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CROWS

 ひやりとした夜風は茹る頭を冷やすには最適だ。心地よい肌寒さの中で、甲板にどっかりと座って、呑み込まれそうな真円の月を見上げていた。

 月だけはいつも変わらない。冷ややかな光を浴びて、飲み物片手にぼんやりとしてれば、


「こんな夜中に一人酒ですか」

「タカか……ルリについてなくていいのか?」

「うちがついてきてるから問題なし!! というか、この寒いのによくレモネード飲めるね……? 見てるこっちが寒いんだけど」

「ほっとけ」


 樽のジョッキにレモネードを満たして、つぶやけば、2人は俺を挟むように座り、各々が勝手に飲み物を継ぎだし、くつろぎだす。


「そんな星空に思いを馳せた野良猫みたいな姿を見たらほっとけませんよ」

「別に死ぬとかなんやらを考えてたわけじゃねえけどな」

「ボスの言葉には説得力がないので反論は受け付けません」

「誰か、弁護士を呼んでくれ」


 軽い会話だ。それが今はよかった。いきなり重い話題を出すわけにはいかなかったから。


「セイが船長とはな……」

「そうですね。まさか、好きな人の若い頃の姿を見て当てられない雑魚だとは思いませんでしたよ」

「お前らだって気づかなかったじゃねえか!!」

「そうそう、2人とも女心が分かってないからなあ」

「女子力がないお前には言われたくねえ。なんだ、塩昆布とココアの茄子の漬物って。それは料理じゃなくて冒涜っていうんだよ。食材の!」

「贖罪の為に生きてきた総長の言葉だと説得力が違いますね」

「なるほど、座布団1枚!!」

「大喜利するな!! ああもう……切り出しづらいだろうが」


 重い話題が軽くなっていくのに耐えられず、煙草を取り出して指に挟んでジッポで火をつける。


「お前たちはさ……どうするんだ?」

「どうとは?」

「うーん、とりあえず死亡フラグっぽいけど強いて言えば結婚式あげたいかなって」

「そうですね……この討伐が終わったら、オレはルリと結婚します」

「お前ら、わざとやってるよな? なあ? ったく……参考になりもしない」

「へえ…じゃあ、ボスは何かしたいことでもあるの? もう、命を無駄にしないって決めたんでしょ?」


 答えの代わりに細い煙を静かに吐き出す。いつか死ななくてはならないと強迫観念に駆られていた時とは違って、いささか頭はクリアだとしてもすぐにはやりたいことなんて、


「……見舞い」

「ん?」

「セイの見舞いに行きたい。起きた彼奴とまた下らない話がしたいんだ」


 あった。ずっと逃げていた彼女との再会。でもそれは、きっとできないと思ってもいて。


「難しいですね。お嬢が夢を見続けないといけない以上、誰かが船長の代わりをするしかありません。しかも、それは現実で生きる人間だけ」

「船長は……ううん。お嬢はきっと、譲らないだろうね。そっか、ボスはそれをずっと考えていたんだ」

「彼奴の悲劇の大半は俺達が関わって起きたことだ。責任を取れ!!と言われたら喜んで取るが、彼奴はきっと俺達を許しちまうんだろうなあ」


 今までの夢の世界で彼女のトラウマ、悪夢を見続けてきたわけだが俺達に関するものは一切なかった。彼女にとって、俺達がどんな存在だったのか、何となく伝わるようで気恥ずかしい。


「相棒」

「なんですか、総長」

「提案と説得だけはする。もし、それで彼女が目を覚まさないつもりなら……俺はそれを受け入れて彼女の代わりに走るつもりだ」


 見なくても分かった。2人の息を飲む音が。その言葉をずっと待っていたことを俺は知っていたから。肩に回された腕を黙って受け入れた。


「遅いんですよ、総長。貴方の席はずっと開けていたって言うのに」

「パルクールチーム『三羽烏』。ついに男性部門と女性部門でようやく賞を総なめできるね!! 期待してるよ、ボス!」

「ああ。だからこそやるぞ。俺達の明日の為に、セイの為に。倒すぞ、星鯨。狩りの時間だ!」


 さあ、朝の雲雀が泣く前にこの悪夢を終わらせに行こう──頼りになる仲間と共に!

 

24


 轟々と唸る風。叩きつけるような風圧。見上げれば広がるのは曇天で、燦々と降り注ぐ雷の光を反射して白銀に輝く雲海。


「星海………随分と汚れたわね。さて、あいつらは何処にいるかしら」

「お嬢。何であいつらがここにいるってわかるの?」

「アタシの悪夢よ? 何となくだけど感覚で分かるのよ。それにあの悪夢はきっとアタシを狙ってくる」

「ですね。本当にセイの両親がその正体なら、きっと彼女を逃がすわけにはいかないだろうから」

「船長!! 10時の方角!! 影だ!! 奴が出てくるぞ!!」


 パロットの言葉と同時に遠くの方で花火が上がる音がした。正確に言えば花火が上がる時の振動音。それが徐々に、徐々に近づき、甲板さえも揺れを感じる程に。


「上がってくるわよ! 総員! 戦闘準備!!」


 雲が割れる。波が立つ。鯨が隠れ住むには当然の居場所。奇襲はセイによって妨げられた。ならば先手を打つのはこちらの方だ。

 浮上する、紫の巨体。毒々しい姿をした倒すべき存在は噴出穴から飛沫を立てて、曇天から雨を降らせていく。黒が入り混じった鉛色の雨を。悪夢を引き連れて、君臨する。


 鯨は闘いの合図を知らせると共に食事の邪魔でしかない俺たちへ向けて、唸りをあげようと──


「鯨の癖に色々考えてんじゃねえよ。こういう時は馬鹿になった方が格段に強いってな、八咫烏の爪!!」


 した顎先を炎の噴出力で打ち上げられた右脚が真正面から打ち砕く。船に着地して、陸に打ち上げられた魚のように慌てふためく、星鯨を前に俺達はただ笑っていて。


「白鯨討伐戦って倒せたんだっけ?」

「エイハブ船長なら最後は海に落とされて死にましたから負けですね」

「じゃあさ、うちらが倒したら小説でさえ不可能だったことをひっくり返せるわけじゃん。面白そう!」

「ここにいる僕も大概だけど、正気かい。君たち! 人の領分を超えてる………こんなの真正面から勝てるわけない!」


 不可能だ。勝てるわけがない。否定されることは当たり前。だけれどいつだってそんな壁は乗り越えてきたし、番人を蹴散らしてきた。


「パロットさんよ。俺達は慣れてんだ。不可能だって笑い飛ばして前に進むことを。いつだって俺たちは挑戦者だ。今回もこんな壁乗り越えて行こうぜ!」


 これは俺たちの集大成。不可能を可能にする為に走った馬鹿達の最後の大喧嘩。開始の合図は巨大な口を開いて咆哮を上げる星鯨によって始まった。奴から発される轟音はすでに音ではなく、一種の破壊行為だ。大気が鳴動し、人間に刻まれた恐怖の感情を生む暴力的な雄叫び。


 その異貌は巨躯のあちこちから腐った肉を落としつつ、しかしその動きに一切の精彩さを欠かず、自分に挑みかかる俺たち人間を見下ろしていた。


「なんて、でかさだ……夢でしかあり得ない! 普通の鯨の大きさを優に越してる!!」

「パロット。怖いなら引っ込んでなさい! アンタは貴重な治療要因なんだから!!」


 震わせるつもりのない喉が震えたパロットは慄きながら、そのまま羽をばたつかせて船内に。

 彼が見た先の世界では、きっと俺たちの背中が映っていただろう。荒れ狂う雲海に足を踏み出す八咫烏3人と言う馬鹿達がだ。


「自殺行為だねえ。まあ、乗りがかった船だ。少しはお姉さんも協力しようか。紅十華"飛梅"」


 船頭に立ったヘロンさんの腕が切り裂かれ、常人なら死ぬ量の血液が雲海に交じると、同時に雲海が跳ね上がり、星鯨と船を繋ぐ道に変わる。おそらくは俺が血を混ぜて水を操ったのと同じ原理。でも、雲海は足を踏み出しても沈まないかだけが心配だが、


「星の海の特徴でね。君らだって幼い頃に雲の上に乗って弾みたいくらい考えた事あるだろう? この海はそういう性質を持つ。この雨は鯨が降らしてるけどね。効果は優先順位の破壊………いや、危機感の喪失。だからこの鈴が役に立つの。この鈴は精神を均等に保つ」


 ちりんと聞こえる鈴の音に交じるヘロンの声が遠ざかるが気にしていられない。迫る鯨。見えるルート。反射的に体は突き出た雲を掴み、落ちる勢いを軽減させて、腕力で体を振り子のように振り、手を離して方向転換。


 その真上を星鯨の大木のような尻尾が横凪に振るわれ、大気がかき混ぜられる。すぐさま重力に従って、落ちる体だがその落下点は次の雲海。


 足裏で掴んだ感覚を維持して、そのまま跳躍。次の雲の真ん中に飛び降り、ついた足先から膝を柔らかく使って、衝撃を逃し、前回りしてそのまま走り出す。


「タカ、俺はこっちの雲の上でいいのか!?」

「ええ! 動きは私が縛ります! 攻撃は総長とルリでお願いします!」

「りょっか! ボス! 星鯨の気を引いて!」

「任せとけ! 八咫烏の飛翔!!」


 爆破の勢いで星鯨の目の前に飛び出すと、右足から打ち出すように紅蓮に燃える八咫烏を顕現させ、右足を振り抜いた。


「からの!! 紅十華"飛梅"!!」


 同時に、星鯨の真下。腹の部分を撃ち抜くように俺も血を一滴落とせば、白雲が形を成して、螺旋状の槍が星鯨を貫く。


「おっけ、いいよ! 2人とも! きらきらパズル! 形成! 流星!!」


 僅かに浮き上がった鯨の巨体を更なる上空から、空間を変換し、光引く尾、隕石の一部を作り出し、ルリが叩き落とす。

 畳み掛けの三連撃に僅かに動きを止めた星鯨を、タカが星鯨の周りをルリが生み出したパズルによる足場を飛び移って、小さな打撃を積み重ねていく。それに攻撃の意思はない。目的は捕縛。タカによる殴打を起点とした鎖が雲海とその巨体を繋ぎ、中空に留めた。その間に船に戻って、作戦会議。今の攻撃の流れでの情報共有だ。


「星鯨の高度が落ちる気配がありませんね」

「見た目以上に防御力高いよ。相当な質量で撃ち抜くか、焼き尽くすかしないと」


 炎や水を叩きつけられ、ルリが2人の作った傷口を押し広げ、悶える巨躯から血霧が噴出し、どす黒い霧を降らせようともだ。


「効いてる素振りもあんまりないな……この感じ、なんかのギミックがありそうだ」


 鷲宮も、隼も夢双伝播を使用していた。要するにこの鯨も何かしらの夢想伝播でその巨体を守っているならば、まずはそれを見極めないと話にならない。故にチャンスを逃さない為に、雲海を足場に、空を駆ける金髪の紅のドレスが見え、同時に、真っ直ぐ走った軌跡が星鯨の僅かに残る皮膚を縦に裂いた。


「堕ちるといい、哀れな同胞よ。紅十華"弾菊"」


 小さく漏らしたヘロンさんの声が聞こえて、血による弾丸を打ち出すような音が雲海を通じて響き渡る。


「アンタ達! 今のうちに船を近づけるわよ!!」


 セイの叫びに視線が慌てて上へ戻り、星鯨の背を走るヘロンさんの姿を捉える。


「流石は吸血姫……なんつー無茶苦茶な」

「総長の化け物じみた身体能力の理由が分かった気がしますね……」


 鳥葬の槍を下に向けて構えた彼女が、その刃で星鯨の背を縦に裂く。尾から背を駆ける紅の姫を、遅れて噴き出す鮮血が波のように追いかけていくのが見えた。


「援護するわよ! 大砲用意! ありったけをぶち込みなさい!!」


 セイが回した海賊船にて大砲を構えて、身悶えする星鯨に接近。すかさず、ルリが玉を入れ、俺が火花を足で点火して、狙いを定めた。


「こんだけの巨体だから外さないもんね!! 加えてきらきらパズル!! 弾丸をミサイルに!!」


 叩き込まれた腹部への一撃。崩壊なんて言葉は生ぬるく、余波で船がひっくりかえりそうになるほどだ。つまり、


「少しは考えて攻撃しろや、馬鹿が!!」

「味方の攻撃で死んだら笑いものじゃないの!! 阿保!!」

「そ、そこまで強く言わなくてもいいじゃん……!!」

「ですが、見てください。鯨の腹部。あれほどの一撃、腹の肉なんて消えていてもおかしくないのに」


 まさかの味方のせいで死ぬとこだ!! ちっとは周りに気を配れ!! ともかく、タカの推察通り、爆炎の下には煤汚れてはいるが何事もなかったように骨だけが堅牢さを称えていて。


「効いてんのはヘロンさんの攻撃だけか?」

「仕方ないから、合流しよっ! タカは捕縛をお願い!!」


 埒が明かないことを悟った俺達は固定用のタカを残して、星鯨に飛び乗った。その間にもヘロンさんお単身とは思えない斬撃の冴えに士気が高まり、連続する船長による大砲とタカによる射撃が勢いを増す。

 中空で血槍による痛みに悶えて、途切れ途切れの鳴き声を上げる星鯨へ、尾を上り、雲海から雲海へ跳躍しながら、切り傷を増やしていく忍者みたいな攻撃に対応できてない。


 大砲自体も全弾着弾したが、爆炎と衝撃自体が鯨を伝っていくが、槍や俺たちの攻撃に比べて効いてる様子が見受けられない。


「俺たちの攻撃以外、まともに食らってないんだが!?」

「空想の生物が故に現実に弱いんだ。空想で出来た大砲より、君達現実側の人間による攻撃の方が良く効くに決まっているさ。鳥葬の槍じゃなければ、私ですら傷を負わせられない」

「やっぱり、何かのギミックボスだな。時間経過か? いや、セイの話から推察するしかないのか?」

「仮に攻撃が通るようになっても、倒し切るにはもっと人数が必要じゃん! うちらで倒すにしてもこの大きさだよ!?」


 鯨の背中にしては、あまりにも広すぎる大地のような皮膚と骨を必死で破壊しようと走り回る、自分達。海賊船からも星鯨に対しての攻撃の音、その威力が胸に響くほどに聞こえるのだ。激しい事は予想つくが、揺らがない。応えていない。星鯨は擽ったいかのように身を悶えるだけ、こちらを嘲笑うかのように震えるだけだ。


「ここまで頑丈なのかよ………なら、頭を撃ち抜けば少しは!」


 脳幹部分を足裏で踏み砕こうと奴の頭部に向かい、爆炎を纏った足で地震を起こす勢いで踏み込んだ。それに共鳴するように僅かに揺れたが、もう信じられなくて。


「……ん?」


 思わず奴の顔を覗き込んだ先、奴の目を見た瞬間に心臓が止まるような気がした。瞳の中に黒目がいくつも渦巻きながら俺を見ている。その目は覚えがあった。喧嘩の終盤、相手の頭に俺の攻撃が綺麗に入った時の目だ。要は、かなりいい一撃をもらってブチ切れた時。つまり、今の俺は何かしたの条件を達成したようで星鯨の目が俺と、海賊船に向くと進路を変えた。


「待て、まさか、いややりかねない!!」

「どうしたのボス!? そんな急いで!」

「この鯨、セイの方を狙ってやがる!! 俺達を気にせずにだ!!」


 踵を返して、星鯨から飛び出して、雲海の壁を蹴って、三角飛びの要領である程度の高さを保持。そのまま雲の高波を脚力で飛び越えて、無理やり体を向こう側に持っていく。大気を蹴散らし、空を蹴る勢いで加速して──鯨が嗤った


「違う、少年!! 狙いは君だ!!」


 叫び声と同時に尾びれが俺の体を強かに打ち付ける。横なぎの無造作な一撃なのに、意識が飛びそうな中で気づく。星鯨がこちらに迫るのを。


「──しくった」


 すでに間に合わないタイミング。逃れようにも空を駆ける足場もない。眼前に迫る脅威に俺はなすすべもなく、


「紅十華"堅朝顔"!!」


 すぐ近くで聞こえた彼女の声が、俺の体を血で覆う。そのまま、空中で体を入れ替えるように俺を海賊船に向けて突き飛ばして。それをやった本人は、身を捩って鯨に背中を向けながら、ダメな子供を諭す母親のような目でコチラを見ていた。


「産まれてから貴方に何も母親らしい事なんて出来なかったし、最期くらいはさせてもいいんじゃないかい?」


 目の前で彼女の体が鯨にむさぼられるのが見える。柔らかい肉体を石臼のような歯で摺りつぶされながらも、彼女の顔に後悔などないことが俺には悲しかった。叫んだ喉は言葉にならない。ましてや届いているかすら定かじゃない。だけど、彼女は俺に答えるかのように、太陽みたいに笑った。こちらを安心させるかのように。


「忘れていいさ、全部。悪い夢だと思ってね? ただ覚えていて? 貴方が何処で生きていたって、君が好き。大好き。心の底から愛してるってこと」

「ヘロンさん!!」

「それと、ごめんね──無責任に貴方を愛してしまって」


 目の前で赤い華が散るのを見た。千切れ飛び、肉片を散らかす無残な肉を顔に浴びながらも、俺は海賊船に叩き落されて宙を仰げば、鯨は咀嚼を始めていて。月に照らされるその姿が俺の心をじわじわと絶望で締め上げていく。これが星鯨。セイの悪夢の象徴。可能な限りの装備を整えて、機先を制して火力を叩き込んでもこの始末。状況は最悪だ。


 こちらの攻撃はまともに通らず、主戦力だったヘロンさんは俺をかばって、消えていった。この感覚には覚えしかない。積み上げてきたものが崩れ落ち、支えてきた心が折れた時と同じだ。理不尽で動かしようない現実が迫るとき、諦めるなと誰が言えるだろうか。


「まだだ、まだ終わらねえ!!」


 少なくとも俺は言える!! 両翼の頬が強張っていても、船長の整った顔に悲痛な感情が浮かんでいても。もう、歩くことをやめる理由にならない。誰よりも奪われてきた。誰よりも挫折してきた。其の度に、踏み外して、折れ曲がって、けれど何とか歩いてきたから今の俺がここにいる。何の為に拳を握るのか、思い出せ。


「少なくとも、今ここで折れるためじゃねえだろうが!!」

「レイヴン……ふふ、私がアンタに惚れた理由、少しわかった気がするわ」


 銃が抜かれて、空に向けて発砲される。その事態に両翼も振り向いて、俺の顔を見て驚いた顔をした。


「お前らも諦めんなよ。お前たちがいなきゃ、俺は最後まで飛べねえんだからな」


 掲げた両拳に、両翼は屈していた膝の手を持ち上げた。浮かんだ顔には疲れも、痛みもありありと見て取れるが気にしない。そんな表情のまま、どれだけの無理難題を駆け抜けてきたかを知っているから。


「全く、昔を思い出しますよね」

「諦めが悪いボスに振り回されてきたことだね」

「なんだ、嫌いならそう言えよ」

「「まさか!! お帰り、鴉間真!!」」


 拳をぶつけて並び立つ。己の心を奮い立たせて顔を上げて。歯を食いしばって、目を見張る。


「お前なんかに負けねえよ。俺達は根っからの反抗者だからな!!」


 どれだけ吠えても戦力差に変わりはない。立った4人で立ち向かわなきゃならない。勝てるはずがない。ヒーローはそう都合よくはやってこない。


「流石だ──かっこいいぜ、大将!」


 だけど、悪党だけはそのルールに囚われない!鋼色の船が黒い鞭のような尾を真横から突き飛ばした光景に、轟音が鳴り響いていた戦場の音が確かに止まる。それは魔法でも、魔力を込められた鉱石によるものでも、形を持たない刃がもたらす破壊でもなく、形を持った鉄の塊が人の手によって振るわれた証。


「………うっそでしょ」


 ルリが漏らしたのはその船に刻まれていたのは黒い翼の三頭烏に対して、しかも1つではない。雲海から続々と星鯨を囲むように、続々と上がって来るではないか。


「嘘、ですね………まさか」


 あり得ない、あり得るはずがない。彼らは来ない。こんな風に奇跡的に来るわけがない。奇跡にだって限りがある。

 ──だけど、その筆頭、昔ながらの特攻服を身につけて、その男はメガホンを手にとった。


「おいおい魚類野郎!! うちの大将とお嬢に随分な真似をしてくれるじゃないか!!」

「鷲宮!?」


 そんな事は出来るわけがない、それが出来たからこそ俺達はは不良達の伝説となった。八咫烏。かつての渋谷を踏破した社会の屑を摘む烏達。彼らは再び、集ったのだ。

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