夢の人(I’ve Just Seen a Face)
ちょうど二年前に、代表作『こんな故郷の片隅で 終点とその後』を書き始めました。
今日はその記念作です。
イラストです。
英くん
冴子さん
。。。。。。。。
配達から帰ると、ちょうど日光精機さんが来ていて蒸練機のスプロケット交換の最中だった。オヤジさんはその立ち合いで手が離せないし、急いで作務衣に着替えて店に出た。
あーちゃん達にお茶を出してると、店の電話が鳴った。
出てみると住職様だ。
『スグル! 節子さんが倒れた! とにかく病院にお連れしたが……ちょうど加奈ちゃんが居て助かったよ』
ばあちゃんが倒れた!! 『今日は月命日だから』と墓参に出掛けたばあちゃんの儚い背中が目に浮かぶ……心配が現実となった!!
でも、そのばあちゃんの言葉が頭をよぎる。
『スグル!お客様を待たせちゃいけないよ! お客様あっての私らなんだから!自分たちの事は二の次三の次だよ!』
病院には加奈姉もいるし……
「住職様!ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございません。だけど……ちょうど店が混んでいてすぐには出られないんだ。そのあたりの事情は加奈姉も理解していると思う、だから……」
『四の五の言わずに来い!! てめえの肉親だろうが!! 住職様や赤の他人に迷惑を押し付けんじゃねえ!!」』
電話口から発する物凄い剣幕の女性の声がオレの耳から心へ突き刺さった。
なんだ!!?? これは!!
心に鋭く突き刺さった声は弾けて!!
そう!! まるで心臓から全身に血が巡る様に心の隅から隅まで広がっていく。
だけどそれは温かいんだ!!優しいんだ!!
なんだろう??
この女の人は??
そう、確かに女性の声だ!!
こんなに鋭いのに
懐かしく心に染み入る。
目が覚めた時
なぜか涙が止まらなかった
夢で出会った探し人の様に……
「オヤジさん!!」
オレは受話器を耳にくっ付けたまま奥へ怒鳴っていた。
「ばあちゃんが倒れたんだ! 病院へ行って来る」
それから“受話器に戻って”住職様に頼み込んだ。
「今、電話で叱ってくれた人にお詫びとお礼を申し上げたいので僕が行くまで引き止めていただけますか」と……
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配達用のバンを駐車場に停めて病院に入ると住職様の“頭”が見えた。
その隣の……
「!!」
目が釘付けになった。
一目見て『美しい』と感じた。
瞬きして目を凝らすと
『優しい』と感じた。
もう一度目を凝らして確かめると
お仏壇で微笑んでいる“フレームの中の”母にそっくりだと感じた。
オレはさっき耳を打った“あの声”を思い出した。
オレの記憶にはまるで残っていない“母の声”はあんな風だったのだろうか……
確かめたい!!
駆け寄ってまず一礼した。
「孫の前橋英と申します」
「佐藤冴子です」
その声にオレの全身は、まるで猫が毛を逆立てる様にザワザワとなった。
自分の中の一番奥底にある何かをギューッ!!と掴まれた様な気がする。
それは……中3の時、まったく唐突にタンクトップの胸元に顔を押し付けられた時に嗅いだオンナの匂いではなく……小6の時、無意識に振り向いてしまった……加奈姉から立ち上る香りを10倍くらいにした芳しさを纏ったこの人は……確かに母に似ている……これは亡き母に寄せる思慕ゆえなのか?それとも夢で見た人が現れたのか??
頭がパンクしそうになるまでグルグル考えて、ハッ!と気が付いて思いっ切り頭を下げた。
「あの… さっきはスミマセンでした!!ばあちゃんの口癖が『お客様を待たせるな。自分たちの事は二の次三の次』だもんで…」
その人……冴子さんから「謝りながら言い訳するやつは!!、サ・イ・テー!!」と捻り上げられて……オレはとても凹んだ。
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病室の明かりですらプラチナの様に光り輝く髪がシャキ!と言う音と共にばあちゃんから離れた時、小学校の時に“習った” オー・ヘンリーの「最後の一葉」が頭に浮かび、こみ上げて来る涙を必死で抑えた。
でもばあちゃん自身は「お相撲さんの断髪式みたい」と、この状況を楽しんで見せた。
冴子さんも何か思う所があったのだろう。
いつの間にか握っていたばあちゃんの手をそっと放して
「御髪をお入れする袋をお持ちしますね」と席を立った。
冴子さんが病室から出るのを見計らったばあちゃんが、「ああ……冴ちゃんがスグルのお嫁さんだったらねえ」とオレの方を見たので、冴子さんの背中を目で追っていたオレは慌てて目を反らした。
「まあとにかく、冴ちゃんに頼んでみましょう」
それは……遠い昔、欲しい玩具を前に頭を撫でてくれた時と全く同じで……オレはバツが悪くて黙り込んだ。
なのにオレの頭の中は『冴子さん』『お嫁さん』との言葉だらけになってしまって……
婚姻届が付録に付いている結婚情報誌をコンビニでコッソリ買ってしまった。
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“和菓子屋の店員”としてのオレの給料は趣味の釣りの他には使うアテが無く、いずれはやらなければならない店舗改装資金の一助として、大半を預金していた。
その預金通帳とオヤジさんが証人欄に署名してくれた婚姻届けを冴子さんの前に置き、仏間の畳の上で“ばあちゃんを言い訳にして”ひれ伏した。
「僕と!! けっ!結婚していただけませんか?」
と……
『私をバカにしているのか?私をカネで買う様なことはやめて!』と怒られたけれど、『ばあちゃんが居る間だけなら』と言う期間限定で冴子さんと婚約できた。
こんな事をしてしまう自分の酷さに自分自身うんざりした。
オレは中3の“あの時”から一向に変わっていないのだと痛感した。
だから、せめて!!
邪な欲望に負けて冴子さんに手を触れる事だけはするまいと心に誓った。
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ばあちゃんが亡くなって……冴ちゃんもオレの前から消えた時、この世にたった
独り取り残された気がした。
すべてはオレの……意気地のなさが招いた事だ!!
でも冴ちゃんは生きている!!
“この世界にたったひとりの愛しい人”を……オレから諦めるなんてできる訳が無い!!
何としてでも冴ちゃんを見つけ出して、オレ自身の言葉でもう一度プロポーズするんだ!!
そして、優しい冴ちゃんは、こんなオレのプロポーズを受け入れてくれた。
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今年の夏は ばあちゃんが居て冴ちゃんが居て 毎日がとても愛おしかった。
あの“月命日”の日、ばあちゃんの背中が儚く見えたのはオレの間違いだった!!
ばあちゃんはどんな時も前向きで、例え“命のロウソク”の炎が揺らいだとしても歩みを止める人では無かった。
だからこそ、オレと冴ちゃんは出会い、こうして一緒に居る事ができる。
ばあちゃん! 一甫堂を建て直す事にしたよ。
新しい店舗はビルにしちゃうよ!賢兄の会社のオフィスも構えるんだ!!
賢兄が居て加奈姉が居てオヤジさんが居て冴ちゃんが居てオレが居る……
『めざせ大家族!!』だよ。
でも心配しないでね。仏間や縁側に面した部屋はそのままにするから。
その事を、冴ちゃんはずっと望んでいたんだ。
知ってるよね!冴ちゃんが“そこ”に居る時はいつもばあちゃんと話しているから……冴茶ソ淹れながら。
そんな事を考えてながら……オレは照明器具が下がっている紐の先がぼんやり光っているのを見ていた。
ついさっきまでオレと“命のぶつけ合い”をしていた冴ちゃんは信じられないくらいの穏やかさでスヤスヤと寝入っている。
これがきっと、女性の素晴らしさなんだろう……男なぞ敵う訳が無い……
寝返りを打った冴ちゃんがオレの腕を温かく柔らかい胸に抱き込んでくれた。
“命のぶつけ合い”が思い出されて、オレはモゾモゾしてしまう……
斯様にオトコは仕方のないモノだが……
中3の時のオレは……“劣情”の結果の責任を取ろうとしてオヤジさんに弟子入りした。
25歳の今のオレは……愛する冴ちゃんと二人で……あかりちゃんが“宿る”のを心待ちにしている。
冴ちゃんがその心の内に抱えている大きな悲しみや後悔、オレが心の内に抱えている罪の意識……それらがあって今の二人である事が
とてもとても幸せで……
冴ちゃんへの愛は毎日毎日、とどまる事無く深まって行くんだ。
おしまい
今朝ほど『こんな故郷の片隅で 終点とその後』に44PVをいただきまして、嬉しくて急遽書きました。
スグルさん視点で
出だしは https://ncode.syosetu.com/n4895hg/4/ 辺りからです
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