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3歩あるけば 異世界だった  作者: 倉崎 町羽


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10 生きること


二人は、深い眠りについていた。


太陽はすでに天頂を超え、空の端から黄昏を引き出しにかかっていた。


ハタマと『影』との戦いは、水が布に染み込むようにじわじわと二人に近づいてきていた。



「・・・?」

ケイは、夢の切れ端で目が覚めた。


「コウ、起きろ!」


「・・・なーに。」


ケイは、すでに起き上がり片膝をついていた。


「来る!戦いがここまで来ているぞ。」


「えッ!うそー。」


林の中から、3体の人影が現れた。


剣を持つココ、長槍を振り回すヒミ、そして巨大な黒い影。


身長は2メートルはあるだろうか、筋骨隆々の体を持った男が剣をココとヒミへ向けていた。

顔は、人のそれをしていた。


―あれが、ワタか―ケイ。


ココとヒミは、他の戦士とは格段に違う動きをしていた。

しかし、それ以上にワタの動きは素早かった。


そう、ケイとコウの目にもその素早さが分かった。


「速さが全然違う、やられるぞ。」


「助けなくっちゃ。」


その時だった。

ワタが水平にはなった剣の動きを見誤ったヒミの胸から血しぶきが空を染めた。


「あッ!」

ケイとコウは声を上げた。


ヒミの体は、血しぶきよりも早く地面に吸い込まれていった。

一度、僅かに跳ね上がり仰向けに倒れた。


ワタの動きは止まらなかった。

ココの動きの倍速で攻撃を放っていた。


ケイとコウは、助けに行くことができなかった。


二人とも、目の前の流血を目にし恐ろしくなり動くことができなかった。


ただ、何もせずにココが追い詰められているのを見る事しかできなかった。


さすがに、ココの体の動きは見事だった。

だが、力と速さで圧倒するワタに圧倒的に圧力をかけられていた。


ついに、ワタはココの剣を跳ね飛ばしその胸元へ向けて己の剣を突き出した。


「!・・・」


ワタが剣を引くと、その刃に赤い血を残しココの体が滑り落ちた。


ケイとコウは、目を見開いたまま震えていた。

瞬きすることも、息をすることも自分の意志ではできなかった。


ワタの目が、二人を捕らえていた。


そして、ゆっくりとワタの体が、二人のほうへ向けられた。


ケイとコウは意識すら凍り付いたまま、身動きが出来なかった。


視界の端では、周りの景色が灰色に包まれていっていた。

そして空から陽の光が消え去り、黄昏の世界がおりてきた。


すると、ワタはその向きを替え林の中へ消えていった。


ワタの姿が消えると、ケイとコウの二人を包んでいた空間が溶けだした。


「ケイちゃん・・・」


ケイは、こぶしで足を殴っていた。


「動け、早く動け。動くんだ。動くんだー。」

ケイは、片手をつき膝を立ち上げた。


「助けな・・・助けな。」

よろめき立ち上がりながら、ヒミの所へ歩いて行った。


コウも震える足を両手で押さえながら立ち上がり、後を追った。


ヒミの体からは新しい血液が流れ続けていた。


「大丈夫か、おい!」


「気に・する・・な・・・にげ・・ろ・・・」


「こ、こ、こ・・」

ケイは、ヒミの体から流れる血液を見て何もできずにいた。

「ヒミさん・・・」

コウも、声を出すだけで精いっぱいだった。


「コウ!」

「えッ?」


「治せッ!」

「えッ?」


「お前なら治せる。チナの怪我を治したやろッ。」

「えッ。そんなの無理だよ・・・あれは、偶然・・・」


「偶然ちゃう。お前は、治せる・・・信じろ、自分を信じろ!」

「でも・・・」


「コーーウ!!お前が信じらな、どうすんねん。やれー!」

「でも・・・」



―わかってるよ。助けなきゃいけないのは分かっている。でも、できるかわからない。・・・・・でも、僕しかいないんだよな・・・きっと―


コウは、その右手をヒミの胸の上に持っていき、暖かい液体の中へ手のひらをそっと埋めていった。


―できる、できる、大丈夫、大丈夫、できる、できる―

コウは、深紅の世界を睨みつけた。



・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・「コウちゃん、大丈夫よ。ママが、治してあげる。」

「うん。」

「ママのお手てで、痛いのつまみ出してあげるね。」

「うん。」

「ほら、だんだん痛くなくなってきたでしょ。」

「うん。温かーくなってきた。すごいね。」

「お手当てよ。ママは、いつでもコウちゃんを助けてあげるからね。」・・・・・・

・・・・・・・・・・・・



―手当て・・・治る、治る。治す、治す・・・―


コウは、すべての神経を手のひらに向けた。


どれほどの時間がたったのだろうか、虫の音が何事もないように辺りから染み出てきた。


コウの手についた血は、すでに固まっていた。


突然、コウは立ち上がりココのほうへと歩いて行った。

その姿は、確固とした意志を持ち、周りの空間すら支配しているようだった。


「コウ。ココはもう・・・」


ココは、胸を剣で貫かれていた。

ケイは、はっきりとその場面を見てしまっていた。


「コウ・・・」


コウは、ケイの言葉には反応せずココの横に膝をついた。


そして、すでに湧き出ることをやめてしまった胸の血の塊に右手を置いた。

瞬きをすることをやめてしまったコウの瞳は、自分の右手を睨みつけていた。


―できる、できる、助ける、助ける、できる、できる―


コウの腕を伝わる汗が手の甲へ届き、血の塊とまじりあっていた。


ケイは、その悲しい光景をじっと見つめる事しかできなかった。


しばらくして、月明りだけの草の上を、柔らかな風が通り過ぎていった。


その風に寄りかかるように、コウの体がゆっくりと倒れていった。



ケイは、コウのもとへ駆け寄った。

コウは、目をつむりモゴモゴと口を動かしていた。


―・・・大丈夫・・守られてる・・・守られてる・・・大丈夫・・・―


「コウ・・・」


風の流れが、暗闇の訪れとともに強くなってきた。

虫の音は風に流され、草草の波打つ音がコウの声を飲み込んでいった。


ケイは、力なくコウの横で仰向けになった。


「どうしちゃったんやろ・・・何でこんなとこにおんねん・・・・もう、いやや・・帰ろう・・・もう、家へ帰ろう・・・コウに悪いことしてもたな・・・ゲームちゃうもんな・・

・・帰ろう・・もうおしまいや・・・帰るぞ・・・」


「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、何をぼやいておる。」


不意に、不快な言葉がケイの耳に入ってきた。


顔を横に向けると、薄い月明りの中小さなシルエットがケイのそばに立っていた。

その手には、地面から伸びた長い棒がつかまれていた。


「お前は・・・、ばばぁ。」


「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ・・・みじめなもんじゃのう。」

「うるせー。」


「お前らは、何しに来たんじゃ。」

「・・・」


「何を、苦しむ必要がある。」

「・・・」


「ヒミも、ココも、他の連中も死ぬときは死ぬだけじゃ。当たり前の事じゃろ。」

「・・・」


「全ての生き物は、抗えぬ時の流れの中でおる。運が悪ければ滅びる。死に向かって時を刻む、それが生きるということじゃよ。」

「・・・」


「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、無駄じゃ、無駄じゃ。お前らも、死に向かって静かに生きていればいいんじゃよ。」

「・・・」


「・・・生きる?・・・」


草の中に埋もれていたコウの唇が動いた。


「コウ?」

「生きる・・・死に向かうため・・・」


「コウ?」


コウは、横になったまま呟いていた。


「違うよ。」

「?」


「生きるっていうのは・・・そんなことじゃないよ。」

「何が違うと言うんじゃ。」


「生きるって・・・誰かのために・・何かをするためだよ。」

「何かをなす?」


「誰かのために・・・」

「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、高尚じゃのう。・・・ならば、赤子や身動きできぬ病人は生きる資格はないのぅ。・・・何も出来ぬからのぅ。」


コウは、片ひじをついて上体を起こした。


「ババ様。行動って、目に見える動きだけじゃないんですよ。」

「?」


「言葉だけでもないし・・・その存在だけでも、誰かのためになってるんですよ。」

「?」


「みんな、意識していない。僕も、そんなこと考えてもいなかったけど・・・そこにいてくれるだけで、力が湧いてくる・・・みんな、気づいていないけど・・・きっと、それが生きる事だと思うんです。」


「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、他人のために、何かをなすことか・・・それなら、ハタマの連中はなんじゃ。ナウエの為に戦ってるんではないぞ。ナウエという食料を守るために戦っているだけじゃ。・・・お前のような考えは、この世界には存在せんよ。」

「・・・」


「お前らとは、存在する世界が違うんじゃよ。」

「・・・違う・・・みんな。気づいてないだけだよ・・・」


「?」

「ヒミさんは、倒れた時―逃げろ―って言ってくれた・・・それで、十分なんですよ。」


「・・・」

「ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ、面白い話じゃのぅ。戯言の続きはまたの機会としようかのぅ。

お前らが、生きていたらのぅ。ひゃッ、ひゃッ、ひゃッ・・・」



ババ様は、そう言い残し月明りの中その輪郭を消していった。


―キーン・コーン・カーン・コーン―


夜の世界の中を、風の音をすり抜けてババ様の杖の音が広がっていった。




「コウ。」

「?」


「いや・・・帰ろうか・・・」

「帰る?」


「こんな世界、来なきゃ良かったな・・・」

「・・・うん。」


ケイとコウは、座り込んだまま遠くの夜空を見つめていた。

風は、草々に乗り通り過ぎてゆく。

地面に置いたケイの手の甲を、ココの髪の毛が撫でていた。


「僕らには、なんにも出来ないね。」

「あぁ。」


「何かしたいのに・・・何にもできない・・・何してんだろ・・・」

「お前は、悪ないよ・・・」


「誰かのために・・・何かをするためにって言っていて・・・何にもできない・・・」

「・・・」


とりとめのない言葉だけが、二人の唇を震わせていた。


山のシルエットが、夜空の明るさを映し出している。

風に遊ばれる木々の音さえも、沈黙の世界に吸い込まれていった。


いつの間にか、二人のそばに1つの細い影が立っていた。


「エアイの、ケイとコウ。」


「?」


「?」


ケイとコウが不意の声に振り向くと、そこには長身の細い戦士が立っていた。


「・・・!ヒミか?」


「ヒミさん?」


そこには、月明りを浴びたヒミの顔がくっきりと浮かび上がっていた。



「ヒミか!ほんまか!ほんまか!」

ケイは、立ち上がるとヒミの両腕をつかみ大きくゆさぶっていた。


コウも立ち上がり、まじまじとヒミを見つめた。


「あぁ。」

「コウ、やったな。ほんまに、すごいぞ。」


「う、うん。」

コウは、知らず知らずに流れ出た涙を心地よく感じていた。


「ココの分も、礼を言うぞ。」

「!」


ケイとコウは、そばに横たわるココに目をやった。

動きを止めたその体を見て、二人は笑顔を消した。


ヒミは、ココの体に近づき片膝をついた。

風に流れるココの髪の毛を手のひらですくいながら、静かにその顔を眺めていた。


「ごめんなさい。」


コウが、小さくつぶやいた。


「何がじゃ。」

「ココさん、助けられなくって・・・」


「・・・もうすぐ、目覚める。」

「えッ!」


「我等は、同じ時に生まれた。どんなに離れていても、お互いの息吹が分かる。」

「ほ、本当に?」


コウの瞳が、希望に輝きだしていた。


3人は、ココの体の周りに座り無言の時間を過ごした。


いくすじかの風が、遠くから木の葉を連れてきてココの体の上に置いて行った。

ケイは、その葉を優しく取り除いき、傍らの草の上にそっと置いた。


頭上には、大きな月のクレーターが4つの影を見つめていた。


-to be continued

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