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9 シン家のセン


「ケイちゃん・・・」


その場にいた戦士がその異常に気付くと、素早く剣を握り直し『影』の胸の中心を貫いた。


・・・『影』は、動かなくなった。


戦士が、ケイに近づこうとした時

「くるな!」

ケイは、傷口を指さしていた。


「?」


「見えないのか、このオレンジが・・・近づくと死ぬぞ。」


ケイの傷口からは、オレンジ色の―気体だろうか―何かが湧き出ていた。


「ケイちゃん。」

コウは、頭が真っ白になっていた。


気付けば、ケイのそばまで走り寄っていた。


「待て!コウは見えるやろ。・・・あの時見たのと同じや。」

「でも・・・」


「お前にまで移ってもたらあかんやろ。・・・しゃあないわ。」


そのオレンジ色のものは、ケイの足を覆いつくし、だんだんとその勢力を上半身へと広げていっていた。


「ケイちゃん・・・うッ、うわーーーーーー!」


コウは、何も考えられなくなった。

本能が、叫び声をあげ続けていた。


次の瞬間、コウの涙をあふれだし続ける瞳が、大きく見開き鋭い眼光をケイの傷口に向けていた。

そして―


コウは、傷口から出続ける『モノ』を右手でつかみ引き出していた。

その手には何の感触もない、ただ気体をつかんでいるだけのその行為は滑稽ですらあった。


「おッ、おい!何してんねん。俺に触るな、さわるな!」


コウは、取り憑かれたように無言のまま、ケイの足から湧き出る『モノ』を引き出し続けた。


だが、オレンジの『モノ』は胸元から首筋へと、着実にケイの体を侵食していった。


ケイは、体から力が抜けていくのを感じていた。

そしてその勢力は、コウの体をも包み始めていた。


「コウ、何すんねん・・・何すんねん・・・」

ケイは、溢れ出る涙の中でオレンジに包まれていくコウを眺めるしかなかった。


「コウ、コウ・・・あり・が・・と・・・」

ケイは、静かに目を閉じた。



「おッ、おーーーーーッ、うおーーーーー」


コウのその雄たけびは、すべての時を止めその場の景色を粉々にするかのようだった。


コウは、『モノ』への攻撃を止めなかった。


しかし、『モノ』はコウの首筋にまで這い上がってきていた。


やがて、コウのすべてを包み込むと、コウとともにケイの上へと倒れていった。



二人のもとへ、一つの足音が近づいてきた。


ココが、冷静に横たわった二つの体を見ていた。

そこへ、一人の戦士が走ってきた。


「ココ様、ワタが敵陣に到着したとの報告がありました。」

「そうか・・・ついに来たか。日暮れまであと少し、まずは今日を持ちこたえよ。」

「はッ。」


「誰も、この者らに近づいてはならんぞ!」

ココは、そう言い残し櫓のほうへ行ってしまった。


空の雲々が、茜色に染まり始めていた。

黄昏の空気が、戦いの喧騒を押し沈めていっていた。


やがて、月の光が支配する静寂の世界へと景色は変わっていた。

喧騒を知らない虫たちの音の中、獣の遠吠えが交差していた。


ケイとコウの体の上には、幾枚かの木の葉が降り下りていた。

その木の葉に浮かぶ夜露を求め、蝶が1羽、羽を休めていた。



・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お母さん、僕ね、裏切らない人間になるんだ。」

「どうしたの?ケイちゃん。」

「今日ね、学校で犯人扱いされたんだ。僕。」

「?」

「昨日、チカちゃんの粘土のお人形が壊されてたんだ。昨日、僕が一番最後まで教室にいたから。みんなが僕が犯人だって・・・僕じゃないって言ったんだけど・・・僕じゃないんだよ、本当に。」

「・・・」

「その時、ヒロ君が「ケイちゃんじゃない。ケイちゃんは嘘は言わない」って言ってくれたんだ。」

「そう・・・」

「嬉しかったんだ。ヒロ君だけは僕を信じてくれていたんだ。」

「・・・」

「だから、信じてくれるから・・・絶対、裏切らないんだ・・絶対・・・」

「そう・・・応援するわよ。お母さんもうれしいな・・・」

「うん。」・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うわーーーん。ごめんなさい。」

「ごめんで済むかー!」

「えーーん、だって・・・悪いことしたら・・謝ったら・・いいって・・・」

「・・・!」


「コウ、起きてるか。」

「うん。何?パパ。」

「今日は、ごめんな。」

「何が?」

「お昼、怒っちゃっただろ・・・」

「うん。でも、僕が悪いことしたから・・・」

「うん。でも、コウがちゃんと謝ったのに、パパ、怒鳴っちゃったから・・・」

「・・・・」

「悪いことしたら、謝ったらいいんだよって、コウに話してたのにな・・・コウ、よく覚えていたな。パパ、うれしかったよ。また、パパが間違ったことしたら教えてな・・・今日は、ごめんな。」

「うん。」

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・



夜露を吸っていた蝶が、何かに気づき飛び去って行った。

小さな黒い影が、地面を這いながらケイとコウに近づいてきた。

ケイの足に近づいたその影は、月の光の中にネズミのカタチを浮かび上がらせた。

ネズミは、ケイの傷口に鼻を這わせおもむろに牙をむきだした。

次の瞬間、ネズミの牙がふくらはぎに刺さっていた。



「・・・・・?・・・・・・・・!」


突然、ケイの右足がビクンと動いた。


かじりついていたネズミは、予期せぬ振動に地面に振り落とされ、そのまま草むらのほうへ逃げていった。


「・・・・?・・イタッ!」


右足に感じていた感覚が痛みであることに気づき、ケイは目を開けた。

その視界には、いびつな月が大きく覆いかぶさっていた。


「うッ、お・も・・い・・」

視線を胸元のほうへ移していくと、そこには大きな黒い物体があった。


「?」


「・・・コウ・・か。」


ケイは、コウの頭をゆすった。

だが、コウは何の反応も示さなかった。


「コウ・・・」


ケイは、コウの頭をそっとずらしながら自分の体を起こしていった。

起き上がるとコウの頬を手のひらでたたいた。


反応がない。


しかし、ケイは焦らなかった。

ケイの手のひらには、コウのぬくもりが感じ取れていた。


「コーウ!」

続けて2~3発殴った。


すると・・・


「うーん、なーにママ・・・」

「フッ・・」

ケイは、思いっきり平手をコウに浴びせた。


「いッ、イッターイ・・・・・・・・、ママ、何すんだよー。」

「ママじゃねーよ!起きろッ。」


コウは、瞼を重たく開き視点の定まらない視線を泳がせていた。


ケイの顔の上で焦点を合わせると、やっと現実に気づいた。


「ケイちゃん!・・・大丈夫?」

「あぁ。」

「夢じゃないんだね?良かったー。」

コウは起き上がり、ケイの腕を力強く握った。


ケイとコウは立ち上がり、ココの所へ向かうことにした。

まずは、ゆっくり身体を休めようと思ったのだ。


二人が櫓の下へ近づき、かがり火の焚かれた横の通路を通り抜けようとすると、そばに立っていた二人の戦士がおもむろに持っていた槍を二人に向けた。


「なにすんねん。」

ケイは怒鳴る。


「お前らを通すわけにはいかない。」

「なんだとー。」


「お前らを通すわけにはいかない。」

「同じことを何度もぬかすな。ココはどこや、ココを呼べや!」


二人の戦士は、後ろに立っていた他の戦士に目配せをした。


ほどなくして、ココがケイとコウの前に現れた。


「生きていたのか。」

ココは、無表情に言った。


「生きていて悪いか、中へ入れろや。」

「それは出来ん。」


「なんでや。」

「お前は、影にやられた。たとえお前が生きていようと、イッサツニサン、お前に近づけば誰かが死ぬ。」

「・・・。」


「影に穢れたお前らを、ここから入れるわけにはいかん。」


「穢れって・・・」

コウの口から言葉がふと漏れた。


「僕らの体には、もうオレンジのモノは何にもないから大丈夫だよ。」

「我等には、見えん・・・」


「でも、本当だよ。」

「誰が信じると思う。信じられるのは事実だけだ。」


「事実だけって・・・。信じるとかは・・・そんなんじゃないと思う。僕らは、昨日ココさんらと一緒に寝た。・・・・けど、ココさんらに殺されるかもしれないって、考えもしなかった。殺されない確証なんて・・・必要すらなかった。・・・」

「もうええよ、コウ。こいつら、事実なんか関係ないねん、他人を差別せな自分を守れないんやろうから。」


「・・・」

「ココ、一つだけ頼む。・・・・ナウエに行きたいよって、ハタマの外れまで通らせてくれ。」


「・・・」

「お前らには、絶対近づけへんから・・・」


「・・・よかろう、お前らこの二人を連れていけ。」

と、ココは傍らの者に言い残すと去っていった。


ケイとコウは、二人の戦士に連れられて行った。


「ケイ、助けてくれてありがとう。」

一人の戦士が、話しかけてきた。


「?」

「昼の戦いで・・・」


「あぁ。」

「・・・ココ様は、二人の事を嫌ってはいない・・・ただ、ハタマを守るためなんだ。」


「そんなの知るか。・・・自分を守るために、他人を犠牲にする・・・か。もしかしたら、『影』と一緒ちゃうか。『影』もそうやって攻めてるのかもな。」

「・・・・」


戦士は、言葉が出てこなかった。


やがて、ケイとコウはハタマの外れにたどり着いた。



「ケイ。」


昼間助けた戦士が、話しかけてきた。


「本当に、お前たちにはオレンジ色のものが見えたのか。」

「もうええやろ、信じろなんて言わんよ。」


「いや、信じないとは言わない。我々にも見えないものがあることは知っている。」

「?」


「ただ、なぜお前たちには見えるのか・・・」


「あッ!・・・もしかしたら・・・」


コウが、何かに気づいた。


「僕たち、目薬をしてもらったからかも・・・」

「そうやな、確かに・・・」

ケイも、少し疑問が解けたような気がした。


「目薬?誰に?」

「チハさんに。」


「チハ?誰だそいつは。」

「誰って言われても・・・センさんの子供の・・・」


「シン家のセンか?」

「シン家?」


「シン家のセンか・・・そうか・・・」


「どうしたの?」


―シン家、それはナウエで代々神に仕える家としていろいろな秘宝・秘術が受け継がれてきた家だそうだ。身を隠す術や全てを消し去る術があるという。それならば、セン家からもらった目薬で見えぬものも見えるようになることも考えられる。―


「その話、ココ様にも伝えておこう。」

戦士たちは、そう言い残し戻っていった。


夜空は、まだ星が勢いよく輝いていた。

そして、その輝きをも凌駕する大きな月が静かに二人の頭上にあった。

虫の音と風に揺らぐわずかな草のざわめきだけが、耳を通っていった。


ケイとコウは、焚火を前に腰を下ろしていた。


「ケイちゃん、これからどうする?」

「・・・・」


「ケイちゃんが決めたのでいいからね。」

「?」


「きっと、反対しないと思うから。」

「・・・・まぁ、ひと眠りしよか。それからや・・・。」


「うん。」


二人は、星空を布団に横になった。


「それにしても、お前がこんなとこで眠れるとはな。」

「うん?」


「草むらの上でよ。」

「そうだね。結構、潔癖症なはずなんだけど・・・成長したのかな。」


「はは、ほんまやな。・・・お休み。」

「お休み。」


―神に仕える家で、シン家か・・・―


―to be continued


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