第3幕…「戦闘訓練」
誤字・脱字があるかもしれませんが、ご了承ください。
ルビのズレがあります。
あの暗殺を未然に防いだ日から数日が経ち、授業も順調に進んでいた頃のこと。
最後の授業も終わり、帰宅準備をしていた時、普段ならすぐに教室から出ていく吹枝が珍しく残っており、誰もが首を傾げていた。
「明日の授業は全て学園内の敷地内にある森での戦闘訓練だ、各人準備を怠らないことだ」
「戦闘訓練?」
「まだパーティーの動きも知らないのにですか!?」
「そんなもの、戦っている最中に覚えるなり努力をしろ……事前に言っておくが戦う相手はこちらで準備している、如何なる相手でも油断なく準備しておくんだな」
それだけを言うと吹枝は教室から出ていく。
残された生徒たちは、呆然としていたがすぐに我に返り、バタバタと教室を出て行き明日の準備を開始する。
教室に残ったのはチームラビットだけだった。
「明日戦闘訓練なんだね、楽しみ」
「そうなると事前に確認事項はしないとな」
「そうね、じゃあまずは明日に備えて必要なものを買って、寮では明日の大まかな作戦でもたてましょう」
未來の言葉に誰もが頷いた頃、教室の扉が開き過夜が顔を覗かせる。
その事に気づいたチームラビットは首を傾げていると、過夜の方から声を掛ける。
「良かったまだ教室にいた……これから明日の準備するんだろ?それでオススメの店があるから紹介したくってね」
「あ、なら丁度いいじゃん」
「丁度想朱たちも、これから買いに行く予定でこれといった店もなかったですからねぇ」
「じゃあ決まりだね」
過夜の提案に誰もが賛成した。
過夜が言うオススメの店は、街より少し離れた位置にあるこじんまりとした店で、人の気配がしない場所であった。
「やぁ開いてる?」
などと扉を開けながら尋ねる過夜に、嫌そうな表情で見つめてくる青年と「いらっしゃ〜い!」などと元気良く迎い入れてくれる女性がいた。
女性は過夜に抱きつきながら、一緒にいる夢乃たちの存在に気づくと咳払いをして、何事もなかったかの様に挨拶をしてくる。
「いらっしゃいませ、ようこそ……道具屋__ラ・ジールへ
うちは妹のルティ、ここの従業員」
「俺はルティの兄、アルキィだ……ここの店主をしている」
挨拶をしてくれる兄妹だが、今夢乃たちは別のことに驚いていた。
『お………お……男の人がいる!!?』
「おい、過夜……ここに連れてくる時に説明してなかったのか?」
夢乃たちの反応を見て、アルキィがじと目でそう尋ねると過夜は真顔で「面白いでしょ?」などと返す。
その返答に呆れながらアルキィは再度口を開く。
「稀ではあるが男の魔女も存在していてな、俺の場合は魔法は一切使えないが魔眼の持ち主なんだ」
「魔眼ですか?……それはまた希少な」
「アルキィは、この国の保護を受けた希少な魔女なんだ……で、そんな希少な彼は国の許可を得て道具屋を営んでいる。まぁ、この店は街から外れているから来る人はほとんどいないけどね」
「え、じゃあ、お客が来たらどうするんですか?」
過夜の言葉に幻華がそう尋ねる。
その問いにルティが応えようとした時だ。
タイミングよく少し離れた位置に人の気配を感じ、真っ直ぐこの道具屋を目指して歩いて来ていた。
そのことにいち早く気づいたルティは、素早くアルキィに指示を出す。
「アルキィ人が来た!」
「うぉ、マジか」
ルティの言葉に驚きながらも、アルキィはカウンター内の戸棚からとある物を取り出す。
それを素早くセットし、整え終わるのと同時に扉が開く。
「ごめんください、やってますか?」
『いらっしゃいませ〜、ようこそ道具屋__ラ・ジールへ』
青年の声はどこにもなく、女性2人が同時に挨拶をして迎い入れる。
夢乃たちの視線の先には、先程までアルキィがいた場所にいる満面の笑みを見せる女性。
髪色や瞳の色は変わってはいないのに、金髪の鬘を被って、何らかの魔法か魔具により声が変わっただけなのに、そこにいるのは紛れもない女性だった。
お客様は1人の少女で、どうやらポーションを買いに来たようだ。
ルティが接客し、カウンターに持ってきたポーションをカウンター内にあるレジで打つアルキィ。
少女は「ありがとうございます」と言って店を出ていく。
扉がきちんと閉まるのを待ち、閉まってからも少しの間沈黙が続くが、アルキィが鬘を外しながら口を開く。
「あ”ぁ〜、俺もう2階に上がっていいか?」
「何言ってるの?アルキィ……過夜さんがいるんだよ?それに過夜さんの知り合いの可愛い子たちもいるんだから」
「……そう言えば過夜いたな、で?今更だけどその子たちは?」
少女に向けていた笑顔はどこへ消えたのか、今のアルキィの表情はさっさと帰れっと訴えるような目で過夜に尋ねる。
過夜はそんなアルキィの視線を気にすることなく、夢乃たちを紹介しだす。
「あぁ、こちらは今あたしとチームを組んでいるチームラビット、特別クラスの子」
「チームラビットのリーダー、夢乃です」
「メンバーの実」
「同じくメンバーの未來です」
「同じくメンバーの幻華」
「同じくメンバーの想朱ですぅ」
夢乃に続き挨拶すると、ふと気づいたアルキィが夢乃に尋ねる。
「リーダーはお前なんだよな?副リーダーは誰だ?リーダー不在時は、臨時で先導をする者が必要だが」
「?そう言えば決めてないね……誰にする?」
「実でいいんじゃないの?夢乃の行動パターン理解したり、言いたいこともすぐに理解できるし」
「確かに、それに常に一緒にいるもんな」
「それだと未來も含まれるけどぉ、未來が実でいいって言うならぁ、想朱も実でいいと思うよ」
「………あの時の夢乃の気持ちが理解できた」
「一緒に頑張ろうね、副リーダー」
皆の言葉に、意見すら言えずに決定してしまい実は遠い目をして呟く。その呟きを無視して、笑みを見せながらそう言う夢乃に対し、小さな声で「うん」と返すのが精一杯だった。
副リーダーも決まり、アルキィはルティを呼び出す。
「ルティ、俺はやっぱり2階に上がる……今日はそいつ等で店じまいだ、看板をCloseに変えておけ」
「了解」
2階に通じる扉に向かって歩き出すアルキィを満面の笑みと敬礼で見送った後、すぐに扉に掛けていた看板をOpenからCloseにひっくり変えす。
「もうお客さんは入ってこないから、ゆっくりして行ってね」
「ルティ、明日戦闘訓練があるから色々と買いたいんだが……この子たちは学園に入ってまだ日が浅い、色々教えながら買わせたいんだが」
「いいよいいよ、わからないことがあれば何でも言って……ちなみに今週のオススメはこちらのハイポーション!何と5%引きだよ」
頼られて嬉しいのと、商売繁盛の嬉しさが相まってテンションが上がり、様々な道具や薬品などを次々と説明していく。
夢乃たちはルティの説明を一言一句記憶し、理解し、明日に備えて色々と考えて買い物カゴに入れていく。
道具屋__ラ・ジールに来て、気づけば2時間が経過していた。
「うわ、結構時間経ってる」
「何かルティさんの説明を聞いていたら、色々欲しくなるんだよなぁ」
「想朱も同じことを考えてたぁ」
「……過夜先生、ここを紹介してくださりありがとうございます…この店は他にはあまり売られていない商品もあってとても興味深いです」
「そんなに喜んで貰えたら、紹介した甲斐があるもんだ」
「そう言えば、過夜先生とアルキィさんとルティさんの関係はなんですか?」
小瓶を手に取りながら夢乃がそう尋ねると、過夜は一瞬キョトンとした表情を見せた後、すぐに「あ〜そう言えば言ってなかったね」と呟いては、隣に立っていたルティを指差す。
「ルティとアルキィは自己紹介の時にも言っていたと思うけど兄妹でね、あたしはこの兄妹の学園では先輩だったんだよ」
「じゃあ過夜先生が学園に通ってた時も知ってるのか?」
「はい知ってますよ、うちとアルキィは過夜さんの学年1つ下だったからね
それに年に一度開催される闘技舞闘会では学年の中では上位にいたんだよね」
ルティの言葉に夢乃たちは「へ〜」と言いながら過夜を見た。その視線に気づいた過夜は懐かしむように口を開く。
「闘技舞闘会はいいぞ、学年関係なくトーナメントで強さを競う……夢乃たちも今年から参加するからな」
「闘技舞闘会って何ですか?」
夢乃の問いにルティが答える。
「闘技舞闘会とは、簡単に説明すれば学年は関係ない死なない殺し合い……もっと詳しく説明するなら、学年関係なく強さを競う大会。
年に一度しか開かれない学園の目玉イベントだね、トーナメントで決まっていく相手に勝って、優勝者には強い武器が貰える
大体大会が開かれるのは秋ぐらいだったから、まだ先の話だね」
「死なない殺し合いっと言いましたが、何か魔法陣が張られるのですか?」
そんな未來の問いにルティは口ごもり、代わりというように過夜が説明しだす。
「大会当日に、学園長が張るんだよ……でもどの属性のものか、どんな形の魔法陣かはわからないんだ
学園長に聞いても秘密の一点張り」
はぁとため息を吐く過夜に、ルティは少し思い出す素振りを見せたが、結局何も思い出せなかった様で頭を左右に振る。
この会話はここで終わり、話題転換に実が口を開く。
「道具はこんな感じでいいんじゃない?」
「そうね、これだけあれば十分だと思うわ」
「あ、ルティさん……あの鞄も売り物?」
夢乃が何かを見つけたらしく、指を指しながらルティに尋ねる。ルティは夢乃が指差す方向を見て、あぁといった反応を見せる。
「あれは腰に付けるポーションとかを入れる鞄だね、量はそんなに入らないけど1人分なら十分に足りる量が入るの」
ルティの話を聞きながら夢乃は鞄を手に取り、中を見る。
仕切りが数カ所にあり、確かに1人分なら十分なくらいに入る。鞄は革製で、磁石か何かで留め金を横にずらして開閉する仕組みらしい。
「これ……皆でお揃いで買いたい」
夢乃がそう言うと、実たちは互いの顔を見合った後メンバーの代表として実が口を開く。
「いいよ、お揃いでその鞄を買おう……それに前衛である夢乃がいいと感じた鞄なら尚更買うしか無いでしょ」
「ふへへ、ありがとう」
「ルティさん、色はこれしか無いのですか?」
「まだ色はあるよ……持ってくるから待ってて」
未來の問いに微笑みながら答え、ルティはアルキィが出て行った扉とは逆に付いている扉を開けて奥へと消える。
少し待つと箱を持って奥の部屋から出てきたルティと、どうやら2階から降りてきたアルキィが同時に姿を見せる。
アルキィは夢乃たちを見て「まだいたのか」と思わず口から溢す程に驚いた表情をしていた。
「あ、アルキィ…夢乃ちゃんたちがね、この鞄買ってくれるんだって」
「ふ〜ん、良かったなルティ」
ルティが満面の笑みで持ってきた箱の中から1つの鞄を手に取り、アルキィに見せながら言えば、本当に嬉しそうに微笑みながらアルキィがそう返す。
2人のやり取りを見ていた夢乃たちは、なぜそんなに嬉しそうなのか疑問に感じていると、その事に気づいたルティが大切そうに鞄を抱きしめながら説明してくれる。
「この鞄は、この店が出来てからアルキィと初めて一緒に考えて作った商品なの」
「へ〜、デザインはアルキィかい?」
「当たり前だ、ルティに描かせたら何ができるかわからないからな」
過夜の問いにアルキィは腕を組みながらそう答える。それを聞いたルティは、唇を尖らせながらブツブツと文句を言いながら夢乃たちに箱の中身を見せた。
箱の中には同じ形だが、5種類の色違いが入っていた。焦げ茶、茶色、赤茶、藍鉄、黒。
それらをそれぞれが手に取り、何色にするか考え始める。
その光景をカウンター内にある椅子に座りながらアルキィは眺めていると、ルティが寄ってくる。
「寝てたの?」
「いや、新作の案を考えて……試作品作ってみた」
「……これは…髪飾り?」
アルキィに渡された物は、手の平サイズの髪飾り。
小さな粧飾に玉がぷらぷらと揺れており可愛らしい。
それをよーく見つめたルティは、はっとあることに気づく。
「これ、玉はただの玉じゃないんだね」
「正解、何だと思う?」
「……もしかして、煙幕?」
「正解だ、普段は髪飾りとして使えるがいざっと言う時には武器の1つになる」
「いいんじゃないかな?……明日試してみる?」
「了解、じゃあもう少しこだわらせてくれ」
ルティの言葉に頷き、アルキィは髪飾りを返してもらう。再び2階に通じる扉の前まで行くと、一度過夜の方を見る。
「過夜、今日はもう遅いから早く帰れよ」
「ん?あぁ、ほんとだ……もう夜が、時間が経つのは早いな」
「ルティ、後は頼んだぞ」
「は〜い」
元気のいい返事を聞いて、アルキィは2階に上がる。
残されたルティは夢乃たちの方を見ると、どうやら鞄の色が決まった様子だった。
「決まった?」
「あ、はい……アルキィさんの言う通り、今日はもう寮に帰らないといけないので、これをください」
ルティの問いに夢乃が頷き、カゴ一杯に入った道具をカウンターに置いて鞄もその横に置く。
「は〜い」と言いながらルティは、素早い手捌きでレジに打ち込んでは紙袋に次々と入れていく。
カゴ一杯に入っていた道具は、見る見る紙袋に消えていき、気づけば全ての処理が終わり後は会計だけになった。
「ではお会計、1マイセルになります」
「うぉ、意外といったな」
「まぁ、この量なら仕方がないですよねぇ」
「はい、1マイセルです」
幻華や想朱がそう言っている間に未來が財布から1マイセルを取り出す。
それを受け取ったルティはレジを打ち、長いレシートを未來に渡す。
それを確認してから夢乃や実り、幻華と想朱は紙袋を一袋ずつ持つ。
「また来ますね」
「心よりお待ちしています」
未來のその言葉に、微笑みながら答える。
出入り口で待っていた夢乃たちに未來は合流して、店を出ていく。
店に1人になったルティは、先程までとは違い、笑顔は無く無表情で呟く。
「また、明日」
その言葉は誰にも聞かれることもなく、スッキリした表情でルティは店の鍵を閉めて2階に上がって行った。
店を出た夢乃たちは大量な荷物を落とさないように気をつけながら歩いていた。
「いい買い物ができたね」
「過夜先生のお陰だな」
「本当に……まさか1マイセルまでいくなんて」
「だって、明日のことを考えたら念入りに準備しないとね」
「ふふ、想朱は明日の戦闘訓練が楽しみになってきましたぁ」
「お前たちはいつも気楽そうでいいね」
会話を聞いていた過夜が小さく笑いながら言う。
夢乃たちの会話を聞いていることが、心地よさそうに微笑む。
「常に気を張るより、楽しいことを考えてた方がいいでしょ?」
「あぁ……リーダーが夢乃だからなせることだな」
「ふへへ」
夢乃の言葉を聞きながら過夜はそっと夢乃の頭を撫でる。2人の会話を聞いていた実たちも、うんうんと頷いて過夜の言葉に同意を示す。
それからの帰り道は、様々な話をしながら歩いた。
翌日。
眠たげな瞼を何度か擦り、ボーッとする。
そこにコンコンッとノックをされ、夢乃は「ふぁ〜い」と気の抜けた声で返事をする。
それを扉の向こうで聞いた誰かが扉を開けて、中へ入ってくる。
「おはよう夢乃……あら、少し顔色が悪いかしら」
「んん、未來おはよう……気分は別に最悪じゃないんだけど、何か夢を見たような気がして」
「?珍しいわね、そんな曖昧な事を言うなんて」
「……なぜかモヤがかかってる感じがするの」
「不思議ね、今までそんな事なかったのに」
心配そうに見てくる未來に対し、夢乃は一度頭を横に振ってから平気だと訴えるために笑みを見せる。
「さ、今日は戦闘訓練だし頑張ろうね」
「えぇ、全力で頑張りましょ」
夢乃の言葉に微笑みながら未來は頷き、支度を始める。
支度はすぐに終え、リビングに行くと実と過夜の姿があった。だが、幻華と想朱の姿がない。
その事に気づいた夢乃が首を傾げると、夢乃の言いたいことに気づいた実がとある箇所を指差す。
そこには想朱が平然とした顔で座っており、それを睨みつける幻華の姿。
「えっと一体何が?」
「あ〜、昨日の夜中トイレに行った想朱が寝ぼけて部屋を間違えたみたいでな……起きた幻華が抱き枕にされてたことで怒ってるみたいだな」
呆れた表情で説明してくれた実に夢乃があぁと納得していると、「ふざけるなぁ」と幻華が怒鳴る。
「嫌みか!嫌みなのか!?」
「別に嫌味ではないよ、ただ部屋を間違えただけじゃないですかぁ」
「1番部屋が遠いわたしの部屋になぜ間違える!?絶対に嫌みだろ!」
「あれって、どれくらいやってるの?」
「さぁ、わたしたちが起きた時には既に繰り広げていたわ」
もうすぐ学園に向かう時間になることをチラ見で時計を見た夢乃は、1度深呼吸をしてから声をかけようとした時だった。
「抱き枕にされた時感じたんだ!そのデカい胸の弾力を!!わたしから奪い取った胸の柔らかな感触を!」
「………」
わなわなと指を動かしながら、絶望した様な表情で幻華はそう言う。
それを聞いた夢乃は口を固く閉じ、そっと目を閉じるてこう思うのだ。
(今日も平和だな)
っと。
その事は口にはしないが、この場の誰もが思っていることだろう。
まだ続きそうな幻華の叫びと平然とした想朱の攻防戦を無視して、忘れ物が無いか最終確認をすることにする。
身だしなみOK。昨日買った鞄は腰に付けている。
夢乃は茶色。実は赤茶。未來は焦げ茶。幻華は藍鉄。想朱は茶色。過夜は黒をそれぞれ付けている。
中身も昨日のうちに分けており、回復用のポーションは1人3本。魔力を回復するポーションは3本ずつ配った。
そして一応魔石を数個。
魔力を少量使い、封じられた攻撃や回復をしたりできる物だ。攻撃系だと赤い線で模様が絵が描かれており、回復系だと黄緑の線で模様が描かれている。
確認も終え、時間も丁度良く、夢乃は未だに続けていた幻華と想朱に声をかけた。
「2人共もう行くけど、忘れ物は無い?」
夢乃にそう訪ねられ、幻華と想朱は腰に付けていた鞄を開けて中身を確認した後『大丈夫』と同時に言ってくる。
それを聞いた夢乃は頷き、学園に向かう。
学園に着くと、吹枝が1年生の玄関前にいた。
「チームラビット、校庭に向え」
「1時間めからかぁ」
「ふふ、わかりました……皆頑張ろうね」
吹枝の言葉に返事を返して、夢乃がそう声がけすると皆それぞれ「えぇ」だとか「おぅ」だとか「はい」などと返事を返す。
そこに申し訳無さそうな声で過夜が口を開く。
「吹枝に呼ばれてるから、あたしはここで失礼する」
「わかりました」
こうして夢乃たちは過夜と別れた。
指定された校庭に向かうと、他のクラスメイトも集まっていた。まだ全員が揃っているわけではなさそうだ。
夢乃たちが着いてからすぐに、残りの3人も到着する。どうやらメンバーの1人が忘れ物をした様で、それを取りに行くために付き添いに2人ついて行っていたようだ。
またそれから数分が過ぎた頃に吹枝がやって来る。その後ろには過夜、キナ・フィラ、優々の姿が見受けられた。
「今から戦闘訓練を開始する。
のだが、お前たちが倒すのはここにいる魔女組だ……そしてハンデとして魔女側は2人チームとなり、1チームの標的となる。そのため、人数合わせに他の3人の魔女に協力を要請した。」
吹枝がそう言うと、後から来た3人が姿を見せる。
その姿を見た夢乃たちは目を見開き、「嘘!?」などと思わず口にする程に驚き、他のクラスメイトもとある人物を見て驚きの反応を見せた。
右肩に軽く縛ったウエーブのかかった茶髪をポニーテールで流し、優しく微笑むの女性。
「初めてましてじゃない子もいるけど、初めてと言わせてもらうね
わたしはルティ・アルバンス、学園内にあるカフェを経営しているの、よろしくね」
次に前に出たのは2人同時だ。
ハーフアップに髪飾りを付けた金髪、綺麗な青い瞳を持った女性に、少し癖っ毛のある金髪に綺麗な青い瞳を持った男性。
「初めまして、うちはルティ、よろしくね」
「同じく初めまして、俺はアルキィ、よろしく」
「男の魔女が実在するなんて」
「え、凄い……」
「あー、この2人は双子だ。
んで、今回ルティという名を持つ奴が2人いる……ルティ・アルバンス、お前を今日限りでいいからアルバンスと呼ばせてもらう」
「いいよ」
「ありがとう、魔女のチーム分けだが___」
「はいはーい!うちはアルキィとしか組みません!」
「あー、はいはい、ルティ……お前はアルキィと組め」
「やったぁ」
「吹枝さん、妹が申し訳ありません」
「構わないさ、お前を想ってのことだからな
ではチームの続きを発表する、過夜・アルバンス、キナ・フィラ・優々とする
それぞれのチーム名は、ルティ・アルキィをミスティオ。過夜・アルバンスをルディアック。キナ・フィラ・優々をギベリア。と呼称し、各チームのターゲットとする。
ターゲット∶ミスティオ、狩り側∶ラビット
ターゲット∶ルディアック、狩り側∶紅葉
ターゲット∶ギベリア、狩り側∶アスタ
とする。審判はあたしこと吹枝がする。
試合会場は学園の敷地であるこの森全体だ。
学園長にお願いして、死ねなくしてもらっているから安心して殺し合ってくれ……ではまずターゲット側は先に森へ、狩り側は1分間待機。
あぁ、いい忘れていたがターゲットはただのターゲットだ。つまり、ターゲットではないチームに遭遇しても殺し合ってくれて構わない。ただ生徒同士の殺し合いは禁ずる。」
説明が終えると、吹枝は後ろに控えていた魔女たちを見て、手で追い払う仕草をする。
すると一瞬でその場から魔女たちが姿を消す。
その速さおよそ瞬きをするだけ。
音もなく、行方を眩ませた魔女たちの気配すら捉えられない。
それから間もなく1分が経過する。
「ではお前たちも行って来るがいい。一度死んだらここに転移するように仕組んでいる……せいぜい頑張るだな」
その言葉を最後に、吹枝はその場に座り込んで目を閉じる。
それぞれのチームごとに石に魔力を流し、戦闘用の衣装を身に纏い森へと入った。
「うわ、凄いなぁ」
「あ、獣道だ」
「夢乃、油断しない……じゃあまず周りを警戒しながらお浚いするわね
最初にターゲットを見つけたら、夢乃・実・わたしが戦闘に入る。その後、タイミングを見て離脱。
再びターゲットと遭遇したら幻華と想朱が戦闘。当然前衛が1人じゃあ危ないから夢乃がサポート側に回る形で参戦。またタイミングを見て離脱。
そこから作戦とか色々と練ってからまた戦闘を開始……これが理想。だけど、そんな簡単に事が運ぶとは思えないから気を引き締めて行きましょ」
「了解……じゃあわたしと想朱は、まず3人の動きを少しでも理解しないとな」
「あぁ、よろしく頼むな」
「………」
「夢乃ちゃん?」
夢乃が立ち止まり、一箇所をじっと見つめていることに気づいた想朱が様子を伺うように顔を覗き込もうとした時だ。
夢乃が武器を召喚と共に警戒を促す。
「全員戦闘準備……何かが近づいて来てる」
『!!』
夢乃の言葉に一斉に武器を召喚、幻華と想朱は3人から少し離れて辺りを警戒する。
数秒後、突然何も無いとこから一線の煌めきが見えた瞬間、瞬時に反応した夢乃がその攻撃を防ぐ。
防がれた攻撃は周囲にある木をいくつか切り倒し、それが斬撃であったことがわかる。
「実、サポートお願い」
「了解、でも相手が見えないから気をつけるんだぞ」
「大丈夫、もう見つけてる」
「さすが」
そんな会話をした刹那、夢乃は斬撃が飛んできた方へと走り出す。
それを見送ってから実は未來を見た。
「未來、あたしに視力強化を」
「了解……【視重連装】」
杖をカツンと地面を打ち、未來がそう唱えると実の右目の前に何重にも重なったレンズのようなものが出現する。
それは実の意思によって調節は可能で、幾度かレンズが動いた後、何かを捉えた様にレンズは止まる。
「夢乃が見てる先…………いた、【蒼穹花連弾】」
相手を見つけ、すぐに弓武器を召喚し構える。魔力を弓に変えて穿つ。それはまるで花のように幾度も別れ、相手を狙う。
「あはは、すごいすご〜い…気配は完全に消してたはずなのに」
木々から飛び出した人影を追って、夢乃も跳躍。
空中には逃げ場がない。
「捉えた!」
夢乃がそう言って剣を構えた直後、背筋に凍るような殺気を感じた。
「____っ」
「あれ?気づいたの?…でももう遅いよ」
「捉えた……懺悔しろ」
その言葉が聞こえた刹那、何かが一直線に夢乃の心臓めがけて飛んでくる。咄嗟に体制を崩しながら剣でそれを斬り伏せる。
着地の判断も一瞬で、剣を持たない手で軽く衝撃を流しながら幾度かそのままバク転し、全ての衝撃を逃がすと何事も無かったかのように両足で着地する。
「大人しそうに見えて、戦いはダイナミックだね…ふふ」
「……ルティ、遊びすぎだ」
「アルキィだって、あの時殺気立ち過ぎだよ」
「ふん」
そんな気軽く会話をしながら姿を見せたのは、道具屋__ラ・ジールの店主と従業員のアルキィとルティだ。
2人は武器を持ち、一切の油断なく会話をしている。アルキィが持つ武器は弓のようで、矢は恐らく魔力で作っていると予測。ルティの持つ武器は、短剣であの時飛ばした斬撃の威力を考えるととても短剣で出せる威力とは思えなかった。
「それにしても、あの時過夜が連れてきた子がここまでとは……他の奴らもこれくらいなのか?」
「う〜ん、まだ1人でしか交えてないから何とも……あ、そう言えばうちの居場所を的確に狙撃した子がいたね」
「それはとても面白そうだ……っな」
会話していた最中に突然アルキィは弓を構えて、いくつもの矢を穿つ。その動きはとても繊麗されており、尚且つスピードは尋常じゃない程に速い。
敵を見つけて、弓を構え、一定の量の魔力を一斉に動かし、そして撃つ。それらの動きは1秒も満たない。
アルキィが狙ったのは少し遅れてやってきた未來・幻華・想朱だった。
矢の存在に気づいた幻華は、瞬時に2人の前に立ち、鎌を横薙ぎに振り全ての矢を撃ち落とす。
その事にアルキィは観察するように眺めていると、背後から音も立てずに近づいて来ていた実が首めがけて短剣を振り下ろそうとした。
「ダメだよアルキィ……いくらうちがいるとしても、気づかなかったらどうするの?」
「!!」
嘲笑うかのようにルティはそう言いながら実を蹴り飛ばす。思わぬルティからの反撃に受け身を取ることができず、何本かの木をへし折りながらも吹き飛ばされる。
「大丈夫?実」
そう訪ねながら腰に手を回し、なるべく負担をかけないように地面に着地。ズザザザッと地面を少し滑り、近くにある木に飛び移る。
それを幾度か繰り返した後、幻華や未來、想朱の元に戻る。
「あの2人強いな」
「そうね、退却する隙すらも与えてはくれなさそう」
「実ちゃん大丈夫ですか!すぐに治癒をします……【祈りの治癒】」
「あぁ、すまん……ヘマした」
「ん〜……私がルティさんを狙ったらアルキィさんがカバーしてくる、実がアルキィさんを狙ったらルティさんがカバーしてくる……2人を引き離す?」
夢乃が怪我を治してもらっている実と幻華に問う。
2人は少し考えた後、同じ結論に至ったようで見合った後頷きあう。
「あたしもそれがいいと思う……見学無しでぶっつけ本番で連携をして、あの2人を倒そう」
「ではわたしと想朱はどう付けますか?」
未來がそう訪ねた時、夢乃はハッと息を呑み、反射的に想朱の背後を剣で庇う。すると金属がぶつかった音ともに火花が散る。
「あはは……お話が長くてつい手が出ちゃった」
「ルティさんって、戦ってる時と普段の性格、違いすぎませんか?」
「それは夢乃にも言えると思うけど?」
幾度も剣を交えながらそんな会話をしている最中、一瞬の出来事に戸惑いを見せる幻華に対し、夢乃は昔に実と未來で作った手話を素早く片手だけで表し、指示を飛ばす。
2人が側にいるなら、理解してくれるだろう。
「了解……幻華、夢乃からの指示が来たぞ
あたしたちの相手はアルキィだ、決して2人を合流させないようにっだと」
「え、今のって手話!?……速すぎて見えなかった」
「昔わたしと実で作ったから、遅くてもわからなかったと思うわ……想朱は夢乃に付いていてあげて」
「わかりましたぁ」
既に行動を開始した実と幻華。
その後をすぐに追いかけようとしていた未來が、想朱に指示を飛ばす。未來から指示を受けた想朱は、返事をすると少し離れた位置で夢乃とルティが早すぎる剣撃をしている付近に近づいて行った。
一方、夢乃の指示によりアルキィを狙いに動き出した実と幻華は移動しながら辺りを見渡し、アルキィを探していた。
「アルキィさんの武器は弓、つまり木の上にいる可能性も考慮して探して」
「了解……そう言えば実の武器って何なんだ?弓だったり短剣だったりしてるよな?」
「あたしの武器?んー、夢乃の動きに合わせて使い分けるから杖以外なら全部かな」
「え、それって接近戦も中距離戦も可能ってこと………あ、いた!」
「幻華先に行って、あたしはサポートに回るから」
「了解」
実の言葉を聞いた幻華はスピードを緩めることなく、木の枝に隠れていたアルキィに向かって跳躍。
アルキィも2人の存在に気づいており、すぐに弓を構えて矢を添え、狙いを定める。
その時、実から少し離れた位置で戦況を見ていた未來が杖をカツンと地面を打ち鳴らし、杖の先端をアルキィに向けて唱えた。
「【減・縛低】」
その魔法は一時的に相手のスピードを落とし、威力を殺し、動きに制限をかける。
アルキィは狙いが定まらず、一旦距離を取り再度狙うことにし、後退しようとしたが何かに縛られたかのよう動けなかった。
「喰らえ!」
再度鎌を召喚し、アルキィの首めがけて鎌を振り上げる。
動けないことを理解すれば、次の選択肢を取るために腰に付けていた鞄からとある物を取り出して魔力を流す。
それはすぐにヒビが入り、パキィンと音を立てて割れるのと、幻華の鎌が振り下ろされるタイミングは同じだった。
「幻華、無事?」
地面に着地した幻華に未來がそう訪ねると、幻華は真剣な表情で口を開く。
「仕留めきれてない……何かに防がれた感触がある」
「でも確か、アルキィさんは魔法自体は使えなかったはずだわ……となると、結論は」
「……なるほど、魔石か」
未來と幻華がそう結論づけると同時に、ヒビの入った薄い膜に護られたアルキィが姿を見せる。
アルキィが先程までいた枝は幻華の鎌により切られていて、今いる場所も吹き飛ばされた位置だ。
擦り傷1つ無い姿を見た幻華は、「あはは、やっぱそうだよな」などと呟き、未來は口を固く結び、杖を少し強く握る。
そんな2人を吹き飛ばされた位置から見ていたアルキィは、もう1人の少女の姿が無いことに気づく。
周囲を警戒しつつ、2人の事も視野に入れ、弓の弦にそっと指を添える。
駆け引きのような時間は長く感じ、先に動いたのは隠れていた実だ。
音を立てること無く素早く近づき、召喚した短剣を首めがけて横薙ぎに振る。だが、なぜ気づいたのか、アルキィは振り返ること無く弓の毛箱で防いでみせた。
普通ならば防ぐこともできない場所であるが、アルキィは精密な魔力操作で弓自体に魔力を纏わせ、攻撃を受ける際に魔力を固定し、まるで壁のような硬さにしていたのだ。
思わぬ防ぎ方により、驚きの表情を見せた実だが今は訓練中。待ってはくれず、アルキィは防いだ直後に回し蹴りを食らわす。
だが一度ルティに蹴り飛ばされて、経験を積んだ実は瞬時に交えていた短剣を離し、離脱。
「……確かに君たちは普通の1年生より優秀だな、先の攻撃にしても、今の攻撃も普通の1年生は死んでいるからな」
「……あはは、褒められちゃった」
「それにしても、魔法も使えないアルキィさん……強すぎませんか?」
「何を言うかと思えばそれか…‥魔法が使えないなら魔力を鍛えて、自由自在に操れるようになればいい……こんな風にな」
幻華と実の言葉に無表情で答えながら、アルキィは右の人差し指をクイッと上に向ける。
ハッと気づいた時には既に遅く、実・幻華・未來の足元から土を突き破って伸びてきた蔦のような魔力により串刺しにされる。
致命傷にはならなかったが、重症を負わせられる。
「あぐっ」
「かはっ」
「い"っ」
右肩、横腹、右の太とも、左足首などを刺され、魔力が霧散し消えれば地面に叩きつけられる。
つけられた傷は熱を持ち、痛みに悶えることしかできない。
その光景を見下しながら、アルキィはトドメを刺そうとした時だ。
パキッと背後から聞こえた乾いた音。
ハッとしたアルキィは振り向きざまに何者かによって、串刺しにされる。致命傷にならないが、3人と同じく重症。思ったよりも血は流れているようで、薄れ行く意識で、自身を串刺しにした人物を見た。
「おま……えは……ッ」
そこでアルキィの意識は途切れる。
実たちと別れ、想朱とツーマンセルになった夢乃はアルキィという後衛を気にしなくていいことに対して心に微かな余裕ができていた。
ルティの剣裁きは一応見抜けてきた。だがその一歩向こうに行くを事を許してはくれない。
先程から互いに致命傷を狙って剣を交えているが、互いに掠り傷しか付けることができない。
「もう、何で致命傷取れないんだろ」
「それはこっちのセリフですよ……全く」
交えた剣を突き放し、夢乃はルティと距離を取る。
想朱の近くまで後退した夢乃はふぅと一息つく。
「想朱、やることがありません……夢乃ちゃんの助けになれない」
「そんなことはないよ、想朱ちゃんがいてくれるから傷を負うことを躊躇することはないからね」
「もう、夢乃ちゃんのたらし!【祈りの治癒】!」
夢乃に杖の先端を向け、想朱はそう唱えると掠り傷が徐々に回復していく。
ルティも鞄から魔石を取り出し、治癒を施している。
互いの回復は1分も満たないくらい早く終わり、相手を殺せる方法を目を離すこと無く考える。
「想朱ちゃん、1つ頼んでもいいかな」
「想朱にできることなら」
「ふふ、大丈夫……ただ私の指示したタイミングでこの魔石をルティさんの足元に投げるだけでいいから、投げたらすぐに目を瞑って」
そう言って夢乃は鞄から白い線で模様を描いた魔石を想朱に投げ渡して、すぐに仕掛ける。
走り出した夢乃を見て、ルティは嬉しそうに笑う。
再び刃がぶつかり合う音とともに火花も散る。
激しい剣の交じり合いの中、夢乃は真剣な表情から少し笑みを見せて口を開く。
「ルティさん、私……この試合ではこの剣で貴方と戦ってきた……だけどね、私の本来の戦い方は」
そこで一旦区切り、ルティを遠ざけた刹那、何も持っていなかったはずの手を振り上げる。
「!!」
「二刀流なんですよね」
そう言った刹那、上げていた手を振り下ろす。
その手には逆の手に握られた剣の長さより短い剣。
ルティはそれを防ぐことができず、体を捻って回避しようとした時だ。
「そこ!」
夢乃がそう言う方が早く、少し離れた位置にいた想朱は渡されていた魔石をある程度の魔力を送ってから投げる。
夢乃の攻撃は交わされたが、魔石は地面を数回バウンドし、言われていた通りルティの足元まで転がった刹那、辺りは真っ白な世界へと変わった。
いや、魔石が壊れて封じていた魔法が解き放たれたのだ。
夢乃が想朱に渡した魔石は、閃光。
これによりしばらくはルティの目は使い物にならないだろう。
「あぁあ!」
ルティは両目を抑えてよろける。
夢乃はその隙を逃さず、閉じていた目を開けるとそのまま追撃する。
だがルティも学園を卒業した魔女だ。
片手で両目を抑えながら素早く鞄に手を入れて、回復の魔石を取り出し、すぐに使用する。
夢乃の追撃をすんなりと交わし、使っていた短剣を投擲する。
夢乃もその攻撃は剣で落とす。すると、短剣は光の粒子となり霧散する。
「……すごい、うちにこっちの武器を使わせるなんて」
そう言いながらルティは別の短剣を召喚。
先程の短剣と違い、召喚された短剣は細かな彫刻が施されており、頭にはチャリチャリと揺れる度に音が鳴る鎖がぶら下がっている。
「うちの使い慣れた武器だよ……この武器はね、アルキィが学園時代に作ってくれた大切な武器なの
だから学園を卒業してから滅多に使わなかったんだけど、夢乃ちゃんが強いから使い慣れた武器を使いたくなったんだ」
そこまで言うと、ルティは満面の笑みを見せた。
その笑みを見た夢乃は小さく微笑みながら、油断すること無く「高栄です」と返す。
少しの間、ルティは何度か柄を握ったり緩めたりを繰り返す。
「想朱ちゃん、もう少し離れた位置にずれてもらえる?」
「!、わかりました」
ルティから目を離さずに言う夢乃に、想朱は聞き返すことはせず、すぐに距離を取る。
それから少しの間、風が吹き草木が揺れる。
止まるのを合図に、夢乃が先に動き出す。ルティは夢乃から目を離すこと無く「行くよ、アミン」と呟けば、短剣を投擲。
夢乃がそれを叩き落とそうとした時、突如起動を変える。
「なっ!」
一瞬の動揺だったが、夢乃はすぐに起動を変えた理由に気づく。それはルティが軽く持っている鎖だ。
短剣を召喚した時、鎖はそこまで長くはなかった。今は何らかの魔法を使用したのだろう。ルティが操っているようで、無限に鎖が伸びている。
その光景を外から見ていた想朱は、自分があの中に居なくてホッとするのと同時に、鎖やどこから来るかわからない短剣を対処しきれている夢乃を尊敬した。
前衛と後衛の役割りや、強さが違うのはわかってはいるが、それでも尊敬してしまう。
「ここ!」
そう言って夢乃が鎖や短剣を弾く。
やっとの思いで鎖と短剣から逃れたが、ハッとした時には既に遅く。
何が起きたのか、夢乃が地面に倒れ、ルティが跨ったまま、夢乃の首に短剣を添えていた。
「楽しかったよ、夢乃ちゃん」
「はは……強すぎですよ、ルティさん」
その言葉を最後に、首に添えられた短剣が動こうとした時だ。ピクッと小さく反応し、動きが止まる。
夢乃は不思議に感じ、閉じていた目を開けてルティを見ると、ルティはある方向を見つめていた。
夢乃が何か尋ねる前に、ルティは小さく呟くのが聞こえた。
「…………アルキィ?」
「?ルティさん?」
「………………夢乃ちゃん、戦闘訓練中止…想朱ちゃんを近くまで呼んでも平気だよ」
夢乃の上からどきながらルティがそう言いつつ、どこかに連絡を入れ始めていた。
夢乃はすぐに想朱を近くまで来るように合図すると、駆け足で近寄ってきた。
「夢乃ちゃん、すごかったよ…………ルティさんは何かあったの?」
ルティの表情や雰囲気の変化に気づいたのか、想朱が夢乃に尋ねる。
夢乃も困った表情をしていたが、何処からか聞こえてくる笛の音。その笛の音を聞いた夢乃がピクッと反応を見せた。
「笛の音……実?未來?」
「え、2人に何かあったの?」
「襲われたりした時に離れた仲間に知らせられるように、私や実、未來は魔力登録した笛を持ってるの……魔力登録した人にしか笛の音は聞こえないの」
そう説明した夢乃に想朱の顔色が徐々に悪くなる。
その笛の音が夢乃に聞こえている。という事は、あっちでは何かがあって襲われたということ。
想朱の顔色の変化に夢乃は、小さく微笑んで安心させようとする。
「学園長が張ってくれている魔法陣は壊れてないし、死んでも吹枝先生がいる場所に転移するだけだよ」
「そ、そうよね」
「夢乃ちゃん、想朱ちゃん……今からアルキィと合流する、もしかしたら戦闘になるかもしれないから準備はしておいて」
『はい』
夢乃と想朱の返事を聞いたルティは、小さく笑ったが、目は笑っていなかった。
それからすぐに走り出し、それぞれが別れた場所を通り過ぎて更に奥へ。
辺りを警戒しながら走り続けていたが、ルティはとある一箇所を見つめて、一瞬目を見開いたようにも見えた。
「ごめん2人共、先に行くね」
ルティは2人の返事を聞く前に加速し、離れていく。残された夢乃は想朱に指示を飛ばした。
「想朱ちゃん、実たちの場所に着いたら回復魔法を使ってほしい」
「あ、わかりました……なるべく時間かからない回復を施します」
そんな会話を最後に、会話は無くなり走り続ける。
それから間もなく、夢乃と想朱もルティに追いついたが、その場所は血なまぐさい臭いが漂っていた。
あまりにも濃い血の臭いに顔を顰める夢乃や想朱だったがメンバーの実たちを見つけると、すぐに駆け寄り想朱は回復魔法を使用する。
「皆を癒せ【癒やしの花園】」
実・未來・幻華の真下に広がる草むらは優しげに揺れており、花を咲かせている。そしてその広がった草むらを範囲に温かな日差しとベールがゆらゆらと揺れて包みこんでいる。
こんな状況じゃなければ見惚れる程に美しい光景だった。
夢乃は回復していく3人を見てホッと安堵すると、とある一箇所を見つめたまま止まっているルティの方を見た。
「死にたくなければ魔眼を使用してください……これで3659人目、魔眼を使用せず。ふぅ…主様の命は何時になったら果たせるのか」
そんな声がしたのは、日中にも関わらずまるでその一角だけが夜の様な暗い方からだった。
血の臭いもそちらの方が一層に濃い。
「おや、お仲間が来ておりましたか……では私の用も終えたので失礼させて頂きますね」
その場に立っていたふわふわなツインテをした1人の少女の影に暗闇が飲み込まれる。少女の頬・手・服・足などの至る所に血痕が付いている。
誰のものかは明白だ。夢乃たちの側にいない人物、アルキィのものだ。
他の木よりも少し太い大木に右腕、左足を切り落とされ、左手の平を大木に黒い釘で打ち抜き。同じ黒い釘で横腹と右足の太ももも打ち抜かれていた。
「お前が………アルキィを、そうしたのか」
「?おかしな事をお聞きしますね……貴方の目には、私以外に誰かが側におりますか?」
ルティを見つめながら、少女は首を傾げる。
だが少女の問いを聞いたルティの表情は、怒りに満ちており、短剣の柄を強く握ると、空いている手を少女に向ける。
「【木雷罰紅】」
「え、私はもう帰るのでほっといてくださ___」
ルティがそう唱えると少女の足元から赤い蔦が伸び、捉えようとする。
当然少女は交わすが、次から次へと行く先々で赤い蔦が伸びてくる。しかも交わすごとに蔦の出現スピードが上がっていく。
このままでは埒が明かないと悟った少女は、次に交わしてから魔法を行使しているルティを見た。
そして指を銃の形に見立てると、まるで子どもの遊びのように微笑みながら「バンッ」と言って軽く構えた手を小さく上下した。
その動きはほんの少しで、誰にも気づかれること無くルティの脳天に銃弾が抜けた小さな穴が______できなかった。
「!!?」
「あぁ……やっと理解できた」
そう言ったのは、ルティの前に剣を構え直した夢乃の姿があった。
少女はルティの頭に風穴が生まれることに確信を持っていた。それなのに、今新たに対峙している夢乃のせいで風穴が開けなかった。
見えるはずも無い銃弾を、真っ二つに切ったのだ。
謎の脅威に少女は警戒を強めながら、未だに伸びてくる蔦を交わす。
「今朝見た夢はこれだったんだ……」
「え?」
そう言った夢乃の言葉を理解できるのは、今この場にはいないだろう。ルティも夢乃の呟きに訝しげな視線を向けるだけで留まる。
そんな視線を向けられたとしても、それでも呟きたかった夢乃は、少女を見つけながらルティに声をかけた。
「ルティさんは、アルキィさんを救出してください……その間の時間稼ぎは私がします」
「わかった……絶対にあいつを逃すな、アルキィを傷つけたことを後悔させる
それとさっきの言葉の意味、後で聞かせてね」
そう言い残し、ルティは少女から離れた位置にいるアルキィの元へ走り出す。
夢乃はそれを感じながら、「わかりました」と小さく返事を呟きながらも行動に移す。
片手剣を召喚し、相手が着地するタイミングを狙う。
「【水華乱蓮】」
そう唱えながら走り出した夢乃の背後に水の球体が5つ出現すると、それは見る見る槍の形へと変えていく。
その魔法を見た少女は、一瞬うざっと言いたげな表情を見せたが、それだけで夢乃を止められるはずもなく、着地と同時に武器を召喚する。
相手の召喚した武器を見た夢乃は、瞬時に後ろで待機していた槍の1投目を足元に発射する。少女は
交わす必要もないと判断し、その場に留まったがその選択が間違っていたことをすぐに理解した。
足元より少し下の位置で着弾した槍は、着弾の衝撃で水が跳ねて形を崩す。だが、それはまた形を成して、今度は花を形作るとそのまま弾け少女に弾丸のように襲いかかる。
少女は瞬時に槍を回転させ、攻撃を防ぐ。
が、夢乃の攻撃は止まることを忘れたかのように剣で攻撃しつつ、少女が距離を取れば水の槍が飛んでくる。
「私、帰りたいだけなんですが……」
息を切らすことなく、何気ない顔で夢乃の攻撃を捌きつつそんなことを呟く。
そこでふと、夢乃とは別の誰かの視線を感じた少女はチラ見程度に視線を感じた方を見るはずだった。
視線の先にいたのは、少女ですら驚く人物で目を見開き、少女はその人物に釘付けとなっていた。
「そこ!」
「___っ、まさか」
「…………痛かったぞ」
そこへ夢乃の素早く突き出した剣先をギリギリで交わしつつ、そう呟いた少女に対し、少女が未だに見つめる先にいた人物はそう呟く。
鋭い瞳は狙いを定め、力が入らない体を支えてもらいながら弓を構えて、弦に矢を添えて引く。
服に血痕の後は付いているが、体は無傷でアルキィはルティに支えられて弓を構えていた。
その姿を見た少女が呟き、そして表情を一変させる。
「無傷修正………訂正、私の用事はここにありましたか」
「アルキィさんには近づけさせない!」
夢乃はそう言いながら背後にある槍2本を発射。
地面に当たった時の効果を知った少女は、今度は素早くその槍を斬り伏せ、駆け出す。
だが、夢乃の狙いは放っから当てることではなく、アルキィに狙いを定めさせるため。その事に気づいたのは、心臓めがけて矢が飛んできた時だった。
一瞬の迷いなく、少女は槍で矢を切り落とす。
アルキィは驚く表情を見せるどころか、今度は2本の矢を添えると、すぐに何処かを狙って構え直す。
夢乃は素早く少女との間合いを詰め、剣を斜め下から振り上げた。
当然、少女は余裕そうに交わしたが瞬時に飛んでくる槍が鬱陶しそうにしている。
そして再び放たれた矢は槍の攻撃を交わした少女の足元に着弾すると、少女の背後から待ってましたと言わんばかりの剣先が少女の心臓目掛けて突き出される。
「____っ」
「!!、これでも交わすか」
そう言ったのは過夜で、その姿を見た夢乃が驚いた表情を見せる。
過夜は夢乃の隣で、相手と向き合う形になり、レイピアの先を少女に向けたまま口を開く。
「ご機嫌よう……ビルフォア領、領主のメイドちゃん」
不敵に笑いながら過夜がそう言うと、少女は無表情のまま過夜を見つめ、辺りの気配が増えたことに気づくと武器を消し、スカートを少し摘んで軽く挨拶してくる。
「お初にお目にかかります、貴方の昔の噂は聞いたことがございます……ですが、本日はここで帰らせていただきます
こちらの目的も確認できましたし、1人で魔女6人と魔法少女1人を相手にするのは流石に疲れますからね」
「あら、そんなに慌てなくてもいいんじゃなくて?」
木の物陰から出てきたアルバンスに、少女は小さく笑みを見せるだけ。それからどこから出したのか、小さな黒い玉を取り出すと、そのまま空に置くように離せば当たり前に玉は落下しだす。
玉が地面に着く前に、少女はアルキィの方を見る。
「また、お伺いいたしますわ……無傷修正の魔眼を保有する魔女様」
少女が言い終わると同時に、黒い玉は地面に着きボフンッと言う効果音が聞こえて来そうな勢いで、黒い煙が周囲に広がり、視界を奪う。
すぐに木の陰に隠れていた優々が扇型の武器を召喚し、煙を巻き上げて視界をクリアにさせる。
「チッ、逃げ足も速い」
舌打ちをしつつ、ルティはアルキィを立たせながら周囲を見渡しながらそう呟く。
少女の姿は見当たらず、木の物陰に隠れていたキナ・フィナが姿を見せる。
先生方が集まっていたことに気づいた夢乃は、驚きの表情を見せつつも想朱のいる方へと歩み寄る。
「想朱ちゃん、皆の状態は?」
「たいした傷ではなかったよ、気絶してただけだったからそろそろ目が覚める頃合いかも」
「良かった…そうだ、魔力に余裕がありそうだったらアルキィさんとルティさんの傷とか見てもらってもいい?」
「わかりましたぁ」
夢乃の言葉に微笑みながら返事を返し、すぐにアルキィとルティの側に駆け寄って行く。
過夜やアルバンス、キナ・フィナに優々たちは何かを話したり、何処かに連絡を取ったりしている様子を見つめながら、夢乃はそっとその場に座る。
横には、実・未來・幻華が気を失っており、所々衣装に痕跡は残っているが、傷は見当たらない。
笛を吹いたのはどうやら未來だったらしく、手の中に握られているのを見つける。
皆の無事に安心をし、横に寝ている実の前髪をそっと撫でながら様子を伺っていると、小さく口が笑う。
「!……起きてたの?」
「少し前に目が覚めた……この場所ってことはあたしたちは死んでいなかったのか、それで何かあったの?」
周囲を見渡し、状況把握しつつやはり先生方が集まっていることに違和感を感じたらしく、実は夢乃に尋ねる。夢乃が応えようとしたタイミングで、ルティ・アルキィ・想朱が近づいて来ては、声をかけられる。
「その話、少し待ってくれない?」
「学園の敷地内に敵国のメイドが現れたから、この話は今後のことも踏まえて学園長を含めて話さないといけないんだ」
「なるほど、解りました……ルティさんとアルキィさんの傷はどうだったの?」
「2人共、傷が無かったんですがぁ……アルキィさんは血を流しすぎて貧血気味らしいです」
「それなら早めに休まないと」
「コホン、皆聞いてくれ」
咳払いをし、周囲の視線を集めた過夜は連絡していた内容、聞いた指示を口にしていく。
「ここで起きた出来事は全て報告した。
後日改めて、関わったメンバーで話すけど今は学園長からの指示で、今回の戦闘訓練は中止、次の授業は無しになって特別クラスは皆寮に帰るように言い渡された
それからアルバンス、お前はお店の方で待機。ここで起きた出来事は他言無用とのこと。
あたし、キナ・フィナ、優々、吹枝の4名は今から学園長室に行って話し合いが行われる。
ルティとアルキィは店に戻って休んでくれ、護衛にはこちらから連絡をしておく」
過夜はそう言うとルティとアルキィは、「ありがとうございます」と言って歩き始める。
それに続きキナ・フィナたちも行動に移りつつ、過夜は夢乃たちがいる方へと歩み寄る。
「まだ未來と幻華が目覚めてないみたいだけど大丈夫か?」
「はい、未來は私が背負って幻華は想朱が背負って寮に戻ります」
「わかった、じゃあまた」
それだけを言って過夜は他の先生方を追って走る。
残った夢乃たちは宣言通り、夢乃は未來を想朱は幻華を背負ってまず学園に向けて歩き出す。
帰りの道のりは、各々疲れが出始めたのかそれとも緊張の糸が切れたかのように静寂で、歩く足音だけが聞こえていた。
寮にやっとの思いで着いた頃には、眠気に襲われており足元がふらついていた。
「夢乃、大丈夫か?」
「ん〜、へいき」
「ふぁぁ、このまま想朱の部屋に連れて行って寝ちゃおっかなぁ」
「ふふ、それ起きたらまた幻華が怒るパターンだよ」
「それもそうですねぇ」
ふにゃふにゃになりながら会話する2人を心配しながら見ていた実は我慢ができず、まず部屋の離れた幻華を想朱から回収し、幻華の部屋で手慣れた作業で着替えさせて布団に入れる。
次に未來の部屋まで辿り着いたものの、ベッドに未來を降ろして眠りかけている夢乃をまず退かし、再び慣れた作業で着替えさせて布団に寝かせる。
最後に夢乃を連れて想朱の様子を覗き込み、大丈夫そうだと判断し、そのまま夢乃の部屋へ移動する。
「ほら夢乃、頑張ってくれ」
「ふぁい」
「……今回、あたしは役に立たなかったな」
夢乃の着替えを手伝いながら思わずポロッと口から溢れた言葉に、夢乃はうつらとした瞳で実を見つめつつ優しい微笑みを見せる。
「なにいってるの?……実がいたからアルキィさんとルティさんをひきはなせたし、あしどめをしてくれてたでしょ?それ、とてもたすかってるんだから」
そう言いつつ、そっと伸ばされた手は実の頭を優しく撫でる。
そんな些細な行動でも、実にとって嬉しく感じ、じわりと涙が滲む。
「ふふ、実が泣いてる……実も一緒にねよ〜」
「え、あ、ちょっ」
腕を惹かれてベッドへダイブ。
横になった夢乃がすぐに夢の中へと旅立ってしまったが、そんな夢乃の寝顔を少しの間見つめた後、布団を掛けてお言葉に甘えて実も横になる。
小さく聞こえる寝息に、ふぅと息を吐き、実は夢乃を起こさないようにそっと抱きしめる。
「………このまま安らかに眠れますように」
囁くように呟き、実も気がつけば夢の中へと旅立っていく。
実の呟きを聞く者はおらず、言葉は虚空に消え、寝息だけがこの部屋の静寂を支配していく。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
次回も読んでいただければ、幸いです。