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ヴェレス戦記  作者: 百瀬(ももせ)
3/21

【カリン・フォードウェル】

《死んだほうがマシだもの……あたしを殺すか、みんな死ぬのか、どっちかにしてよ……こんな生き地獄、堪えられないから……》



 あたしは旅行で日本へ来た。

 今年のハッピーニューイヤーはここで迎えるんだよって、パパとママが言うから。

 おじいちゃんとおばあちゃん、パパとママ。そして、お兄ちゃんと一緒に北海道へやって来たのだ。

 しかし、それにしても凄い雪。空港のガラス越しから遠くが全く見えやしない。あたしにはこんな中で着陸を強行した機長の気が知れないわ。

「カリ~ン、何してんだ? 置いてくぞ~」

 あれ? そんな事を考えていたら、いつの間にかみんな空港の出口へ向かってる。

「待ってよ、お兄ちゃん!」

 あたしは急いでキャリーバックを引きながらお兄ちゃんへと駆け寄った。

 出口には白いワゴン車が用意されていて、これからこの車でどこかへ行くらしい。

 先に乗り込むお兄ちゃんたちへ続いてあたしは素直に車へ乗り込み、パパが全員しっかりと乗っていることを確認するとアクセルを踏んだ。

「初日の出っていうやつを見に行くぞ! 日本のはまた格別らしい」

 あたしに語るお兄ちゃんの目はとても輝いていて、とっても楽しそう。

だからその時とっくに全てが始まっていたことも、これが進んじゃいけない道だったってことも気付けなかったの。

 だってあたし、この時幸せだったから。





 岬に立ったあたし達が見たかったのは初日の出。

 でも、あたし達が見たのは、巨大な死神だった。

「こんな……イヤ、イヤ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」

 次に目の前に広がったのは、暗闇でもわかる血の海。

 おじいちゃんとおばあちゃんが、無機質な轟音と同時に一瞬で変わり果ててしまった。

 何がなんだかわからかったけど、これだけはわかった。

 ――殺される。

 そう頭で理解するより前に、あたし達は悲鳴をあげながら走り出していた。そしてパパとママが車に乗り込み、あたしとお兄ちゃんももう少しで辿り着くと思った矢先、目が眩むような光と一緒に車が爆発した。

 爆発に吹き飛ばされたあたしは、地面を転がり、そしてそこで何かをあきらめた。

 ――ああ、あたし死ぬんだ。そう覚悟したけど、あたしに終わりは来なかった。

「走れ、カリン!」

気づくとお兄ちゃんに手を引かれ、あたし達は逃げるように走り出していた。

あの大きな死神はあたしたちの事を追っては来なかった。あたしとお兄ちゃんは何時間もかけて弱々しい足取りで放心状態のまま街へ戻った。

出来るだけ早くここを離れたい……。そう思ったあたしとお兄ちゃんの足は自然と空港へ向かっていた。でも、空港があったはずの場所まで辿り着いたあたし達が見たものは、無残に破壊されうず高く積み上げられた瓦礫の山。

 途方に暮れてしまったあたし達は前もってパパから教えられていたホテルへ向かうことにした。

そこで知ったの、戦争が始まったんだって。

そして、そのうちお金が無くなって、あたし達は路頭に迷うことになった。

「大丈夫だよカリン。俺が絶対にお前を守るから、だから頑張れ」

 あの時お兄ちゃんがいなければあたしは、多分耐えられなくて死んでたと思う。

……ううん、確実に死んでた。でも、『お兄ちゃんがいる』そのおかげであたしは生きてこれたの。

 あたしは今がいくら辛くても、お兄ちゃんさえいれば。そう思えた。

 そしてしばらくして。

 ――唐突に、とても唐突に、お兄ちゃんが死んだ。

 何があったわけでもない、ただいつも笑顔をくれたお兄ちゃんは、自分を励ますのを忘れていただけ。

 路地裏で寝そべるお兄ちゃんは、二度と起き上がることはなかった。

 とうとうお兄ちゃんまで、呑まれてしまった。なら一層、あたしもここで――。

とても大切な家族の死の瞬間を目撃した時、人間にはその辛さから逃れるために自分自身の命を止めてしまえるという話を聞いたことがある。

 あたしはお兄ちゃんの横に寄り添って、目を閉じた。

「使えるか?」

「実験体として申し分ないかと」

 不意に、頭上で話し声が聞こえた。

 ――あたしの眠りを妨げないで! あたしはもうこの世界にいたくないのに!

「……なら、決まりだろ?」

 この日、呑まれかけていたあたしは、死の沼から引き上げられた。


……悪魔たちの手によって。

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