【秋原 秀二】
《戦争なんて、知ってるようで知らなかった。テレビを通した映像や、アニメなんかとは何もかもが違ったよ》
「ハイル、ヒットラー!」
「お兄ちゃん何やってんの?」
「いや、テレビで演説やってっから、演説ならやっぱこれかなって」
妹は俺の回答を聞いて不思議そうに首だけ傾げ垂れてきた長い黒髪を後ろに払いつつ、居間から出て行った。勢い余って立ち上がっていた俺は、もそもそとこたつへ戻る。
――年が明けちまったよ。もう今年は俺も受験生だ。妹は中学二年目で浮かれモードだし、全く羨ましい限りだ。
俺は俺で、予定では二年前に何か大きな世界の陰謀に巻き込まれ、戸惑いながらも何人もの美少女に囲まれながら世界を救うはずだったのに、人生そうは上手くいかないらしい。
そもそも、この世界には陰謀が表舞台へ昇ってくることがない。大勢の平凡な人間は平凡な等身大の悩みに苦悩しながら平凡な人生を過ごしてやがて死んでいく。
そんなことを考えながら俺はポテチの袋に手を突っ込んだ。
「……本当、そう上手くはいかねぇや」
もそもそとこたつから這い出して、俺はダウンを着る。
「ちょっとコンビニ行ってくるわ」
「あ、お兄ちゃんあたしの分も~」
「へいへ~い」
俺は溜息をついて家の玄関へ行き座り込んで長靴を履くともう一度立ち上がってドアを開けた。
「うわーすげぇ雪」
行きつけのコンビニまでは徒歩二分、視界は殆どないと言っても良かったがそこは通い慣れた道、多分問題なく辿り着けるだろう。
俺はダラダラと歩きだした。視界が霞むほどの、吹き荒れる雪の中を。
「ありがとうございましたぁ」
こんな日にも関わらず愛想の良い店員に心温められながら、俺はコンビニから外へ出る。
店舗の看板が光っていて助かった。あれがなきゃ、今頃道に迷って本気で雪だるまになってたかもしれない。
不安は多少どころじゃないが、帰り道は勘しかないだろう。
「さぁ~て、行きますか」
俺は無駄に気合いを入れて帰路につくと、辺り一面純白に覆われた世界の中で感覚だけを頼りに進み始める。
すると、突然すぐ近くに灯りがついたように橙色の大きな光が浮かび上がった。
なんの灯りだか知らないけど、幸い家の方向はあそこら辺だ。帰りやすくて助かる。
さっさと家に帰りたかった俺は、小走りにその灯りへ向けて駆け出した。そして、その灯りへどんどん近づいて行き、その正体に気付いた瞬間。
俺は、呆然として立ち尽くしてしまった。
「……嘘だろ」
燃えている、俺の家が。
「……なんでだよ、なんなんだよ一体」
なんで、こんなことに……?
「父さん、母さん。桜!」
駆け寄る俺を嘲笑うかのように炎は激しく揺らめき、俺が家へ近付くことを許さない。
思わず膝をついた。立ってなどいられなかった。
「なんで……こんなことに……」
今度は思いが口に出た。
その時、茫然とする俺を突如、突風が弾き飛ばした。
「……巨人?」
吹き飛ばされて雪の上に大の字に転がった俺は、確かにその時機械仕掛けの巨人を見た。俺のすぐ上を高速で滑空し、機械の巨人は瞬く間に闇へと消えていった。
「死神……」
闇に溶けていく巨人の姿が今の俺にはそう見えた。
俺はこの日、唐突に戦災孤児となった。生きる術も、戦う術も、何一つ持たない俺は朧げな橙色に照らされる雪の中、ただ茫然とするしかなかった。