11 ワタ
どれほどの時間が流れたのだろうか、風は止み、空の星達も少しづつ姿を消しにかかっていた。
幾人かの戦士が、4人の所に集まってきていた。
ハタマの戦士の力により『影』の配下の勢力は、半減したそうだ。
だが、ワタ自身には、手傷をつける事さえ出来ない状態であった。
「そうか、他の民は無事か?」
「はッ、ヒミ様の命令通りに山の上へ避難させております。」
「わかった。」
「山の上へ行くだけで、大丈夫なんか?」
ケイは、素朴な疑問を口にした。
「あぁ、ワタは見向きもせんであろう。」
「? なんで。」
「ワタは、まっすぐにナウエを目指しているようだ。」
「まっすぐに、ナウエを・・・なんでだ?」
「わからん。・・・が、ナウエは特別な地だからな。」
「特別な地?」
・・・ぐォふッ・・
その時、ケイの前に横たわるココの体が跳ねた。
・・・ぐォふッ、ぐふッ・・・ぐゥォぼッ・・・
ココの口から、黒い大きな塊が飛び出した。
月明りの中、その塊は赤黒い肉の塊のように見えた。
しばらくし、ココの呼吸音が皆の耳に聞こえだした。
「ココ。」
「うッ・・・姉・うえ・・か。」
「・・・」
ココは、重たく体を反転させ上半身を起こした。
ケイとコウは、喜び、驚き、興奮・・・表せない感情を顔にのせていた。
「ココ、こ奴らがお前を助けた。」
「・・・なんとなく、分かってる。」
「そうか。」
「ケイ、コウ、礼を言う。」
ココは、思ったよりも素直にケイとコウに頭を下げた。
「あ、あぁ。気にすんな。」
ケイは、まだ自分の感情を理解できずにいた。
「ココさん、よかったー。ホントに良かったね。」
コウは、この時初めて喜びの涙というものを味わった。
夜空は、その裾に淡い光を広げはじめ、星たちを遠ざけていっていた。
ヒミは、鋭い瞳を空に向けていた。
「また、始まる・・・」
「あぁ。」
ヒミの、見開いた瞳がケイとコウを捕らえた。
「我等は、『影』の手下を必ず倒す。ワタは、お前たちに託す・・・情けないが、我もココも、この実力では止める事が出来ぬ。」
ケイは、戸惑った。
―あんな奴に、勝てるか・・・―
そして、ヒミは何かを思い出したようにコウへ瞳を向けた。
「生きるとは、誰かのために何かをなすこと・・・か。」
「?」
「そんなことを言っておったな・・・・この地に住む者は皆、種の命を繋ぐことだけを考えて生きてきたが・・・誰かの為・・か・・・いい・言葉だな・・・」
「・・・」
朝陽が、景色を浮かび上がらせてきた。
真っ青な空と緑の野山。
水彩画のような世界が、争いの世界へと扉を開けていった。
ヒミたちは、一足先に動き出して行った。
ケイは、ボンヤリとワタがいるであろう林を見つめていた。
「どうしたの、ケイちゃん。」
―僕らも、動き出さなくっちゃ―コウ。
ケイは、ぽつりと言った。
「勝てるんかな?・・・あんな奴に。」
「う、うん。」
「・・無理やな・・・なぁコウ、帰ろうか・・・もう、ええやろ・・・」
「うん・・・」
「・・・」
「でも・・・」
「?・・・」
「みんな、どうなっちゃうんだろ。」
「・・・」
「チハさんや、チナちゃん達も・・・」
遠くから声が聞こえてきた。
かすかに金属音も。
人影の動く姿が遠くに見て取れた。
ヒミたちの戦いが始まったようだ。
―なんだろう、同じ地にいるのにテレビでも見ているようや。でも、ヒミもココもそこにいるんやな―ケイ。
「そうやな・・・おまえ、意気地ないのに・・・そうやな・・・」
「意気地がないは、ないよ。」
「ははは・・」
ケイは立ち上がり、手に持った剣の腹で両足を思いっきり叩いた。
「行くか!」
コウも頭上を見上げ、手に持った槍を月に向かって突き上げた。
「行こう!」
ケイとコウは、戦いの先頭を目指して駆けていった。
「なぁ、コウ。」
「うん?」
「俺、分かったぞ。」
「何が?」
「いやに、ここの連中の動きが遅いやろ・・・何で、俺らの足がこんなに早いのか、や。」
「なんで?」
「月や。あの月や。」
ケイは、走りながら剣を頭上の月に向けた。
「あの月のせいや。あんなに近いんやで。月の引力が、俺らの住んでる世界より強なってるからや・・・わかるか?」
「そうか!そうだね。」
「ほんまにわかってんか?」
「わかってるわ。あれやろ、海の満潮とか干潮に関係してるってやつやろ。」
「おッ、偉いな。」
「・・・・」
―それぐらい、分かるわ―コウ。
二人の視界に、ワタの姿が大きく見えてきた。
ただ一人、悠然と歩いていた。
ケイとコウは、ワタの後ろ10m程の所で止まった。
「・・・はぁ・・・大丈夫・・やってやる・・・」
ケイは、剣の腹で自分の胸を叩いた。
「うん。うん。うん。」
コウも、自分に言い聞かせるように何度もうなずき、槍で地面を何度も突いた。
「行くぞ!」
「おう!」
ケイとコウは、武器を振り上げワタへ向かって行った。
巨体だった。
ケイとコウの前にいるワタは、ゆうに2メートルを超える長身だった。
手に持った長剣は、二人の身長ほどの長さがあった。
気配に気づいたワタが振り返るよりも早く、ケイは剣を振り下ろした。
グキッ―
ケイは、確かな手ごたえを感じた。
昔習っていた剣道で面を打った時と同じだった。
しかし、ワタは何事もないかのように剣を振り回してきた。
―見える―
ケイは、剣の動きを見てとれた。
―やっぱり、俺らのほうが早く動けるぞ―
コウは、ケイの戦いをじっと見ていた。
一緒に戦いたいが、動けない自分がいた。
今まで、殴り合いの喧嘩なんかしたことがなかった。
―殴るなんて、ましてや槍で戦うなんて・・・殺すなんて・・・―
―なんで、倒れないんだ・・・傷だらけやんケ―
ケイは、圧倒的な速さで戦っていた。
その剣先は、幾度もワタの体を捕らえていた。
だが、ワタはその攻撃を緩めなかった。
ケイは肩で息をするようになった。
それでも、ケイは剣の動きを止めなかった。
そして、ワタの剣を持った腕をケイの剣が食い込んだ。
―やった、剣さえ持てへんかったら・・・う!―
ケイの腕が、動かなかった。
ワタの腕に埋まった剣先が抜けなくなっていた。
―くそッ、くそッ―
ワタは、右手の剣を左手で受け取りケイの頭へ大きく振り下ろした。
ぐぬッ―
一瞬の出来事だった。
コウの槍先が、ワタの太ももに食い込んでいた。
大きく体制を崩したワタの剣先は、ケイの右肩を切り開いていた。
「ぐわー。」
ケイは、激痛に耐え切れず膝をついた。
コウは、
動けなかった。
今まで感じたことのない感触が、両手を支配していた。
槍をつかむ腕先から、小さな震えが全身へと広がろうとしていた。
ワタは、足に突き刺さった槍先を引き抜き、コウの手から槍を奪いとった。
コウは、茫然とその光景を見ていた。
目の前で、ワタがコウのほうへ振り向いた。
―動けない、動けないよ―
ワタは、悠然とした動きでそしてゆっくりと、奪い取った槍でコウを突き刺した。
「コーウ!」
ケイが、立ち上がりコウのもとへ走り寄った。
そのケイの視界に槍先が見えた。
ワタが、槍をケイへ向けて振り回してきたのだ。
グキッ―
ケイは左腕で体をかばったが、その腕を容赦なく槍が打った。
ケイは、2~3メートル突き飛ばされ地面に顔を埋めた。
ワタは、大空に向け槍を突き上げケイを睨みつけていた。
その槍先からは、コウの血が流れ伝わりワタの指を濡らした。
―・・・?―
ワタは、槍をつかむ自分の手を一瞥すると、おもむろに槍を捨て置きナウエへ向かって歩き出した。
「コウ。」
ケイは、自由の利かない両腕を引きずりコウのもとへ這って行った。
コウは、静かに息をしていた。
「コウ、大丈夫か?」
「・・・うん、痛みもなくなった・・・」
「コウ・・・ごめんな・・・」
「・・・つぎ、目が覚めたら・・戻ってるかな・・・」
「コウ?」
コウは、静かな息を吐き出し目を閉じた。
「コウ!・・・コウ、コウ・・・コウ・・・」
ケイの声もいつしか聞こえなくなった。
太陽は、その輝きの源を天頂へ移そうとしていた。
風はなく、遠くの木々は静かに佇んでいる。
ハタマからナウエへとつながる草原の上では、いくつもの戦いが繰り広げられていた。
勇敢なハタマの戦士たちは、『影』の手下たちを打ち破っていた。
「ヒミ様、ケイとコウがやられました。」
戦いのさなかにいたヒミのもとへ戦士が報告した。
「・・・そうか。」
ヒミは、剣を振り回しながら応えた。
―そうか・・・もはや、これまでか・・・―
「我等は、いかに。」
「戦うのみよ。ワタが無理でも他の奴らは全て打ち滅ぼせ!」
「はッ!」
ココも、戦い続けていた。
―奴らにもらった命だ、この命ですべての影を消し去ってくれる―
その時、草原の中をゆっくりと進む影があった。
戦いの喧騒をよそに、ワタは静かにナウエを目指していたのだ。
その周りには、3体の手下が付き従っていた。
・・・・
その頃、ナウエでも戦況が伝えられていた。
シン家には、センとババ様がいた。
「ケイとコウは、エアイ様ではなかったか・・・」
「そうかのぅ。」
「ナウエの民は、滅びてしまうんですね。」
「どうかのぅ。」
「ババ様・・・」
「・・・?」
「ババ様が知っていることを、教えてほしいんです。」
「・・・わしゃ、何も知らんよ。」
「ババ様は、古の語り人―そう私の大ババは言っていました。ババ様がこの地に現れた時のことは、シン家の者しか知りません。あの大樹の根元から地面が割れ現れた―と。ババ様は、あまり語りませんが・・・何か知ってるんじゃないですか。」
「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、何もしらんよ。」
「・・・」
あけ放たれた扉の向こうでは、ナウエの民が何人かセン家の前に集まっていた。
のどかな陽の光を浴びたその顔には、不安の表情がのっていた。
「そういえば、きゃつらは面白いことを言ってたのぅ。」
「面白いこと?」
「あぁ、生きるというのは種を繋げることじゃなく、誰かのために何かをなすこと―じゃとな。」
「なにを、戯言を・・・。我ら人間が、この地から消えてしまいそうになったことを知らぬのか・・・」
「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、面白かろう。」
「・・・エアイ様ではなかったか。」
「エアイ・・様なら、よかったのにのう。・・・まだ、わからんが・・・」
「『影』の前では、エアイ様も・・・・」
「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、『影』も、エアイ・・様の前じゃ、足元の小石と同じじゃろうて。ワタとなって暴れておっても、しょせんエアイ・・様のぷ・・・手のひらの上で居るようなもんじゃて。」
「?ぷ・・・」
センは、ババ様の言葉の端々に違和感を感じていた。
窓の外には、明るい空に大きな月が張り付いていた。
太陽は、下りの軌道を進み始めていた。
「さて、顎が疲れたから帰るとしようかのぅ。明日という日があるといいのぅ。」
「・・・」
ババ様は、立ち上がり伸びをしながら空を見上げた。
その時、月のクレーターの一か所がキラリと光った。
そしてその光は、一筋の道となり真下へと延び消えていった。
「・・・?」
「・・・!」
「今のは?」
「・・・ん、なんじゃ。」
「今の光は?」
「何も、見えんかったがのぅ・・・そなたに見えたのなら、何かの始まりかのぅ。」
「何かの始まり?」
「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ・・・」
キーン・コーン・カーン・・・
ババ様は、体を揺らがせながら杖の響きを連れ部屋を出ていった。
-to be continued




