3 あなたは 何者?
その子は、右足とコウとを交互に見てきょとんとしていた。
「コウ、すごいやんか。ほんまのハンドパワーやな。」
ケイは、まざまざと子供の足を見ている。
コウは、自分の手のひらを見て茫然としていた。
すると、子供はすっくと立ちあがり二人に目をやると急に森の中へ走っていった。
いや、森のほうへ消えていった。
子供が2~3歩進むとその姿が透けていき、すぐに草木の緑だけがそこにあった。
「消えたぞ。」
ケイは、子供の走ったほうを見てつぶやく。
「うん。・・・消えた。」
「追いかけようぜ、きっと何かがあるぞ。『ナルニア』みたいなんが現れるんちゃうか。」
ケイの目は、輝いていた。
『ナルニア』、それはコウとケイが小さい頃よく見ていた映画だった。
たしか『ナルニア国物語』だったと思う。
少女が古いタンスの中へ入っていくと、全く別の世界が現れるというものだった。
たしかに、僕らは全く知らない世界にいる。
―信じられないが―
「いくぞ。」
ケイが言う。
「ちょっと待って。本当にそっちの方角かな?僕らのことを警戒してたら、消えた後違うほうへ走っていったかもしれないよ。」
「そうかぁ、そんなヒネたこと考えへんやろ。じゃあ、どっちへ行く?」
「うーん。」
「コウの言うようにヒネた子やったら、裏の裏をかくかもわからんで。さあ、どうする?」
「うーん」
「優柔不断やなあ、どうすんねん。」
「うーん。」
「ゆう・じゅう・ふ・だん、情けないなあ。」
「うるさいわ!じゃあこっちでええよ。」
コウは、子供が走っていった方に顔を向けて言った。
「なんや、俺が言ったほうやんか。まあ、ええわ。行こか。」
「・・・」
コウは、しかめっ面をしながら黙ってついていった。
コウとケイは草原を抜け、森の中へと入った行った。
森は、さっき通った時と変わらず鳥がさえずり、木々がたくさん生い茂っていた。
ケイとコウはわりと開けた木々の間を歩いていた。
コウは、なんとなく引っかかることがあった。
「ケイちゃん、なんでここ歩いてるの?」
「なんでって、さっきの子を捜してんやろ。」
「じゃなくて、なんでこのルートかなぁって思って。」
「そりゃあ、ちょっと開けてるから誰かが道として使ってそうやんか。それぐらいわかるやろ。」
「うん、でも、このまま行ったら森を抜けるだけと違う?」
「抜けた先に村でもあるんちゃうか。・・・どうしたんや、何か気になることがあるんやったら言ってみ。」
「うん、横の森の中が、いやに木が多すぎないかなって思って。もしかしたら、木の上に住んでいたりしないかな?」
「えっ!・・・ナイスやな、ありえるで。よし、森の中へ入っていくぞ。」
ケイは、コウの言っていることが良いと思ったら、いつも素直に受け入れていた。
そして、狭い木の間を―狭いといっても2mほどの幅はあるが―歩いて行った。
「いてっ!」
20~30mほど行くと、急に前を歩いていたケイが止まった。
いや、何かに頭をぶちつけて止まっていた。
そう、なにかに。
木々の空間にしか見えない何かに。
「なっ、なんだ。なんかあるぞ。」
ケイは、おでこをさすりながら目の前の空間を睨んでいる。
「さっきの子とおんなじじゃない?何かあるんだよ。」
「そうか。」
ケイは、うなずきながら目の前に手を伸ばしていった。
すると何かに触れたようだ、まるでパントマイムのように手のひらを空間にべったりとつけた。
「なにかあるぞ。固い・」
ケイが話し終わる間もなく、ケイの手のひらから四方へ色が広がっていった。
それは茶色く、横に筋が入っている。
木だ。しばらくし、色の広がりが終わりに近づくとそれが何なのか、二人にははっきりと分かった。
そこには、こじんまりとした家が現れていた。
「なんだ、家が出てきたぞ。って言うより、周りの景色と同化してたんだな。まるでカメレオンみたいに。」
「うん、カメレオンみたいだ。」
その家は、絵本に出てくるような板を張り付けた平屋の家だった。
窓もあるが、カーテンのようなもので中は見えない。
「向こうへ回ってみようぜ。」
ケイが歩き出す。コウも何も言わないでついて行った。
家の前へ回り込むと、人影があった。二人だ。
一人は、背が高く―コウやケイと同じくらいか―180センチほどある女の人だった。
年齢は、コウの母親と同じくらいか、髪の毛は長くそよ風にゆったりと流れている。
落ち着きがある表情だ。
白や黄色の模様が入った袖丈が長いドレスのようなものを着ている。
もう一人は、さっき会った子だ。静かに微笑んでいる。
女の人は、おもむろに片膝をつき両手を組んだ。
「お待ちしておりました、エアイ様。」
「?」
コウとケイは、ポカンとしている。
「エアイ様って何?俺たちはケイとコウっていうんや。」
ケイは、戸惑いながら言った。
「エアイ様のケイ様とコウ様ですね。」
「いやっ、エアイ様って何なの? って言うか、俺たちに『様』はつけらんといて。ケイとコウやから。それに、俺たちのほうがどう見ても年下やから敬語もやめて。」
「わかりました。」
女性は言うと、なぜコウとケイのことを『エアイ様』と呼んだのかを話し始めた。
それは、その女の人の住む村の古くからの言い伝えだった。
―遠い昔、この大地には全てを覆いつくすほどの大きな国が存在していました。
そこにはあらゆる生き物が住み、争いもなく幸せに暮らしていました。
ある時、『影』と呼ばれるものが現れ、その国を覆いつくしてしまいました。人々は果敢に戦いましたがその強大な力に生き物は殺され続け、町は破壊され、国は滅亡の時を迎えていました。
その時、暗い空を突き破り一筋の光が地面に突き刺さりました。
その光の中心に、エアイ様がおられました。
エアイ様は、重い槍と御剣を携え『影』と戦いました。
長い戦いの後『影』は滅び、この大地から消え去りました。
その後、エアイ様はすべての生き物に愛を注ぎ生きるべく道をお示しになり、時には大きな災いにも立ち向かいこの大地を守り続けてくれていました。
それから長い時が過ぎ、
「この大地に未曾有の災いが襲い掛かるとき、重い槍と御剣とを携えたエアイ様が現れる。」
との言い伝えだけが残されました。―
―女の人は話し終わり、立ち上がった。
「今、この大地を再び『影』が襲い掛かりました。そして、私たちの村が滅びる間際に、重い槍と御剣を持つものが現れたのです。しかし・・・。私たちに希望の光が差したのですが・・・」
「そのエアイ様が、『影』に敗れたの?」
ケイが、聞く。
さっきから敬語を使っていないのが、コウが気になってるところだ。
「いいえ。エアイ様は、現れませんでした。」
「でも、重い槍と御剣を持つものがエアイ様なんだろ。」
ケイは、ため口で聞く。
「いいえ、その槍と剣を使うことができるのがエアイ様なのです。私たち二人は、今日この時までお待ちしておりました。」
女の人は、子供に目を向け微笑んでいた。
「でも、俺たちとは限らないだろ?ヒーローみたいでカッコええかもしれないけど、ややこしいことはゴメンやし。」
ケイは、エアイ様と呼ばれるのがちょっと気に入っているのかも知れない。
「いいえ、間違いありません。後ほど、それがわかります。」
「申し遅れました。わたくしは、チハと申します。この子は、妹のチナです。」女の人は、名乗った。
「えっ!姉妹?」
ケイが、驚いた眼を向けた。
コウもポカンとしている。
どう見ても、親と子だ。
30~40歳は違うはずだ。
でも、失礼だからそれ以上は聞くことができなかった。
「まずは、これを差し上げましょう。」
と言うと、チハは服の中から透明な液体が入った小さな小瓶を出した。
「この目薬をさしてください。」
と、小瓶を差し出した。
「えっ、いや、あの。」
ケイは、戸惑っている。
警戒しているのではない。
実は、コウもケイも目薬が苦手だった。
苦手というより、恐怖心すら抱いていた。
だから、二人ともこの年になっても母親に目薬をさしてもらっていた。
「怖いんでしょ?わかるよ。」
チナと呼ばれた子は、笑いながら言った。
コウとケイは、言い返せもせずモジモジしている。
「そうでしたか。それじゃあ、さしてあげましょう。」
とチハは言って、ケイに上を向かせた。
事の流れがわからないまま、ケイは恐る恐る空を見ている。
その上からチハは目薬を落とした。
「えっ!」
ケイは、声を出した。
「どうしたの。」
「うん。・・・いや、なんでもない。」
と言い、もう片方の目にも目薬をさしてもらった。
コウは、変な薬じゃないかと躊躇していたが、ケイに促され空を向き目薬をさしてもらった。
小瓶の口先から一粒、落ちてくる。
それは、陽の光をかすかに吸い込み輝きだした。
―虹色の雫―
そう、それは虹色の雫だった。
あの神社でゲットしたアイテムだった。
その雫は、静かにコウの瞳に吸い込まれていった。
「しばらくすると、よく見えるようになります。」
と、チハは言った。
ケイとコウは2~3回瞬きをした。
「なんか変わったか?」
ケイが、いぶかしげに聞いてきた。
「ううん。」
コウは、左右交互に目をつむっていた。
森の木々はさっきと変わらず、濃い緑を放っている。
後ろの、さきほど回り込んだ家も変わらずそこにあった。
板張りの壁、崩れ落ちた扉・・・?
「コウ、この家こんなだったっけ?えらいボロ家やぞ。」
ケイが、眉を細めている。
壁の板は所々が剥がれ落ちており、扉も地面に倒れている。
コウは、家の後へ回ってみた。
さっき、ケイが最初に家に触れたところだ。
「なんで?」
コウは、戸惑っていた。
板は剥がれ落ち、ツタのようなものが血管のように家を覆っていた。
その隙間から見える窓枠は歪んで、カーテンのようなものは何も残っていなかった。
「時間をワープしたのか?」
ケイが、ツタを引っ張りながら呟いている。
「どうなってるんだろうね、さっきの人のところへ戻って聞いてみようよ。」
ケイとコウは、チハとチナのところへ戻った。
ケイは、チハへどうなってるのか説明してもらおうと顔を向けた時、チハの右肩越しに何かがきらりと光った。
目を凝らしてみると、そこにはとがった金属が見えた。
何か槍の先端のようなものが肩から出ていたのだ。
チハは、静かな瞳でケイを迎えていた。
「ケ、ケイちゃん、こ、この子。」
コウが、女の子を指さしながら、少し震えるような声でケイに話しかけた。
ケイがその指さすほうを見ると、剣の持ち手のようなものが女の子の右胸に刺さっていた。
だが、女の子は無邪気な表情で二人に笑いかけていた。
「ど、ど、どうしたんだ。だ、大丈夫か。」
ケイの声も震えている。
コウは、足ががくがくと震えているのが自分でもわかっていた。
「今、ご覧になっているのが真実の姿です。」
チハは、静かに話した。
チハたちは、身を守るために特殊な能力を持っていた。
それは、自分自身や身の回りの物を景色に同化させたり、違う印象に見せる能力だそうだ。
「私たちと同じ瞳を持つことによって、全てが見えてくるのです。それが、先程の目薬 私たちの涙 です。」
・・・他人の涙が目に入ってる・・・
「おぇッ」
コウは、ちょっと気分が悪くなった。
確かに、最初に女の子と会った時も、全然気づかなかった。
そして、逃げていく時も景色に吸い込まれていっていた。
・・・じゃぁ、なんであの時見えたんだろう?・・・
「そ、それは分かったけど、その体は?」
ケイが聞いた。
そうだった、重大なことを忘れていた。
二人の体には槍や剣が刺さっているのだった。
―to be continued