旅行に行くと決めました
美しい母にそっくりな妹は、とても純粋で明るく庇護欲がそそられる可愛い女の子。そんな妹の周囲には、常に沢山の人がいる。
対して、姉の自分はどうだろう。父の母である先代女公爵は“氷の女傑”と呼ばれた、凄腕の女性だった。傾きかけていた公爵家を立て直し、帝国一の財力を成した祖母は素晴らしいと評される反面、自他共に認める厳しい人だったと聞く。
父に公爵位を譲ると積年の無理が祟ったのか、体を壊し、数年後この世を去った。
厳しく育てられた父は祖母を尊敬していた。棺に入れられる際は声は上げていなくても、瞳からはずっと涙が流れていたと聞く。母も同様だ。次期公爵夫人として接せられ、時には逃げ出したくなった時は何度もあったと語るも、決して祖母を恨んだりせず。寧ろ、積極的に自分から祖母に教えを乞うたと語っていた。
そんな祖母の容姿に瓜二つなのがカトレアである。
「カトレアお嬢様、奥様がケーキを食べましょうと皆様を食堂に」
侍女のカナリアが母の言伝を言いに来る。今屋敷にいるのはカトレアと妹アリアナと母。カナリアは「それとゲレオン殿下とユリアン様が先程屋敷にいらっしゃりました」とも告げた。どうやら、母が事前に二人を呼んでいたらしい。ゲレオンはカトレアの、ユリアンはアリアナの婚約者。
「カナリア」
「はい」
「行かない。寝ていると言っておいて」
「え、しかし」
「いいの。その方がゲレオン様はアリアナといられるでしょう?」
「お嬢様……」
窓際に立っていたカトレアは振り向いて発した。
カトレアに何も言えなくなったカナリアは頭を下げて部屋を出て行った。
悲しげな眼差しをされたが事実なのは皆知っているから否定しない。
再び窓に目を向けた。
「私もアリアナになりたかった」
嫌われていない。遠ざけられている訳じゃない。
両親も妹も周囲も惜しみない愛情をカトレアに注いでくれる。
それでも、人の感情、特に瞳というのは嘘がつけない。
皆、カトレアを通して祖母を見てしまう。会ったことのない祖母に似ているとイマイチピンとこないカトレアでも、一度肖像画を見せてもらうと納得してしまった。
確かに瓜二つだと。
冷たいアイスブルーの髪も深慮を彷彿とさせると言われた深い青の瞳も――顔立ちまで祖母にそっくりだった。
対して妹のアリアナは、母と同じ桃色がかった銀髪に青の瞳で愛らしい姿は母と同じ。
「……私もアリアナみたいな、可愛い女の子になりたかったな」
そうすれば、婚約者も少しはアリアナに向けるような優しくて愛しさが込められた瞳でカトレアを見つめてくれたかもしれない。
ゲレオンは帝国の第二皇子。カトレアと結婚すれば、婿養子として公爵家に入る事となっている。
ユリアンは宰相を務める侯爵家の長男。
お互い成人まで後一年。来年には貴族院に入学し、卒業すれば、それぞれ立場が変わる。
「カトレアお嬢様は十分に可愛い女の子です!!」
「うわ!」
誰もいないから呟いた言葉を退室した筈のカナリアが否定した。見ると扉は開いており、部屋のテーブルにはカトレアの好物であるアップルパイと葡萄ジュースの入れられたグラスとピッチャーが置かれていた。
「ビックリするじゃない……!」
「お嬢様があまりにも卑屈なことを言うのでつい」
「悪く思ってないわね。全く。所で、あのアップルパイは?」
「お嬢様に言われた通り、お休みになっていると奥様に言ったら、起きたら食べるようにとお預かりしました」
「そう。……ゲレオン様は嬉しそうだった?」
「そんな訳ないじゃないですか! お嬢様が来ないと聞いて沈んでおられましたよ」
「そう。気遣ってくれてありがとう」
「お嬢様……」
彼は完璧な第二皇子と評判だ。文武両道で一分の隙も見せない。カトレアに好意がある体を装って、内心ではアリアナといられる口実が出来て嬉しがっているに決まっている。
カナリアが頭を抱えているのは何故なのだろう。ゲレオンが叶わない恋をしているのは知っているのに。
席についてグラスを持った。葡萄ジュースは色が濃くて最初不気味に感じたが飲んでみると好きな味で。一度飲んで以来、好んで飲むようになった。
カナリアが側に来たので話し相手になってもらうことにした。
「もし、私が家を出たいと言ったらカナリアは反対?」
「当然です!」
「よね……」
「……でも、お嬢様があまりにも思い詰めていらっしゃるので無理には反対しません」
意外そうに顔を向けるとカナリアはふわりと笑んだ。
「お嬢様がお祖母様にそっくりな事に悩んでいると旦那様も奥様も存じておいでです」
「父と母が?」
「はい」
そうだろうか? どんな時でも通常通りにしか見えなかった。時偶、祖母を見ているのだと気付いても誰にも悟られないようにしてきた。カナリア以外相談した事もない。
「そう……。我儘を言ってもいいなら、貴族院入学までに遠い国に旅行をしてみたい。家出をしたら心配させてしまうから」
「今にも家出をしてしまいそうですからねお嬢様……」
「何度か試みたのよ? でも、皆を心配させたらと思うと出来なかったの」
「お嬢様を心配しない人なんてこの屋敷にはいません!」
「うん。ゲレオン様だけね、心配しないのは」
「そんな事は……」
あるのよ、とカトレアは葡萄ジュースを飲んだ。
「ゲレオン様が何時だって見ているのはアリアナだもの。私以外は誰も気付いていないようだけれど」
「偶にはそうでしたがずっとお嬢様を見ていた気が……」
「ずっとじゃないもの。周囲に勘付かれるヘマはしない方よ。それと手紙を送ってくれるでしょう? アリアナの大好きなマーガレット柄の便箋で書くの。私の好きな花はアネモネなのに。あと、アリアナが好きな物を私に贈るの。アリアナに贈れないから、私に贈るなんてね……」
「……」
絶句しているカナリアにハッとなったカトレアは申し訳なさを抱いた。愚痴を聞いてほしかったのじゃない。ただ、ゲレオンが本当に愛しているのはアリアナだと知ってほしかっただけ。
カトレアが好きな物をゲレオンが知っているか、どうか。怖くて答えが聞けない。
彼の前では、常に静かで慎ましくあった。
アリアナに恋心を寄せていると知っても、恋心を捨てられなかった。
せめて、ゲレオンの前では淑女の仮面を着けていたかった。
「お嬢様は……ゲレオン殿下ときちんとお話しされた方がよろしいかと?」
「……嫌よ。それでアリアナが好きだと言われたら、私立ち直れない」
「うーん」
結局、怖くて逃げているのは自分。臆病者だと言われようが本心を聞かされ心が折るのを避けたいだけ。悩む声を発したカナリアは「お嬢様」と再度呼んだ。
「旦那様に相談してみます?」
「何を?」
「ちょっと前の、お嬢様が遠い国に旅行したいという」
「どうして?」
「気分転換と言いますか……。新天地へ赴いて、少しでもお嬢様の気持ちが晴れれば、ゲレオン殿下と向き合う余裕も生まれるのでは?」
「なるかしら?」
「きっと」
「そうしてみるわ」
頼るのなら、やっぱりカナリアだと認識する。年上のカナリアは侍女であると共に姉のような存在でもある。本人に言ってしまえば、恐縮してしまうから言わない。
旅行か……。言い出しておきながら実行するつもりはなかったが、カナリアにこう言われるとそうした方が良いと思えた。何より、心に余裕が生まれればゲレオンと正面から向き合えるかもしれない。
――数日後。事前にカナリアが父に話を通していてくれたお陰で旅行話は円滑に進んだ。場所は父が交流のある他国の貴族が治める地。観光場所として有名で、カトレアも聞いたことのある場所だった。急な無理を承諾してくれた父に感謝の言葉を言うと父は悲しげな相貌を作った。
「子供のカトレアに気を遣わせてしまってすまなかったな。私や妻もカトレアを母と思ったことは一度もない。それでも自分でも気付かない間に見ていたのだな……」
「人の無意識は、自分の意思ではどうにも出来ませんわ。お祖母様が偉大な御方だとは知っています。そんなお祖母様を私を通して見られると……未熟者の私と同じにされたお祖母様に申し訳なくて……」
「そんな風に思わなくていい。母は生まれたカトレアが自分にそっくりだと知った時は、私と妻にキツく言い付けたものだ。“絶対にわたしのような可愛げのない女に育てるな、この子が苦労する”と何度も」
「お祖母様が?」
「カトレア。確かにお前は一見母とそっくりだ。だが、笑った時に頬にを手を添えるところや好きな物を食べる時とても幸せそうにするのは妻とそっくりだ。お前は母に瓜二つだが、仕草や雰囲気、性格は妻に似たんだ」
婚約者ともそうだが、カトレアは家族に対しても一線を引いていた。歩み寄ろうとしてくれていた家族から逃げていたのは他でもない――カトレア自身。無理に足を踏み入れてこなかったのは、きっとカトレアを案じてのこと。思い返すと父は事あるごとに母に似ていると言ってくれていた。逆に、父とはどんなところが似ていると問うた。
「私か? うーん……私自身、母に似ているとしたら嫌いな物がニンジンというだけなんだがな……」
「お祖母様、ニンジンがお嫌いだったのですか?」
「人前では絶対に出さなかったがな」
完全無欠の女傑にも苦手な食べ物があった。しかも、息子と同じという。
祖母の話を聞いていくと女傑も普通の人間と変わらないと認識してくる。
「旅行に行く話ですがゲレオン様には、暫く領地で静養すると偽ってほしいのですが。後、アリアナも」
「アリアナを説得するのは大変そうだが……なんとかしよう」
婚約者の恋心を奪った妹を嫌いに――など、ならない。昔から姉様、姉様と親鳥について回る雛鳥のようにカトレアに引っ付き慕ってくるアリアナをどうして嫌いになれようか。
アリアナは何も悪くない。魅力がなく、ゲレオンの理想になれない自分が悪いのだ。
ここ最近、部屋に籠っているので具合が悪いと説明されても周囲は納得してくれるだろう。まだ内緒にしている旅行の件についてのアリアナの説得を両親に託す。
「殿下の方は私から言っておこう」
「ありがとうございます」
「旅行から戻ったら、殿下とじっくり話すといい」
「? はい。そうします」
「うん」
カナリアが旅行に行きたい説明にゲレオンとの関係についても話してくれたんだろう。どんなに逃げたって最終的には話し合わないといけない。
定期的に手紙を送るようにと言われて父の執務室を出た。
部屋に戻る前に葡萄ジュースを貰おうかと方向転換をすると騒がしい声が聞こえてくる。辿って行くと発生元は玄関ホール。こっそりと覗くとカナリアに食ってかかるゲレオンがいた。
煌めく金色の髪と同じ色の瞳が、必死な形相でカナリアに迫っていた。旅行から戻るまで更々会う気がなかったがカナリアの危機を救わなくては、とカトレアは二人の前に出た。
「カトレアお嬢様……!」「カトレア……!」カナリアとゲレオン二人揃って安堵の表情をする。カナリアは分かるとして、ゲレオンは何故?
「ご機嫌よう、ゲレオン様。私の侍女が困っていますが一体如何されたのです」
「カトレアに会わせてほしいと何度頼んでも了承してもらえなくて……」
「本日、屋敷に訪問すると連絡は頂いておりませんが」
「すまなかった……。カトレアの具合がずっと悪いと聞いて先走った事をしてしまったんだ」
本当はとても健康でした、と言えない。
嘘だと知らないゲレオンは心配げにカトレアを見てくる。そこにいるのは婚約者を心配する姿。誰が婚約者の妹に恋をしていると抱くだろうか。
「私の方こそ、連絡が出来ず申し訳ありません」
「いや、いい。外に出ているということは、もう良くなったのか?」
ゲレオンには父から話を、とお願いしていたが自分から話しておこう。
「はい。ですが、まだ安定はしていなくて。それで先程まで父と相談を」
「相談?」
「領地で暫く静養すると決まりました」
「! そうか……どのくらい?」
「貴族院入学までと考えております」
「そんなに長く……。悪い病でも?」
「いいえ。ただ、長い時間静かな場所にいたいと思い」
「そうか……」
本当は静かどころか、活気溢れて人で賑わう観光場所へ行く予定となっている。
カトレアはここで保険をかけておこうと決めた。
「あの、ゲレオン様にお願いが」
「お願い? 何でも言ってくれ!」
ゲレオンが意外な程乗り気なのはどうしてかと内心首を抱くも気にしないでおこう。
「もしも、静養が上手く出来なかったら私との婚約を解消してほしいのです」
「な……何故……」
「私と結婚すれば、公爵家をゲレオン様が継ぐこととなりますが、頼りない私ではゲレオン様の妻を最後まで務められるかどうか不安で……。もしもの場合は他の方と婚約を結び直してほしいのです」
本音で言えばアリアナと結び直してほしいがユリアンと相思相愛と名高い二人を引き裂く真似はしたくない。
ならどうするか? ――ゲレオンには、別の女性と結ばれてほしい。
最悪カトレアが無理なら、アリアナとユリアンが公爵家を継いだらいい。ユリアンには弟が三人と妹が一人いるのだから、後継者問題が起きても大丈夫だろう。
「俺は……カトレア以外との婚約は考えられない」
「もしもの場合です」
「……やっぱり、どこか悪いのでは」
「いえ……私の後ろ向きな意見です」
「なら、前向きに考えてほしい。俺が出来ることは何でもするし、あるなら言ってほしい」
「ゲレオン様に気を遣って頂くわけには……」
「関係ない。俺は君の婚約者なんだ。カトレアは気にしなくていいんだ」
カトレアは内心悩む。必死になってまでカトレアとの関係を続けて、僅かなアリアナとの接触を望むのかと。
そして、そうまでして想いを寄せられるアリアナが羨ましい。
どうすればゲレオンを納得させられるか、諦めさせられるか……。
妙案は浮かばない。
お互い黙っていると不意にゲレオンが口を開いた。
「カトレアが領地に行っても頻繁に手紙もプレゼントも贈る。だから、元気になって戻ってきてくれ」
「はい」
良かった。納得しているかは置いておき、会話は良い方向へと行ってくれそうだ。
領地へは届かない。
カトレアが行くのは外国なのだから。
ゲレオンを何とか返したカトレアは部屋に戻った。疲れたようにソファーに座った。
「大変だった……」
「お嬢様が来るまではもっと大変だったのですよ? 一目でいいからお嬢様に会わせてくれと殿下は諦めてくれませんでしたもの」
「そうまでして体裁を保たなくても」
「お嬢様。本当に殿下との未来を諦めるにしても、一年後きちんと殿下と話し合ってくださいね。そうでないと殿下が哀れです」
「アリアナと接触出来る口実がなくなるものね」
「そうではありません……! ……非常に言い難いのですが、殿下がアリアナお嬢様の好きな物をカトレアお嬢様に贈る理由に思い当たる節があります」
「え?」
驚いてカナリアを見た。言葉通り、言い難そうである。
「カトレアお嬢様は最初の頃、殿下と会う時非常に緊張していましたよね?」
「え、ええ」
「周りに人がいたら余計緊張するからといつも殿下と二人きりでお茶をしていましたよね。その時に殿下とどんな会話をされたか覚えていますか?」
お互いの事を知ろうとゲレオンは緊張しまくって吃りまくるカトレアを急かさず、辛抱強く話を聞いてくれた。好きな物を聞かれた時自分はなんと答えたか。カナリアに言われて思い出そうとするが思い出せない。
あ、と声を出すとカナリアに頷かれた。
「カトレアお嬢様とアリアナお嬢様、幼い頃はよく二人一緒の物が良いと言って何でもお揃いにしてましたよね。マーガレットの花も好きな物も」
「……」
「最近、殿下に好きな物の話をした覚えは?」
「……ないわ。だって、ゲレオン様はずっとアリアナを見ているし、アリアナがいないと会話も弾まないし」
「お嬢様が話しかけ難い空気を出していたのも一つの原因かと……」
ただでさえ祖母と瓜二つなカトレアが無表情で黙り続けていると、言葉を発せられない圧をかけられ口が噤んでしまう。とはアリアナ談。怒った姉は父や母よりも恐ろしいと昔カナリアに語っていた。
「旅行へは私もお供します。なので、戻ったらちゃんと殿下と話しましょうね?」
「う、うん」
「それと領地へ静養ではなく、見聞を広める為の旅行に行くと話しておきましょう」
「それは駄目よ……きっと心配されるわ」
「殿下の事ですから、その内領地へ突撃しに来る可能性が」
「お父様にお任せしましょう」
カナリアが説得を試みても、これだけはカトレアは譲らなかった。
――旅行出発当日。
ゲレオンがアリアナを好いているという予想はカトレアの勘違い――だと本人はまだ信じておらず。他にも理由をカナリアに挙げるも、どれもカトレアの勘違いにしか思われず。
なら、長く距離を置いて会わない方が人の本心は見えてくる。力説してくるカトレアにカナリアもこれ以上何も言わなかった。
豪華な馬車に沢山の荷物が積まれていく。父の友人とは国境近くで落ち合う約束となっている。
昨日からアリアナはユリアンの家に泊まりに行かせたので問題はない。問題なのは戻ってから。暫くの間、自分もカトレアを追い掛けると騒ぐだろうが両親に任せた。その代わり、定期的に手紙と一緒にプレゼントも贈る。到着したらアリアナの好む物を沢山探してあげないと。
「本当に宜しかったのですか? 殿下に言わず」
「ええ。寧ろ、これで愛想を尽かされた方が楽よ」
「殿下が可哀想になってきます……カトレアお嬢様は殿下を好いていらっしゃるのでしょう?」
「うん……。でも、自信が持てない。カナリアの言う通りだとしても、やっぱりアリアナがいいと言われたら立ち直れないもの」
「そうですか……」
父や母とは、既に別れの挨拶をしている。今生の別れでもないのに大泣きする母を慰めるのには苦労した。父には「まあ、羽を伸ばしてゆっくりしてきなさい」と背中を押されたのでお言葉に甘えさせてもらう。
部屋で最後の準備を終えた。
もうすぐ出発だ。
「楽しみね、旅行」
「楽しみですがアリアナお嬢様とゲレオン殿下が心配です……」
「アリアナは時間が経てば落ち着くわ。ゲレオン様も大丈夫よ。お父様が私と偽って手紙のお返事はしてくれるみたいだから」
念の為、父には一年後になるまでは会うのを控えたいと言ってもらう。本当に領地に押し掛けられて実は他国に行ってますと知られると拙い。
「じゃあ、行きましょうカナリア」
「どこまでお供します」
一定の速度を保って過ぎ去る光景を興味深げに眺めるカトレアに気付かれず、カナリアはそっと息を吐く。
ゲレオンはずっとアリアナを見ているとカトレアは譲らなかったが、単にカトレアが心ここに在らず状態が常で周囲が何を話しているか聞いてなかっただけ。アリアナがゲレオンにする話といえば、カトレアに関することばかり。偶に同席するユリアンがいつも苦笑していたのは、カトレアの自慢話なら誰にも負けないとばかりにアリアナが話すからだ。
(お嬢様に言っても、信じてもらえないものね……)
カトレアにアリアナの好きなマーガレット柄の便箋で手紙を書いていたのも、好きな物を贈っていたのも全部カトレアの招いた結果だった。幼い頃のカトレアは人見知りが激しく、他人と接する事に慣れるまでに時間が要した。ゲレオンのお陰で人見知りは治ったと思ったら、このような弊害が起こるとは……。
一年後戻るまでには、ゲレオンへの勘違いを解くのがカトレアの使命である。誰に命じられた訳でもない、自分で決めただけ。
カナリアは「あ、見て、今鳥が飛んで行ったわ」とはしゃぐカトレアに苦笑しつつ、他国の地でのんびり羽を伸ばしてもらいたいと願った。