21.サラマンダーの後始末
リフィアと合流したジンスケたちは、三人でゼブレの町を出発し、昨日サラマンダーと遭遇した丘を目指した。
丘に着くと、サラマンダーは昨日と同じ姿でそこに固まっていた。
だが表面の白い氷はすでに解けており、ぬらりと赤い肌が露出している。氷の溶けた水が流れて、足元には池のような水たまりができていた。
アポフィスが見上げながら言う。
「殺すのは可哀そうだけど、放っておくとあと3日か4日くらいで復活しちゃいそうだからなあ」
「そうなるとゼブレは全滅だろうなあ、せっかくジンスケと出会えたのにそれはちょっと避けたいね」
「それじゃあそこの雑草頭の君、君の剣をまたジンスケに貸してあげてくれる?」
リフィアが無言でミスリル製の両刃剣を差し出す。
ジンスケが受け取ろうとするが、やはりその重量に耐えきれず、剣先が地面に落ちてしまった。
ジンスケは剣の柄を握ったまま、アポフィスを見つめる。
「体を動かしたのと同じ要領だよ、まずリラックスして深く息をつく、精神を集中してその剣を持ち上げているところをイメージする」
言われたとおりにしてみる。
朝に随分と練習したせいか、こんどは比較的簡単に精神集中することができた。
腕にボワッと不思議な力がたまるのを感じる。
「――ふっ!」
気合いとともに、彼は重いミスリルの剣を軽々と持ち上げた。
アポフィスは笑みを浮かべてうなずく。
「よしいいよ、それじゃあその剣でサラマンダーにトドメを刺しちゃってよ」
「そう言われましても、昨日は示現流の奥義、雲耀一閃すら通じなかったのです」
「そりゃあそうだよ、サラマンダーの皮は硬いからね。でもジンスケが上あごをぶっ叩いたらサラマンダーの牙が下あごを貫いていたでしょ」
「確かにそうでしたね」
「ミスリルはその牙より硬い。つまり、うまく使えばサラマンダーを傷つけることができるってことだよ」
「ふむ……切るより、突くということですか?」
「その通り。強い魔物と戦うときは“斬る”んじゃなくて、“突く”。」
「急所を狙って、一点に集中させる。そうすれば分厚い皮膚でも貫ける。」
「サラマンダーなら眉間、両目の間が急所だよ」
「普通は攻撃しようとするとブレスにやられて黒こげにされちゃうけど、今はフリーズしているからチャンスだよ」
「なるほど、それでは拙者が試してみましょう」
ジンスケが前へ出ようとすると、アポフィスは楽しげに肩をすくめた。
「いいね、ジンスケ。 今まで会った落世人は腰抜けばかりでね、命は奪えないとか、虐待がどうとか、そんなこと言って一角ウサギとさえ戦わないような奴ばかりだったからね」
「魔物を殺すのを躊躇しないジンスケはこの世界にふさわしいよ」
「拙者も無駄な戦いはしたくはありません、しかし身に降りかかる火の粉は払わねばならぬ、今までもそうやって生きてきましたから」
「そう。……久しぶりに見たよ。魔法が使えて命を懸けて戦うことのできる「男」。昔を思い出すよ」
ジンスケは浮かれているアポフィスの様子を見て聞いてみた。
「アポフィス殿は拙者を特別視されませんね。男に慣れておられるのですか?」
「うん、まあね。私が生まれた頃は、まだ三人に一人は男だったかな。」
「もっと昔は……世界の半分が男だったらしいよ」
「そんな時代が……。では、なぜここまで男が減ってしまったのです?」
アポフィスは丘を見渡しながら、ゆっくり語り始めた。
「男が減ってしまった理由はエルフが絶滅しそうなのと同じだね」
「この世界はずっと戦争ばかりしてきた、魔物と人間の戦争、人間と人間の戦争」
「そうして魔力の強い男、武力のある男は真っ先に戦場へと向かったんだ」
「激しい戦争が過去永劫にわたって続いてきた結果、強い男はほとんどが戦場で死んでいって、魔力もない、力もない戦場に出しても役にたたないひ弱な男ばかりが生き残った」
「そしていつしか男が生まれる確率がだんだんと下がってきた」
「弱い男の遺伝子ばかりが残ったことと何か関係があるのかもしれないけれど、理由も防ぐ方法も誰にもわからなかった」
「そうして男が極端に少なくて、魔力も武力も全然ない生殖するしか取り柄をもたないひ弱な男ばかりの世界ができあがったというわけさ」
アポフィスの説明はジンスケにも分かりやすいものだった。
「なるほどそういうことでしたか、この世界に男が少ない理由がやっと腑に落ちました」
「ということでジンスケ、サラマンダーにトドメを刺す気はあるかな、私はその気はないから君がトドメを刺さなければ復活したサラマンダーを倒せる者はこのあたりには一人もいなそうだよ」
「もちろんです、ここでトドメを刺しておかなければゼブレにとどまらず、近いうちにザカトも危うくなるでしょう」
「ザカトには恩のある方々が何人もいます、あの方たちを危険にさらすわけにはいきませんから」
「そうだよね、そうこなくちゃ、ジンスケはそういうタイプだと思ったよ」
「しかし拙者に本当にこのサラマンダーにトドメを刺すことができるのでしょうか」
「できるできる、体に魔力を巡らせて、ピョーンと跳んで。思いっきり剣を眉間に突き立てればイチコロだよ」
「さっきからその重たいミスリルの剣を何の苦労もなく担いでるし、ジンスケなら必ずできる、あとは自分を信じてイメージして実行するだけさ」
「わかりました、拙者も腹を括りましょう」
ジンスケは剣を構えると、サラマンダーの正面に立った。
ひょろっとした体つきのはずなのに、リフィアは彼の背に――どこか圧倒されるような気迫を感じていた。
アポフィスは笑みを浮かべながらつぶやいた。
「いいじゃん、魔力のオーラ全開だよ」
ジンスケは大きく息を吸い込むと究極まで精神を集中していく。
完全なリラックスと極限の集中、相反するような二つを合わせることが魔力を巡らせるために必要なのだとジンスケは既に理解していた。
「チェーースッ!!!」
気合いと共に跳躍。空を裂くように舞い上がり、逆手に構えたミスリルの剣を、一直線に眉間へと振り下ろす。
「――無外流・獅王剣!!」
瞬間。
豆腐に箸でも刺すかのように、剣先が眉間に吸い込まれた。
手首までずぶりと沈み込み、そして――止まった。
一拍置いて、ズボォッ……と、濁った音と共に、眩い閃光と濃い煙が弾け飛ぶ。
あたりは一瞬にして白煙に包まれた。
そして、煙が晴れた時――
サラマンダーの巨体は影も形もなく、ジンスケがただ一人、静かにその場に佇んでいた。
ジンスケは剣を収めると、ハッと我に返ってアポフィスを振り返った。
「アポフィス殿……これは、いったい……?」
アポフィスは肩越しに振り向き、にやりと笑った。
「サラマンダーはどこに行ったのかって? ふふん、そう来ると思ったよ」
ジンスケが無言でうなずく。
アポフィスは軽く首をかしげて言った。
「下級の魔物とは違って、上級の魔物は“魔素”の塊みたいなものなんだ。核を突いて命を断てば、肉体は霧のように魔素へと還って、空中に散っちゃう」
「核だけが変質して“ドロップ”になるんだけど……残念、今回は“宝珠”にはならなかったみたいだね」
ジンスケが周囲を見ると、白い煙の中から銀色に鈍く光る鉱石がいくつも散らばっていた。
「これは……」
アポフィスが指先で一つ拾い上げ、光にかざした。
「ミスリルだよ。武器を作るには最高の素材。だけど……まあ、ハズレかな」
「ハズレ、ですか?」
「魔石や宝珠なら魔導具の材料になるし、高く売れるんだけどね。」
「でも、ジンスケはまだ自分の武器を持ってないんでしょ? だったら、ちょうどいいかも」
「ただし、このままじゃ役に立たない。王都まで持っていけば、“錬金術師”が武器に加工してくれるよ」
「錬金術師……?」
ジンスケの問いに、アポフィスはすこし驚いた顔をした。
「そっか、ジンスケはまだ知らないか。土属性の魔法使いって結構多いんだけど、その中でも金属を操る才能がある人を“錬金術師”って呼ぶんだ」
「じゃあ、彼らがこのミスリルを使って……剣を造ってくれるんですね?」
「そう、その通り。形状も用途も自在。依頼すれば君専用の剣を作ってくれるよ」
ジンスケは手元の鉱石をじっと見つめた。
「……この世界には、刀鍛冶はいないのですか?」
アポフィスは一瞬きょとんとして、そして吹き出した。
「なんだいその“カタナカジ”ってのは? 何千年も前から武器を作るのは錬金術師の仕事さ。ほかには、いないね」
アポフィスはミスリルの剣をちらりと示す。
「それも、錬金術師の作だよ。良い出来だろ? その散らばってるミスリルを持っていけば、同じくらいの剣は作ってもらえるさ」
そう言い残すと、アポフィスはくるりと背を向けて、歩き出した。
「さて……サラマンダーも片付いたし、私はゼブレに戻って荷物まとめたら、すぐ旅立つとしよう」
ジンスケは驚いて声をかけた。
「アポフィス殿、本当に……すぐに行かれてしまうのですか?」
「うん、すぐに。ここはまだマシなほうで、もっと魔物地帯に近い国じゃ、今まで出てこなかったような強い魔物がうようよ現れてるらしいからね」
ジンスケが眉をひそめる。
「であれば、なおさら……アポフィス殿のお力が必要では?」
アポフィスは、まるで冗談を言うかのような調子で笑った。
「私は戦争に加わるつもりはないよ。自分の命が一番大事だからね。」
「誰にも見つからない場所に隠れて、百年ぐらいは静かに暮らすつもりさ」
「ジンスケに会えたのは嬉しかったけどね。本気で魔物と戦うなんて、危険すぎるよ。……まあ、君に言っても無駄かもしれないけど」
ジンスケは、深く頭を下げた。
「アポフィス殿は、私にとってまさに命の恩人です。」
「貴殿がいなければ、私も、リフィア殿も、あの4人の傷病者も、皆……すでに命を落としていたでしょう」
「塩のことも教えていただきました。言葉では言い尽くせませんが、このご恩……決して忘れませぬ」
「またいつか、お会いできたなら、必ずや正式に礼を――」
「気持ちだけで充分さ。」
「ジンスケも、せいぜいあと数十年の命だろう。 きっと、もう会うこともないよ」
ジンスケは静かに、しかしはっきりと返した。
「それでも……この恩は、生涯忘れません」
アポフィスはふと足を止め、振り返りもせずにつぶやいた。
「……そうかい。なら、せいぜい命を大事にしな。君は――ちょっと、命知らずみたいだからね」
それだけ言い残し、アポフィスの姿は、風に消えるように……ふっと、跡形もなく消えていた。
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