ばかりで空き部屋ばかりだ」
「でもあんたが住むっていうなら、すぐに満室になるさ。」
「私にとっちゃあんたに宿賃を気にして出て行かれるより、タダで居ついて貰ったほうがいい商売になるってこった」
「ノラ殿の言うことは拙者には良くわかりませんが、それにしても宿賃がタダというわけには」
「うるさいね、主人の私がタダでいいって言ってるんだからタダなんだよ。」
「申し訳ないって思うなら宿代なんかどうでもいいから、なるべく長くここに住んでおくれ」
そこまで言われて泊らないというのは逆に無礼というものだろう。
私が宿屋の主人の言葉に甘えさせてもらうことを伝えると、宿屋の主人は満足そうな顔をした。
「それから仕事だったね、あんたなら仕事なんか必要ないよ。」
「町の一番奥の丘の上に領主の館があるからそこに行きな。」
「王都の時と同じように町にいるだけで生活に困らないだけの金は出してくれるさ」
「但し領主にいくら誘われても、館に住むことにしたりするんじゃないよ」
「この宿に一か月は泊まるってさっき約束したんだからね、約束は守ってもらうよ」
領主の館になど泊まるつもりは全然ないけれど、金を出してくれるというのはどいうことだろう。
「生活に困らないというのはいったいどういうことでしょうか? わかるように話してもらえませんか」
「あんた王族のお囲いなんだろう。それなら領主が下にも置かないさ」
「私は王族とかいうものとは何の関係もありせんが」
「嘘をつかなくてもいいよ、門番から話はもう町中に広がっているんだ」
さては例のメダルは王族に関係のある品物だったのかもしれないと気が付いた。
あの少女は王族に関係のある人間だったのか、どうりで立派な防具を身に着けていたわけだ。
「ところで領主様というのはここの殿様ですよね、拙者はしばらくは領主様とはお近づきになりたくはないのです」
「領主と近づきになりたくない? 」
「おかしな事を言う奴がいたもんだね領主と近づきになりたくないって、お尋ね者でもあるまいに」
「できれば、ここで仕事を探して、しばらくはひっそりと暮らしたいのです」
「ふうん、王家の紋章のはいったメダルを持ってるって聞いたけど本当に王族とは関係ないのかい?」
どうやらあのメダルのせいで本当に王族の関係者だと思われたらしい。
「はい、たまたま旅の途中で出会った方に、ちょっとしたことのお礼にいただいただけなんです」
「そうかい、でも領主と近づきになりたくないというのでは他の男たちと同じように領主の館で女の相手をするってわけにもいかないねえ」
「それはどういう意味でしょう?」
「領主の館に月に何回か行って、領主の館に来る女たちの相手をしてやれば金には困らないって言ってるんだよ」
「領主様の館で拙者が女性たちのお相手をすればお金が稼げるということでしょうか?」
「その通りだよ」
「女たちの相手というのは、もしかすると体をあわせることを言っているのですか?」
「それ以外に何があるっていうんだい」
「それではまるで遊郭の女郎のようではないですか?」
「なんだい? その遊郭だとか女郎だとかいうのは?」
「男が女の相手をして金をもらう、そんな普通のことくらい、いくらあんたが流れ者だってわかるだろ」
「この国では男は皆そうして生きているのでしょうか?」
「まあそうだね、それ以外の生き方をしている男は少なくともこのザカトの町には一人もいないね」
「なるほど、ここはそういう世界なのですね。」
どうやらこの世界は魔物がいるだけではなくて色々と私の元いた世界とは随分と違うのだということがわかり始めた。
「女の相手をして金をもらうなら同じ一回でも領主が一番高く払ってくれる」
「あんたの器量なら万が一にも領主に断られることはないだろう」
「悪いことは言わないからそうしておきな」
「何度言われても、拙私は今のところ金のために女郎のまねをするつもりは毛頭ありません」
「はっ、変なことを言うね。 男は生きるために体を売って稼ぐ」
「女は男を買って子供を産む。そうやって世界は成り立っているんだ」
「お金のためにそういうことをしないってなら、なんのために・・・」
そこで宿屋の主人のお婆さんは私の顔をもう一度まじまじと見た。
「もう一度聞くよ、どうしても王族とは関りはないって言い張るんだね」
「何度聞かれても、王族などとは一切かかわりはありません」
宿屋の主人は深く溜息をついた。
「領主にも会いたくないし、領主の館で女の相手をするのも嫌だと・・」
私は黙って頷いた。
宿屋の主人のお婆さんは仕方なさそうに言った。
「それじゃあ、これから私の部屋に来て私の相手をしな。金貨50枚払おう」
私は仰天して宿屋の主人の顔をマジマジと見た。
宿屋の主人は面倒くさそうに言った。
「金貨50枚あれば、この辺りなら1年は暮らせる。王都じゃもっと高かったのかもしれないが私に出せるのは50枚が限界だ。それで我慢しな」
酷いことを言いだしたと最初は思ったけれど、この世界では男が金で体を売るのは普通のことのようだ。
このお婆さんは私を可哀そうに思って暮らしていくのに困らないだけの金を渡してくれようとしているだけなのかもしれない。
「それはお断りします、できれば体を売る以外の仕事をご紹介いただけないでしょうか?」
その答えを聞いて宿屋の主人は黙ってしまった。
しばらくの間、なにか深く考え込んでいるようだった。
そして何かを決心したように顔をあげると言った。
「へえ~、もしかしてあんた落世人かい?」
「話には聞いたことがあるけど見るのは初めてだよ」
「落世人というどこか別の世界からこの世に落ちてくる人間がいるって聞いたことがある」
「もしかして、あんた別の世界から来たんじゃないのかい?」
私は心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど驚いた、なぜ私が転生者だとわかったのだろう?
「落世人とはどの様なものかは知りませんが、確かに拙者は元の世界からこの世に転生したようです」
「どうりでこの世の者とも思えない妖しいくらいに美しい外見をしているわけだ。」
「言葉使いもどこの国ともつかない聞きなれないものだし、なるほど落世人ねえ」
「こんな辺鄙な田舎の町に落世人とは、また奇妙なこともあるもんだ。」
うんうんと何故かお婆さんは嬉しそうに頷いている。
「成程それで体を売る以外の仕事を私に探してほしいんだね、そういうことなら私にまかしておきな」
「あんた今日この町に着いたばかりなんだろ、とりあえずはゆっくり休むといい」
「私はこの町では顔が利くんだ。仕事は明日中になんかいい仕事を見つけておいてやるよ」
落世人というのが何なのかよく判らなかったけれど、とりあえず住処が確保できて仕事も紹介してもらえそうなので安心した。
「かたじけない、よしなにお願いします」
「あんたの部屋は2階の一番奥だ、これが鍵だ。出かける時には持っていくか、私に預けていきな」
「食事はどうする? 朝食はいつでも出すけど、昼と夜もここで食べたいなら言っておいておくれ」
「はい、それでは朝食だけお願いします」
部屋は前世で住んでいた山小屋と比べると清潔でとても広くて快適だった。
客がほとんどいないはずなのに隅々まできちんと清掃がされている。
シャワーという穴あきの柄杓から水が出てくるカラクリも便利だった。
この少年の体は何日も風呂にはいっていなかったようで髪も顔も埃がこびりついていた。
シャワーを浴びると茶色い水が足元を流れていった。
顏も体も、ものすごくさっぱりしていい気持ちだ。
できれば埃だらけの服も洗ってしまいたいところだけれど、今のところこれしか服がない。
これを洗ってしまうと裸で過ごすしかなくなってしまう。
今のところは服の洗濯は我慢するしかないだろう。
それでも十分に生き返ったような気持ちになった。
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