2 こんにちは 異世界
ケイと肩を組み歩き始めると、また突然の灰色の世界があった。
コウは勇気を出して(いやいやながら)ケイと歩みを進めると、いつの間にかだだっ広い草原の片隅に立っていた。
それは、何とも言えない風景だった。
遠くには、山が峰を連ねている。
草原には、いたるところに低い木が点在していた。
テレビで見たことのある光景、サバンナのようだ。
そして、二人の背後には林が迫っていた。
それは、木々の間からは向こうの景色が見えないほど密集した森だった。
何より、夕方だったはずなのにやたらと景色がはっきり見えていた。
「どこなんや?大昔にタイムスリップしたんかな。」
ケイが体を回しながら言う。
「うん。自然しかないみたいだね。きっと、そうだよ。」
「何億年も前の地球かもな。ひぇー、すごいなぁ。ドラえもんの世界やで。」
「昔の地球は、こんなだったんだね。すごいや。」
何もない風景に心細さを感じながら、コウは呟いた。
「コウ、あっちにすごく高い木があるぞ。あそこに行ってみようぜ。」
コウは、ケイの指さすほうを見ると、森の向こうにとてつもなく高い木が見えた。
まるで、芝生の中から巨大なアロエが生えているみたいだ。
「でもケイちゃん、ここを離れたら帰れなくなるかもしれないよ。」
コウは、そう言ってケイに視線を向けた瞬間、不安が足元から駆け上がってくるのを感じた。
ケイの右手に持っている荷造り紐の先が、ケイのひざ元でぶらぶら揺れていた。
「ケイちゃん、紐、紐、切れてる。どうしよう。」
「えっ、ええぇー。」
ケイは、紐の先端を触りながら声を出し続けた。
「どうしよう。どうしよう。どうしよう。」
コウは、オロオロするしかなかった。
「大丈夫。気にすんな。」
ケイは、見るからにカラ元気を出していた。
ケイは考えた。
―まずは、この場所を覚えておかなくちゃ。何かの拍子で帰れるかもしれないよってな。
どうしよう?―
「そうだ!」
「コウ、あの大きな木を真後ろにしたら何が見える。」
「木を背にして・・草原の真ん中に木が3本立ってるけど。」
「ほかに何が見える?」
「まぁ、一番遠くに見えるのは山やけど。ちょうど、山の切れ目かな、ちょっとV字に見えるけど。」
「よっしゃ、俺とおんなじや。コウ、この場所を覚えておくために忘れんなよ。」
ケイは、何やらしたり顔で言った。
「でもケイちゃん、あのおっきな木と3本の木と山の直線上だったら、ほぼ無限と違うかなぁ。」
コウは、案外冷静に、そしてちょっと皮肉っぽく聞いてみた。
「ほんまやな。さすがコウ、学校は行ってへんけど数学的なとこはすごいよな。」
「嫌味にしか聞こえへんけど。」
「ハハハハハ。」
ケイは、笑いながら困っていた。
コウも、どうしようかと空を仰ぎ見た。
「うわっ!」
突然コウは、膝から崩れ仰向けのまま地面にへばりついた。
ケイは、コウの視線を追って空を見上げてみた。
「うおっ!」
ケイも、膝から崩れ落ち右手で空を押し上げていた。
「なんだこりゃ。でかい、でかすぎるぞ。」
空に目をやると、二人の上空には大きな月があった。
いや、月なのだろうか。
あまりにも巨大すぎる。
表面のクレーターも、その高さが分かるほどによく見えていた。
そして、二人がそれを月と断定できない大きな違和感があった。
それは、何とも言えないいびつな形をしていたからだ。
一部が欠け落ちていて、まるで米粒を大きく膨らませたようなものだった。
「月か?」
ケイが、独り言を言う。
「って言うか、ここは地球なのかな?」
コウも、空に向かい呟いている。
「ジャンプしたら、あれに吸い込まれてしまいそうだな。」と言い、ケイは立ち上がった。
「?ケイちゃん、どうしたん?」
ケイは、思いっきりジャンプした。
「ケイちゃーん!!」
何のことはない、ケイはちゃんと地面に着地していた。
「それよりも、ここの場所を特定しようぜ。いいことを思いついたぞ。」
ケイは、事の重大さを無視して次の行動を起こそうとしていた。
「コウ、俺が荷造り紐の端を持つから、紐をまっすぐ下の地面につけてくれ。そして地面に着いたところで結び目をつけて。」
と言うと、ケイは紐を指先でつまんでまっすぐに斜め上へ伸ばした。
コウは訳が分からずに、言われるままに結び目をつけた。
「これでいいぞ。分かるか、コウ。」ケイは、得意そうに聞いてきた。
ケイが言うには、
・・・紐を指先で持って、結び目が地面に触れるまで腕を伸ばしたまま上げていくんや。ケイの指先を大木のてっぺんに重ねるようにすることで、自分の立つ位置がわかるんや。
その指先の高さを覚えておけば、大木から同じ距離を知ることができるんやで。
視線と指先の直線上より大木のてっぺんが上に出ていたら、大木に近すぎていることになし、逆に、視線と指先の直線上より下ならば、離れすぎになる。
「おぉ、すごいね。さすが高校生、僕より長生きしてるだけあるね。」
コウのお尻にケイの膝蹴りがあった。
「じゃ、大木へ向かって出発だ。」
コウとケイは森の中へと入っていった。
森は、静かに風の音を伝え、普通に鳥のさえずりも聞こえている。
二人の住んでいる世界と、何ら変わらないように思えた。
一つ一つの木々は直径が40~50センチくらいあり、松の木のように見える。
遠くのほうでは地面のほうで何かが動く音が聞こえる。
小動物でもいるのか。
「やっぱり、地球やろな。」
ケイがつぶやく。
「うん。」
コウは、きょろきょろしながら頷いた。
でも、こんなに緑が多いのに何かが違うよなぁ。
コウは、一人首を傾げた。
鳥の声も聞こえるし、葉っぱもあるし、森のにおいもかすかに感じる。
けど、
・・・何かが違う・・・
二人は大木へ向け歩き続けた。
コウとケイは、大木へたどり着いた。
そこは、森の木々から離れたところにあり小高い丘になっている。そこに、大木は立っていた。
森と大木との間は20センチほどの草でおおわれており、遠くから見ると芝生のように見える。
その上を蝶やトンボなどが緩やかに浮かんでいた。
丘は、高さが5mほどでとてもなだらかに盛り上がっており、その丘のてっぺんに大木が存在している。
大木の太さは、二人が思っていたほどではなかった。
テレビで見たことのある縄文杉の大きさよりは段違いに大きいが、テニスコートの横幅くらいの直径だった。
ただ、大木が四方へ伸ばしている枝の長さは異様な程広かった。
一番下の枝でも、高さはコウの住んでいる5階建てのマンションとは比べ物にならないくらいある。
送電の鉄塔ほどの高さかもしれない。
幹の皮は、焦げ茶色く思ったほどとげとげしていない。
「変わった木やな。上のほうはあんなに巨大で横に伸びていて、どっかのホールの屋根みたいやな。」ケイは、感動しているようだった。
「ぐるっと、回ってみようぜ。」
「うん。」
コウとケイは、大木を見上げながら歩き出した。
何匹かの蝶が近くを飛んでいる。
よく見ると、とても大きな蝶だ。
コウの手のひらほどの大きさがあり、色鮮やかだ。
ある蝶は虹色の模様があり、また、ある蝶はきれいなイエローを陽の光に輝かせていた。
「昆虫は、動物と違ってあまり人間を怖がらないから不思議だね。」
コウは、ぼそっと聞いてみた。
「ほんまやな。あれちゃうか、昔から人間は動物を捕まえて食べていたから、動物は本能的に逃げるDNAを持ってんちゃうか。うん。」
ケイは、自分で言ったことに納得していた。
しばらく歩いていくと、大木の下のほうに窪みが見えてきた。
大きな窪みだ。
近くまで行くと、まるでトンネルのように奥へ伸びている。
幅は2メートルほどか、高さは3メートルくらいはありそうだ。
向こう側に光が見えている。
「すげーな。木の下がトンネルになってるぞ。」
ケイが、トンネルを覗き込みながら言った。
「うん、人が通れそうだね。」
コウは、右手を上に伸ばしてとどくか図っている。
「うわっ。」
ケイが、突然大きな声を出した。
コウはびっくりして固まっている。
「コウ、なんかしたやろ。」
「えっ、何のこと。」
「今、俺の耳んとこを草でくすぐったやろ。」
「そんなしょうもないこと、するわけないやろ。」
「なんか、くすぐったかったぞ。 ・・・葉っぱでも落ちてきたんかな?」
ケイは右手で頭を払って歩いていると、また耳に何かが当たった。
「コウ、てめぇー。」
ケイは、振り向きもせずに後ろ蹴りを放った。
「ぎゃ。」
コウではない、何かの声が地面に吸い込まれていった。
ケイとコウは、何もない空間をにらんでいた。
そこは、大木のトンネルを2メートルほど入ったところで、外の日差しも差し込み足元の草もよく見える。
地面には何もないようだ。
草も何かに踏みつけられたような跡もなく普通に伸びている。
「何かがいたよな。」
「うん。」
「確かに、何かを蹴った感触があったからな。」
コウは、2~3歩ほど離れた草むらを見ている。
さっきから何か違和感を感じていた。
周りの景色と何も変わらないが、それがちょっと気になっていた。
コウは、恐る恐るその草むらに手を伸ばしてみた。
「うっ!」
すぐさま、手をひっこめた。
何かある。
「どうしたんや?なんかあるんか?」
ケイも近づいてきた。
「うん。」
と言いながら、コウはもう一度手を伸ばしてみた。
何かが指先に触れている。
草ではないすこし柔らかいものが、確かにある。
コウは、そっと手のひらを当ててみた。
「?!」
何か生き物か?
「どうしたんや、何かあるんか?」
ケイは、不思議そうに見ている。
「うん、なんか・」
その時、コウの手のひらの下に何かが現れてきた。
薄い黄色の何かが。それはだんだん広がりを見せ、しばらくすると片膝を立てて座っている子供を浮かび上がらせた。
「人、か?」
ケイは驚いて見ている。
「子供?」
コウも、意味もなくつぶやいた。
それは、5~6歳くらいの子供にしか見えなかった。
顔立ちは女の子のようだ。
肌の色は白く、髪は長く薄い黄緑―とても黄色に近い―色をしている。
瞳の色も緑だ。
着ているものは白く、袖が肘ほどの長さがあり、ボタンはなく腰のところで紐で結んである。
ズボンも白く膝くらいの長さだ。
その子は、おびえた様子はなく、びっくりしたような表情でケイとコウを見ていた。
その子の右腕は、右足のむこうずねを押さえていた。
さきほどケイに蹴飛ばされたところか、よく見ると赤く腫れているようだった。
コウは無意識に、そこに手を伸ばした。
その子はとっさに手をひっこめたが、コウは気にせず腫れているところを手でさすってあげた。
「おまえ、能力者か?ハンドパワーってか。」
「えへっ、なんとなく。気持ちだけ。」
コウも、無意味と知りながらさすっていた。
しかし、しばらくすると腫れも消え肌の色も白くなっていた。
―to be continued