16 再会
「もう、日が変わってもてるやないか。一服して、もう寝るわ。お前らも、早く寝ぇや。」
「・・・うん。」
「頭で考えても、しゃーないぞ。その内、見えへんもんも見えるようになるやろ。」
―見えないもんが、見える・・・?―ケイ。
「もしかしたら、体が覚えてるかもな。おやすみ。」
「・・うん、おやすみ。」
「おやすみ。」
「・・・体が、覚えてる・・か。」
ケイはそう言うと、左腕を見つめていた。
「なぁ、コウ。・・・なんか知らんけど、変なとこに血豆が出来とんねん。」
「バラの棘のやつとちゃうの。」
「いや。」
そう言い、左腕の袖をたくし上げた。
そこには、小さな血豆が二つ並んでいた。
「ホントだ。なんやろ?」
よく見ると、少し横長の歯形のようにも見えた。
「そう言えば、僕の指にも血豆があるよ。ほらっ。」
コウは、右手の親指をケイに見せた。
「おまえもか。なんやろ・・・」
ケイは、コウの親指をつかみジッと見ていた。
「爪もちょっと傷がついてるから、何かに挟んだかなぁって思ったんやけど、わからへん。・・・もしかして、寝てる間にネズミに噛まれとったんかも・・・なんてね・・それやったら、ウイルスに侵されてるやろうし・・・」
―!・・・ネズミ・・・―
ケイの脳裏に何かが映りこんだ。
目に見えない、何かが・・昔、何かのテレビでやっていたサブリミナル効果のようなものか・・・。
ケイは、机に広げられたA4の紙を睨みつけた。
―なんだ、なんなんだ・・・見えないものが見える・・・カミノイエでシン家・・・・・・・・チナ・チハ・・ネズミ・・ウイルス・・・・『影』・・・『影』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『影』・・・・『影』やーッ!―
ケイの瞳が大きく見開かれた。
ケイの後方から、すべての景色が後頭部を突き抜け眼前に広がっていった。
「コウ、思い出したぞッ・・・・?」
コウは、にこやかにケイを見つめていた。
「・・・僕も。」
2023年2月26日(日)7時32分
薄雲の切れ間から太陽の光が漏れ出て、町の喧騒を起こし始めていた。
ケイは、自分の家に向かった。
その足取りはとても力強く、朝の肌寒さもケイの高揚する体温に温められているようだった。
「よっしゃー、会いに行くぞ。」
ケイの小さな声が、白い気体とともに空間に消えていった。
・・・
その日の午後、ケイとコウは牛さん神社に来ていた。
午後4時前、薄暗い木々の間を通り抜けた石柱の傍らのバラの木は、風もなく息をひそめて静止していた。
「いくか。」
「うん。」
ケイとコウは、迷うことなく肩を組みバラの木へと近づいていった。
あの時と同じように時を超え、ケイとコウは見慣れた草原の片隅にたどり出た。
「なんか、懐かしいね。」
コウは、遠くに連なる山々や大きな森を見てつぶやいた。
「あぁ、昨日来たばかりやのにな。」
「月も、前に来た時と同じに真上にあるね。」
「あぁ、そして時間も真昼やな。」
2人は、かつて知った道を歩き始めた。
森の中の大木へと続く道を行き、途中で細い脇道へと入っていった。
ほどなく、小さな家々が現れた。
板張りの質素な家々を見た二人は、何故か安心した。
「まずは・・」
「まずは、センさんとこだよね。」
「あぁ、記憶なんか消しやがって、絶対許したれへん。」
コウはにこやかに、ケイの緩んだ顔を見た。
通りには幾人かの村人が行きがっていたが、見知った顔には出会わなかった。
しばらく歩くと、屋根の上に塔をのせたその家は、以前と同じように佇んでいた。
「こんにちは。」
コウが、いつものように控えめに声をかけた。
「はーい、なーにー。」
けだるそうな女性の声が、裏庭のほうから返ってきた。
「なーんでーすかー。」
その女性は、声をあげながらわき道から現れた。
年齢は10代後半か、細面で背丈はケイやコウよりも高そうだった。
髪は長く薄い黄緑色をしていた。
その女性は、二人を見ると立ち止まり大きく目を見開いた。
「えッ、えッ・・・うそッ・・ケイとコウ・・・?」
その女性は、二人の名をあげた。
「・・もしかして、おまえ・・その失礼な話し方・・チナか?」
ケイは、戸惑いながら聞いた。
「うん。」
「なんで?」
コウも、記憶にあるチナの姿があまりにも大人っぽくなっていたので驚いていた。
「ちょっと来て。」
そう言うと、チナは二人の手を取り家の中へと連れて行った。
通された部屋には、二人の髪の長い女性が椅子に座り何か話しこんでいた。
一人はセンであろう、髪から宝石の光が放たれていた。
もう一人は、もちろんチハのはずだ。
「お母様、迷子が訪ねてきたわよ。」
―迷子?相変わらず、しょうもないこと言うやっちゃな―ケイ。
2人の女性は振り返ると、すぐに立ち上がりケイとコウに近づいて来た。
「おまえたちは・・・」
センは驚きを隠すように言った。
「ケイ様?コウ様?」
チハの瞳は、大きな光の粒を作り出していた。
センは、変わらずきりりとした顔立ちで二人を見ていた。
チハはチナと同じように背が伸びていて、以前と同じように落ち着いた表情を放っていた。
そこは、ケイとコウが去ってから10年後の世界だった。
あの戦いの後、ナウエはもちろん他の地域にも『影』は現れていないようだった。
ナウエの民もハタマの民も平和に暮らしているが、センやヒミたちには『影』の最後の言葉が忘れられずにいた。
「そうか、今は平和やねんな。」
ケイは、喜ぶでもなく言った。
「そうです。あの戦いの後何年かは色々と忙しかったんですが、今は落ち着きました。」
チハは、嬉しそうにこたえた。
「でも、なんで俺らはここに来たんやろな。」
ケイは、ぽつりと独り言を言った。
「うん。今まで、僕らを待ってる人や僕らが必要とされている『時』に来ていたんだと思ってたんだけど・・・」
コウは、ケイが同じことを思っていたんだと安心した。
「おまえたち。」
窓際で本に目を通しながらセンが声を発した。
「お前たちは、もうババ様に会ったのか。」
ババ様、あの得体のしれない老女だ。
―ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ―
コウは、あの笑い声が嫌いだった。
でも、何故か憎めないでもいた。
「いいや、なんで。」
ケイもけだるそうな態度になった。
「もっと聞きたいことがあったのではないのか。」
センの視線は、本を捕らえたままだった。
「そうやな。あのばばぁは、もっと何か知ってそうやしな。」
「ついてまいれ。」
そう言うと、センが立ち上がり部屋を出ていった。
ケイたち4人も後をついて行った。
ババ様の家は、シン家の裏近くにあった。
その小さな家の縁側に、ババ様は一人横になっていた。
「おや、珍しい顔が来たのぅ。成長せん顔がのぅ。」
「うっせえ、来てやっちゃったんや。よう、くたばれへんとおったなぁ。」
憎まれ口では、ケイも負けていなかった。
「この前は、話が途中になってしもうたけど、今日はちゃんと聞かせてくれよ。」
「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、相変わらずじゃのう。」
ババ様は、ゆっくりと起き上がり縁側に腰を掛けた。
「そうじゃのぅ、お前たちにいいものをみせてやろうかぇ。ちょっとワシを家まで連れて行ってはくれんかぇ。最近は、歩くのが辛くてのぅ」
ババ様は、にこやかに話した。
「家って、ここじゃないんですか。」
コウが、不思議そうに聞いた。
「あぁ、ワシの本当の家は別の所じゃ。」
「ババ様、わたくし達がお連れ致しますわ。」
チハがチナを連れてババ様の前へ行った。
「そうかぇ、悪いのぅ。」
すると、センが傍らから声を発した。
「ババ様、申し訳ありません。二人はこれから用事があるので、ご一緒できません。」
「?」
「?」
チハとチナは、表情を止めてしまった。
「おかあさま?」
「ケイ、ババ様の家はあの大木の下じゃ。我等、民はあの大木の下には入れん。
おまえが背負ってお連れしてあげなさい。」
「はぁ~、なんで俺が・・・」
「非力なのか?」
「誰がぁ。」
「出来ないなら、出来ないと申せ。」
「なんで、俺やねんっちゅうてんねん。」
センは、ケイの言葉を無視し背中を見せた。
「チハ、チナ、来なさい。」
そう言うとセンはその場を後にした。
ケイは、その背中にババ様を乗せて歩いていた。
ケイは、『おんぶ』などというものは、小学校の体育の授業依頼したことがなかった。
ましてや、老婆にせよ女性を背負うことなど経験したことがなかった。
ケイは、何とも言えない感情のもと無言で歩いていた。
「大丈夫かぇ、無理するでないぞ。」
「はん、軽すぎて気持ち悪いわ。」
「そうか、そうか。乗り心地もまあまあじゃのぅ。」
「うるさいわ、耳元でしゃべるな。気色悪いやろ。」
「ほう、ほう。」
ババ様は、優しく笑みを浮かべてケイの背中におでこをつけていた。
コウは、その光景を楽しく眺めながらついて行った。
コウのその手には、ババ様の杖が握られていた。
ほどなく、大木のもとへ着いた。
ケイは、ババ様を背負ったまま大木に空いた大きなトンネルの中へ入っていった。
「おお、ここじゃ、ここじゃ。」
ババ様は、ケイの背中から降り杖を突きながら木の壁に手を滑らせた。
すると、大木の一部と思われていたところが大きく口を開けた。
3人は、そこから内部へと入っていった。
なめらかな螺旋階段をゆっくりと降りていくと、一つの部屋にたどり着いた。
部屋の中はガランとしており、壁には明るい色彩の模様が描かれていた。
よく見るとその模様は、部屋の真ん中を隔て左右対称になっていた。
窓はもちろんないが、壁に埋め込まれたライトが明るく室内を照らしていた。
ババ様は、一方の壁に描かれていた幾何学模様の1つに触れた。
―きいぃ―
壁の一部が手前に倒れてきた。
それは、2メートルほどの透明なカプセルにおおわれており、ベッドのようだった。
ババ様は、無言のままカプセルの端に手を伸ばし何かのスイッチを押した。
すると透明なカプセルが持ち上がり、その中にババ様が座り込んだ。
「驚いたじゃろ。これに入っておったんじゃ・・・」
疲れたのか、ババ様は杖によりかかりながら話し出した。
・・・このベッドは、おじいさんが作ってくれたんじゃ。中に入っておれば何が起こっても大丈夫だと言っておった。成長とともに栄養も取ることができたし、目覚めるべき時に起こしてくれた。そして、死ぬときもこのベッドがワシを自然へと還してくれるんじゃ。おじいさんは、素晴らしい人じゃった。大好きじゃ。・・・
「そこの黄色い三角のしるしに手をかざしてみ。」
そう言い、壁の隅のほうを指さした。
コウは、言われた模様にそっと手をかざしてみた。
―がたッ―
壁の一部が―30センチ四方か―横へスライドした。
中には、ヘッドホンのようなものとスイッチが一つ、それとマイクのような小さな無数の穴が見て取れた。
「?」
「耳につけて話しかければ、全てを理解できるぞ。ワシは、ずいぶん忘れてしまったからのぅ。それに、ワシもそろそろ自然に帰る時が来たようじゃし。」
「な、なに辛気臭いこと言うてんねん。」
ケイは、ちょっと戸惑いながら言った。
「いいや、もうすぐじゃよ。連れてきてくれてありがとうのぅ。最後に、このベッドに入れて良かった。そして、この時代に目が覚めて幸せじゃったよ。」
そう言いながら、ババ様は足を持ち上げベッドに横になった。
「ちょっ、ちょっと待てや。まだ・・・」
「おばあさん・・・嘘だよね・・・・」
「死期っていうのは、分かるもんじゃよ。心配せんでえぇ。次に、また会えるやろうて。」
「そんな・・・」
「次の世で会えるはずじゃ。」
「そんなこと、信じられないよ・・・」
「おぬしら、生まれる前のことを覚えておるかぇ。わしゃ、知らん。でも、母親の中で生きておったのは確かじゃ。この世界は、もう一つの胎内なんじゃよ。この世界で『死ぬ』っていうことは、次の世界へ『生まれ出る』ということなんじゃよ・・・・そろそろかのぅ・・コウ」
そう言うと、ババ様は右手をコウに伸ばしてきた。
コウは、少し震えながらババ様の手を迎えた。
「コウ、ありがとうな・・・ケイをよろしく頼むな・・・」
コウは、頷くことしかできなかった。
ババ様は、その手をケイのほうへと伸ばした。
「ありがとうよ。背中、頼もしかったのぅ。」
ババ様は、ケイの差し出した手を握るとその手を顔に近づけ、頬にあてた。
「お、おぅ。」
ケイも、どう反応していいのかわからなかった。
「ありがとう、本当にありがとう・・・体に気を付けて・・・」
― しゅぃー ―
開いていた透明なカプセルが閉じてきた。
ババ様は、手をひっこめた。
― しゅー ぷしゅ ―
2人とババ様との間を透明な障害物が覆ってしまった。
「ありがとうよ、コウ。」
ババ様の声が小さく聞こえる。
ババ様の手が、ケイの顔に向けて伸びてきた。
そしてその手は、透明な障害物の所に大きくへばりついた。
「ありがとう、ケイ・・・おじいさん・・・」
「えっ!」
カプセルの中に、白い水蒸気のようなものが充満していった。
「えっ!・・おまえ・・えっ!・・・・ハル・カ・・・ハルカ・・・」
霧がかったカプセルの中で、ババ様の目が優しく光っていた。
「ハルカー・・・待て・・・はるかー」
ケイは、力の限りカプセルを揺らした。
しかし、カプセルは微動だにせず存在していた。
カプセルの中、ババ様の体は少しずつ小さくなっていった。
成長の逆走が、ストップモーションのようにケイの瞳に映し出されていく。
幼児になり、乳児になり、最期は目に見えないほどに小さくなり、霧の一部と化してしまった。
-to be continued




