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最終話 寺院で教えを授ける幼きキリスト

 ――― 22年後 1945年 オランダの裁判所


「彼には死刑、もしくは無期懲役が妥当だと思われます」

 広い法廷内に検察の声が響いた。

 58歳になったメーヘレンが問われている罪は、贋作の製作ではない。

 彼がこれまで描いてきた贋作は10点を越えていたが、それらのほとんどはフェルメールの真作として美術館やコレクターに所蔵されているからだ。

 1点として贋作だと見破られたことはない。

 では、なぜ罪に問われているのか。

 彼が問われている罪は、国家反逆罪。

 内容は、オランダの宝であるフェルメール作品を国外に流出させた罪である。

 数年前、メーヘレンはドイツ国ヒトラーの側近に、フェルメールの贋作を売却したことがある。

 その事実が今になって罪に問われているのだ。

 売却されたのが偽物のフェルメールだと知っているのは、メーヘレンと一部の仲間だけ。

 検察も裁判官も国民全てがメーヘルンは真作のフェルメールをヒトラーの側近に売り渡したと思っている。

 メーヘレンが死刑を免れるためには、裁判所に持ち込まれた証拠品のフェルメールが贋作だと証明しなくてはならない。

(命には代えられない)

 そう思ったメーヘレンは、事の真相を打ち明けた。

「そのフェルメールは偽物だ」

「なぜそう言える? 証拠はあるのか」

「証拠は私だ。私が描いた」

 嘲笑まじりにざわめく法廷内。

「おい、この場に及んでいい加減なことを言うんじゃない」

 小ばかにするような笑みを浮かべる検察。

「嘘ではない。本当だ」

 メーヘレンがどんなに訴えても、検察側は聞く耳を持たない。

「裁判長、もうこれ以上の話し合いは無駄です。そろそろ判決をお願いします」

「待て、待ってくれ。信じてくれ、そのフェルメールは偽物なんだ」

 必死に食い下がるメーヘレン。

 追い詰められた彼は、無理を承知でこう言った。

「い、今、この場でフェルメールの贋作を描く。それなら信じてくれるだろ?」

 言葉を聞いた検察が真顔に変わる。

「たわけたことを! そんなことを言って、もし描き上げた絵が箸にも棒にも掛からぬ絵だったら、そのときは分かっているだろうな!」

 メーヘレンは裁判長に向き直った。

「その時は、どんな裁きも受けましょう」


 裁判長は休廷を挟んでメーヘレンにチャンスを与えることにした。

 控室に移るメーヘレン。

 一部始終を見守っていたヨアンナが彼の元を訪れた。

「あなたの画材は私が用意します。でもその前に聞いて。あなたはフェルメールの贋作を描くつもりかもしれないけど、もしそれが認められたとしても、今度は逆に長年に渡って贋作を描き続けてきた罪に問われる。死刑を免れたとしても、一生刑務所で暮らすことになる可能性が高い」

 ヨアンナの忠告に耳を傾けるメーヘレン。

「今日これから描く作品は、恐らくあなたにとって最後の作品になるでしょう。もしフェルメールの贋作を描いたとしたら、あなたはフェルメールの模倣が上手なだけのただの詐欺師で終わる。でも、もしあなたが今まで本当に描きたかった、人生の集大成となるオリジナル作品を描いたとしたら、あなたは1人の天才画家として後世に名を残せるかもしれない」

 メーヘレンの手に自らの手を重ねるヨアンナ。

「画家生命最後の作品として、あなたはいったい何を残すの?」


 休廷後、法廷に用意されたキャンバスに向かい合うメーヘレン。

 鬼気迫る表情で筆を手に取った彼は、その表情とは裏腹に繊細だが迷いのない筆遣いでキャンバスに色を重ねていく。

 その手捌さばきを見た聴衆は、一目で彼がただの絵描きではないことを理解した。

『寺院で教えを授ける幼きキリスト』

 この時メーヘレンが描き残した絵は、後にそう名付けられる。


 裁判後、メーヘレンは描き上げた絵が証拠となって国家反逆罪を免れた。

 世論は彼の二つ名を『国宝を敵国に売り渡した売国奴』から『ナチスに一泡吹かせたオランダの英雄』へと変えた。

 しかし、その名声を得たわずか2ヶ月後、彼は突然この世を去ってしまう。

 果たして、メーヘレンは死刑を免れたくて贋作を描いたのだろうか。

 それとも、描き上げた贋作こそが彼自身が追い求めた究極の芸術品だと言いたかったのだろうか。

 真相は、彼の作品から読み解くしかない。




美術界を手玉に取った天才画家の最後のメッセージ 終わり

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