3.テントで一緒に泊まる
食事が終わると夕暮れがやってきた。
森は夜になるのが早い。
私は火の番を申し出たけれどエミリーは火の番はいらないという。
ここら辺の魔物は小物ばかりでほとんどが人間よりずっと弱いらしい。
二人で野営しているのを魔物が夜に襲ってきたりというようなことは滅多にないとエミリーは言った。
日も暮れて少し肌寒くなってきたので私は木の根元に行って寝ることにした。
野宿には慣れている。
エミリーがその様子を見て言った。
「森の夜は寒いわ、もし君さえ良ければなんだけど一緒にテントで寝るのはどう?」
テントというのが何なのかはわからなかったけれど、何か寝るための布団のようなものだろうという想像はついた。
今は少年の姿をしているが中身は大人なのだ。
見ず知らずの女と寝屋を共にするわけにはいかないだろう。
「かたじけない。でも男女がひとつの寝屋に一緒というわけにはいきません、拙者は外で寝るので心配ご無用」
「それはそうだよね。でもそれなら女の私が外で寝るわ、君がテントで寝るといい」
エミリーは私に比べて厚着をしているわけでもない。
私のように何十年も山修行をしたわけでもなさそうだし外で寝たなら風邪をひきそうな気がした。
「いいえ、拙者は野宿には慣れているのです。」
エミリーはじい~っと私を見つめていたが、決心したように口を開いた。
「怒らないで聞いてね」
「つまり私が言っているのは君さえよかったら一緒に寝て、体をあわせないか? ということなんだけど」
「誤解しないでよ、無理にとは言わないから。もしその・・君にもその気があればということよ。」
「もし嫌ならもちろん断ってくれてかまわない、それで町まで案内しないなどということはないから。」
「町までの案内と引き換えだと脅しているわけではないんだから」
私は何を言われているのか咄嗟には理解ができなかった。
さっき出会ったばかりだけれど、つまりこのマタギ風の女性は私と同衾したいということなのだろうか。
しかも若くて美しい女のほうからそれを誘ってくる。
彼女ほどの容姿であれば男に不自由するということはちょっと考えずらいように思えた。
これはいったいなんの罠なのだ。
近くに仲間のごろつきどもでも隠れているのだろうか?
色仕掛けにかけられて身ぐるみ剥がれる美人局という詐欺集団が元の世界にもいた。
でも私の経験からするとエミリーは悪意のある人物には思えなかった。
この世界ではもしかするとこれが普通のことなのだろうか?
何もかもわからないことばかりだ。
最後に女を抱いたのはいつのことだっただろう。
武者修行をしていた若いころは用心棒などをして金ができれば遊女を買って抱いていた。
あの頃はしたいと思った事はどんなことでもしたいようにしていた。
いつ死ぬかわからない、明日があるかもわからない日常ではしたいことはその時にしておく。
見栄も外聞も遠慮とも無縁な生活、それが当たり前の生き方だった。
けれども、それからの人生で武芸者として、あまりにも戦い、あまりにも多く人を殺しすぎた。
50歳を過ぎて山に籠ったのはそんな生き方につくづく嫌気がさしたからだった。
最後に女と過ごしたのは山に籠る前だっただろうか。
山に籠り齢60を数えても女に対する煩悩そのものはあった。
まあ年老い始めた体のほうは、それほど女を求めているわけでもなかったけれど。
現世では15歳の体のほうがむしろ心よりも先に女を求めていた。
それでもジンスケはその欲望をなんとか押さえつけた。
まだ自分はこの世界のことを知らなすぎる。
判らないことをそのままにして果し合いに挑むような武芸者はすぐに死んでしまう。
それが身についた習性だった。
「いえ、まだお互いに会ったばかりですし、それは遠慮させていただきたい」
エミリーは私の答えをきいて明らかにがっかりしていた。
「それはそうよね。ごめんなさい今のは聞かなかったことにして」
「でも本当に外で寝るのは寒いわ、決して何もしないと誓うから、テントの中で眠りましょう」
そう言いながらエミリーは大急ぎで私の手を引いてテントに引っ張って行った。
整った顔立ちの美人なのに見た目と言動のギャップが大きすぎる。
そして15歳の若い体はひとつテントの中で美女といるだけで元気よく反応していた。
私はなんとかその若さの精気をぎゅっと抑えつけて目をつむったのだった。
ただそれは決して不愉快な誘惑ではなかった。
前世ではただただ人を殺し続けるばかりの人生にうんざりしていた。
こんなのも満更でもない。
この世界に転生できてよかったと思う。
翌朝、私はかなり朝早くに目が覚めた。
というか武芸者になってからの習慣で夜でも深くは眠れないのだ。
町にいても山に籠ってからも、夜寝る時でさえも、いつ敵に襲われてもいいように警戒していた。
ぐっすり眠った寝込みを武芸者に襲われたりすれば剣聖といえどもひとたまりもない。
そんな卑怯なと思うかもしれないが、そういうものなのだ。
剣聖を殺したという事実さえ残れば後はなんとでも話を作ることができる。
立ち合いで天下無双を倒したと嘘の話をでっちあげることだってできるのだ。
そんな輩が後をたたないので眠ったともいえぬほどの浅い眠りが何十年もの習慣になってしまっていた。
目は覚めていたが眠ったふりをしていると、しばらくしてからエミリーが目を覚ましてテントの外へと出て行った。
しばらくすると、いい匂いがしてきたので私も体を起こしてテントの外へと出た。
焚火に鍋をかけていたエミリーが振り向いて笑顔で挨拶してくれた。
「おはようジンスケ、よく眠れた?」
「おはようございます。これまでにないほどよく眠れました」
「それはよかった。昨日のことなんだけど怒ってはいないかしら?」
「其方との同衾を誘われたことですか? 別に怒ってなどいません。」
「それならよかった。会ったばかりなのにあんなことを言って悪く思わないでね」
「拙者のほうこそ、せっかくの申し出に応えられず、かたじけありませんでした」
「ジンスケは優しいのだね。」
「旅行中だから幾らも持ち合わせがなかったのだけれど、君みたいに若くて美しい男には初めて会ったから、つい誘わずにいられなかったの」
「本当にごめんなさい」
朝食は昨日の一角ウサギをスープにしたものだったけれどやはり味付けはなかった。
食事が終ると片付けもそこそこに私たちはザカトの町に向けて出発した。
まったく知らない世界に来て、出会ったばかりの異国の美女が隣を歩いているというのは不思議な気分だ。
この世界は前世とはかなり違った世界のようだけれど、今のところはまんざら悪い世界でもないと思えた。
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