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18.ジンスケの魔力

ジンスケは、怒り心頭のリフィアを制して静かに口を開いた。


「アポフィス殿、重ねて礼を申し上げる。物の怪を倒してくれただけでなく、恩ある4人を救ってくださり、誠にかたじけない」


そう言うと、ジンスケはひときわ真剣な表情で地に膝をつき、深々と土下座した。


アポフィスはその姿に一瞬目を見張り、ぽかんと口を開いた。


「それ、なんの儀式? 怒ってまた変な技でも繰り出すんじゃないかって、一瞬びびっちゃったよ」


「これは拙者のいた国における、心からの感謝を示す所作にござる」


「へぇ~、そうなんだ? うんうん、ジンスケはわかってるね。そうそう、普通はそういう態度になるはずなんだよ。そこの礼儀知らずとは大違いだ。サラマンダーの代わりに、私があの子を黒焦げにしてあげようかしら」


アポフィスが無邪気に笑いながらリフィアを指差すと、リフィアは苦々しげに唇を引き結んだ。


ジンスケは会話を戻すように、姿勢を正して続けた。


「アポフィス殿は、拙者と話すためにあの4人も救ってくださったのでしょう。それならば、さっそく貴殿の館へとまいりましょう」


その言葉に、アポフィスの表情が一気に明るくなった。


「そうそう! やっぱり君は話が早い。じゃあ、さっさと行こう、ジンスケ!」


足早にジンスケの隣に立ったアポフィスは、ちらりとリフィアを見やって言った。


「そこの雑草生え放題みたいな髪色の君、君は来なくていいから。もう二度と私の前に顔を出さないようにね?」


「私はジンスケ様の護衛だ。そういうわけにはいかない」


リフィアはきっぱりと言い返したが、アポフィスは呆れたようにため息をついた。


「ほんとバカだね君は。ジンスケのほうが遥かに強いって、まだわかってないの? 護衛なんて、彼にはまったく必要ないんだよ」


その言葉に、リフィアは反論しかけたが、脳裏にはっきりと思い浮かんだのは、サラマンダーの頭に渾身の剣を叩きつけたジンスケの姿だった。


そんなリフィアの迷いを読み取ったように、ジンスケが静かに口を開く。


「アポフィス殿は拙者を買いかぶっておられる。ここまで来られたのも5人の護衛の力があってこそ」


そう述べた後、少しだけ言葉を置いてから、ジンスケは毅然と告げた。


「しかし、命の恩人たるアポフィス殿が『一人で来い』と仰るのであれば、拙者が従わぬわけにはまいらぬでしょう」


その言葉に、リフィアの表情が揺れる。


「リフィア殿、心配はご無用。アポフィス殿がおられれば、身の危険などありますまい。なにしろ、あのサラマンダーを一撃で倒されるお方だ」


ジンスケは、優しく言い添える。


「それに、4人も助かったとはいえ、まだ傷は浅くない。ゼブレに着いたなら、医者に診てもらい、ゆっくりと静養されるのがよかろう。拙者のことは案じられずとも大丈夫です」


リフィアは納得がいかない様子だったが、男のジンスケにそう言われては、もうそれに従うしかなかった。


まして、仲間たちは未だ意識も朦朧としたままだ。彼らを見捨てて行くわけにはいかない。


リフィアはその責任を強く感じていた。





ゼブレはザカトと同じような城壁に囲まれた町だった。


ただし、町の空気はザカトとは大きく異なっている。


ザカトではのんびりとした雰囲気が漂っていたが、ここゼブレでは通りを行き交う人々の表情に、どこか張り詰めたものが感じられる。


まるで小さなきっかけで刃傷沙汰が起こりそうな、そんな殺伐とした空気が町を包んでいた。


ザカトと同じで町には男の姿は一切見当たらなかったけれど、それはどうやら男はみんなザカトへ行ってしまったからということらしい。


この町は領主によってではなく、王都から派遣された役人によって治められているという。


それもまた、この張り詰めた雰囲気に拍車をかけているのかもしれなかった。


加えて、ゼブレの周辺にはダンジョンが存在するという。


常に魔物の脅威と隣り合わせの環境が、住人たちの神経を尖らせているのだろう。




アポフィスの館は、町の最奥、鬱蒼とした林の奥深くにあった。


大木の根元に立ったアポフィスが、無造作に手をかざすと、まるで魔法のように木の幹にドアが現れた。


いや、実際に魔法なのだろう。


ジンスケが驚く間もなく、アポフィスは当然のようにドアを開け、中へ入っていく。


ジンスケも後に続いた。


その先には、信じられないほど広々とした空間が広がっていた。


外観からはとても想像できない広さ。


中空には柔らかな光が満ち、天井は高く、壁には見慣れぬ装飾が施されている。


まるで異世界の宮殿に迷い込んだような心地がした。


「……これは現実なのでしょうか? それとも幻? アポフィス殿、貴殿は幻術師なのですか?」


ジンスケがあたりを見回しながら尋ねると、アポフィスはくすくす笑いながら首を傾げた。


「幻術師って何? 視覚のトリックみたいな幻って意味? ううん、違うよ」


彼女は軽く指を鳴らしながら言葉を続ける。


「私は、魔法であの大木の扉とこの館を繋いでるんだ。つまりこの場所は、あの木の中にあるわけじゃなくて、まったく別の空間ってこと。あの扉は、ここに通じる“通路”にすぎないのさ」


ジンスケには、アポフィスの説明は半分も理解できなかった。が、ひとつだけはっきりとわかることがあった。


アポフィスは強い。


もしアポフィスが、かつてジンスケがいた世界の武芸者だったとしたら……いや、そんな「もし」は意味がない。


あの世界の誰と比べても、アポフィスの力は別格だった。彼女が本気で世界を取るつもりなら、それは決して夢物語ではないだろう。


アポフィスは相変わらずにこにこと無邪気な笑みを浮かべている。


でも、お茶の一杯も出す気はサラサラないようだった。


そして、唐突に本題へと入った。


アポフィスが身を乗り出し、目を輝かせながら言った。


「それじゃあ、さっそく教えてもらおうかな。サラマンダーを殴った、あの技あれってどうやったの?」


ジンスケは一拍置いてから静かに答える。


「あれですか。あれは示現流奥義、雲耀一閃(うんよういっせん)。拙者の技ではありません」


「え、どういうこと? 君が使った技でしょ?」


「いえ、過去に戦った敵が用いた技を、見様見真似で修行して会得したにすぎませぬ」


「へえぇ~、敵の技を見て、修行して、自分のものにしちゃうんだ。思った以上にすごいね、君」


アポフィスは半ば感嘆し、半ば面白がるような声でつぶやいた。


「それでさ、その技ってどうやるの? コツとか、あるのかな?」


「コツなどというものはありません。示現流は、武骨にして一刀必殺。ひたすら一振りを極限まで鍛え上げることで、初めて成立する技です」


「ふうん……そうなんだ。理屈より鍛錬か」


アポフィスは頷きながらも、どこか納得しかねるような表情で言葉を続けた。


「でもね、無詠唱であれだけの身体強化をやってのけるなんて、私も長く生きてきたけど初めて見たよ。いくら鍛えたって、普通は無理だと思うよ?」


ジンスケは首をかしげる。


「なんのことでしょう?」


「だから、君が魔法詠唱もなしに、瞬時に身体を強化して剣を振るうその技。あれ、どう見ても尋常じゃないから。たぶんコツを聞いても、私にも真似できそうにないけどね」


「魔法? 拙者は魔法など使ったことはありません」


アポフィスは、思わず吹き出しそうになった。


「何言ってるのよ。あれだけ魔力を立ち昇らせておいて、よく言うよ。こっちは暑苦しくなるくらいだったっていうのに」


「拙者には、なんのことやら」


「本気で言ってる? だってさ、その貧弱な体でミスリルの剣を振れるわけないでしょ? 鉄の剣の5倍は重いんだよ?」


「確かに、最初に持ったときはあまりにも重くて、持ち上げることもままなりませんでした」


「でしょ? だから魔法で身体強化したんでしょ。そもそも、身体強化魔法なんて研究されて何百年も経つけど、未だ誰一人として成功してないのに、無詠唱でとかありえないよ」


ジンスケは、首を横に振る。


「魔法などではございません。ただ、精神一到何事か成らざらん。命を懸けて集中すれば、人は思いもよらぬ力を発揮することもある。それだけの話です」


アポフィスはしばらく彼を見つめたまま黙り込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。


「へえ、本気で言ってるんだね。そうか、無意識だったんだ……」


彼女は何か納得したように、わずかに眉を動かしてから、少しだけ声のトーンを落とした。


「ジンスケの元の世界には、やっぱり魔法ってなかったのかな? 今まで会った落世人は、皆、魔法を知らなかった。この世界で初めて見たって言ってた」


「はい、魔法など存在しませんでした。それよりも――」


ジンスケはふと目線を上げ、真剣な声で続ける。


「アポフィス殿の、あの妖術……拙者はいまだに、目の当たりにしたというのに信じられぬ思いでおります」


アポフィスはくすりと笑った。


「なるほどね。けど、今までの落世人で魔力のある人なんて、一人もいなかったのに。君からは、最高位の魔法使いみたいな、すごい魔力を感じるんだよ」


彼女は椅子にもたれかかり、やや真面目な口調で言葉を続けた。


「昔は男の魔法使いもいたけど、今じゃ絶滅。おそらく、この世界で魔力を持つ男は、君だけなんじゃないかな?」


ジンスケは少し困ったように微笑んだ。


「それは、アポフィス殿の誤解でございましょう。ただの人間に、そのような力などあるはずもない」


「もしかしたら、転生した時に備わったのかもね。 ねえ、ジンスケ。もしよかったら、私に君の魔力を鑑定させてもらえない?」


「恩人たるアポフィス殿の望みとあらば、拙者に異存はありませんが……そのようなものが拙者にあるとは到底思えませぬ」


「まあまあ、いいから。ちょっと待っててね」


アポフィスは席を立ち、隣の部屋へと消えていった。しばらくして、彼女は両腕で大きな水晶玉を抱えて戻ってきた。


「いやー、魔力鑑定なんて何百年もやってないから、測定器を探すのに手間取っちゃったよ」


彼女はそう言いながら、テーブルの上に水晶玉をそっと置いた。水晶玉は、何の支えもないのに拳ひとつ分ほど浮かび上がっている。


「ううむ面妖な。これもアポフィス殿の妖術のひとつですか?」


「違う違う。これは自分で浮いてるの。ただの道具だよ」


「なるほど、これはまた摩訶不思議な」


「じゃあ、魔力鑑定を始めるよ。まずは左手を水晶玉の上にかざしてみて」


ジンスケが頷き、そっと左手を水晶玉の上に掲げると――玉の中心が淡く白く光り始めた。


その光は瞬く間に強さを増し、部屋中が眩しさに包まれた。


視界が白く染まり、ジンスケは思わず目を細める。


「OK、OK、もういいよジンスケ。いや、予想はしてたけど……想像を絶する魔力量だね、こりゃ」


ジンスケが手を離すと、光もすっと消え、部屋に静けさが戻った。


「この光で魔力量なるものがわかるのですか? 拙者には、まったく見当もつきませぬが」


「間違いないよ。じゃあ、比較用に――」


アポフィスが自分の手を水晶玉の上にかざすと、玉は再び白く輝いた。だが、さきほどのように眩しすぎることはなく、あくまで明るい程度だ。


「……これでも私、特級魔法使いなんだけどなあ。元はSSS級冒険者だったんだけど。君が規格外すぎるんだよ!」


アポフィスは肩をすくめると、にやりと笑った。


「じゃあ次は“魔法特性”を調べてみようか。魔力を持つ人は必ず、火・水・土・風・雷・聖・闇の七属性のうち、どれか一つを持ってる」


「エルフは複数持ってることもあるけど、人間ならどれほどの大魔法使いでも一つだけ。そして、その属性の魔法しか使えない」


「つまり――ジンスケも、自分の属性さえ分かれば、訓練すれば魔法が使えるってことだよ」


自分にも、魔法が使える?


ジンスケは胸の奥に湧き上がったその言葉を、まるで遠い夢のように、静かに噛みしめていた。



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