足りない体
腕が四本。足が四本。目が四つ。あとは人と同じ。これなーんだ?
それはね……僕だよ。正確には夢の中の僕。何年経っても不思議と忘れない。うんと幼い頃、よく見ていた夢の中のことさ。
僕はその四本ずつの手足を巧みに動かし、駆けまわったり道具を作ったり、そう、何でもできていたんだ。
目だってね、死角なんてほとんどなかったのさ。だから狩りは大得意。何でもできる気がしたよ。もしかしたらそれは前世の私の姿だったのかもしれない。どこか遠い星の原始的な宇宙人。
……でも、現実の僕は違った。何をするにしてもうまく行かず、あの全能感と自信に満ちた自分を比べて「ああ、もしあんな風に手足があれば……」って嘆いて、そうまさに半人前だよ。よく、ない手足を動かそうとして転び、笑われた。
来る日も来る日も劣等感に苛まれ、気味が悪いと苛められて、さらに卑屈になって。
それでも生きなきゃならなかった。
学校に行かなきゃならなかった。
勉強しなきゃならなかった。
それが人間ってものだろう?
医者の息子ってものだろう?
僕の親は僕によくそう言っていた。
恥をかかせるな。引き取ってやったんだ。私たち夫婦に子供ができていれば……とね。
常に嫌な空気の家だった。
でも、僕が医学部に合格してからは嘘みたいに両親との関係は良くなった。時には母が眠った夜遅く、父と二人で暖炉の前でグラスを合わせ、酒を呑むこともあった。
……そして、この夜。上機嫌の父は僕にこう言った。
――やはり、お前はやれると思ってたよ。何せ、脳が人の二倍あるんだから。
それを聞いた瞬間、背筋がゾワッとした。まさかまさか、と化石を発掘したような。あるいは釣り糸の先、海中から大物が姿を現したそんな気持ち。
逃してはならない。このチャンスを。だから僕は手の震えを抑え、慎重に慎重に父のグラスに酒を注ぎ、おだて、媚びへつらい、さらに深く話を聞きだそうと試みた。
すると、想像以上に事は上手く運んだ。
父が立ち上がり、自室の金庫の前まで僕を連れて行った。そして、その中身を見せてくれた。誇らしげに。
「うっはぁ。うちの病院にお前が搬送されてきた時は驚いたなぁ。
なにせ、ふはははは! 通報した市民がな、腰を抜かしたらしいぞぉ?
ふふっ、そりゃ、親が捨てたくなる気持ちもわかる。だがな、手術して上手く切り離したんだ。ほら、見てみろこれを。
あ、まあ傷跡は残ったがな。あー、それでいじめられて泣いて帰ってきたことがあったっけな。
ま! よく感謝しなさい。バケモンからまとな人間にしてもらったんだからなぁ。しかし、今思うとちょっともったいない気もしたなぁ。そのままでも、ふははははは! いや、無理か! ひひひひひっ、気持ちが悪すぎてなぁ! あーはっはっはっは! うんうん、そう。結合双生児ってやつだ。
まあ、お前の場合は脳みそは大きなやつが一つだったがなぁ。デカい頭でなぁ、確かに気持ち悪い。いじめられて当然だな。しかし、その割に大して良いわけでもない。だが、私の教育のお陰で医大生だからなぁ。まったく、お前は恵まれてるよ、ホント。私と母さんに頭が上がらないってな。そのデカイ頭がな、ふふははははははは!」
腕が六本。
足が六本。
目が六つ。
これなーん、あぁ、うまくくっつかないや…………