本当にここはどこなんだ
「...ここは?」
目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。
俺はいったい何故ここに?
...確かあの熊と戦って、後一歩のところで気を失って、でも誰かが倒してくれて...助けてくれたのか?
とりあえず、一度外に出ようか。花音の事も気になるしな。
そう思った瞬間、扉が開いた。
「お、起きたのか」
そう言って入ってきたのは、20代後半くらいのがたいがいい熱血そうなナイスガイ。
「ああ、はい。ついさっき起きて、今丁度部屋を出ようとしてたんです」
「そうか。あんまり動き回るのはやめておけよ。隣の部屋の嬢ちゃんも、何時間か前に起きたが、まだ休ませている。」
花音はとりあえず無事っぽいな。
「そうですか、ありがとうございます。あの、良ければ花音の状態とか、事の経緯を教えていただけませんか?」
「もちろんだ。まずな---」
そこから一通り話を聞いた。
まず花音は本当に何も問題ないらしい。少しだけ怪我をしているから俺が起きるまで一応休ませているだけだそうだ。
そして経緯についてだが、あの山は、本当なら比較的安全な採集スポットで、その奥の山脈が危険らしい。
だが、何故かその山脈にいるはずの熊が降りてきたせいで、1週間ほど前から問題になっていた。
この町の冒険者では通常のやつは倒せても、あの魔法を使う上位種が倒せず、隣にある中規模都市にいたこの人と、もう二人のパーティーが呼ばれた。
そして、町の入り口付近で戦いを始めたところ、急に山の方へと戻っていったため、慎重に後を追っていったら、俺たちがいた現場を見つけ、弱った一頭に止めを刺した後、俺たちを町に運んだ。
と、そういう事らしい。
「そういう事でしたか。あの、お強いんですか?」
「ん?ああ、それなりにな。それと、自己紹介がまだだったな。俺の名前はクライブ・レイリン。Bランク冒険者「星の静寂」のリーダーで、戦士だ。あと、俺にはため口でいいぞ。よろしくな!」
「わかり...わかった。俺は八神総介だ。こちらこそよろしく」
異世界初の知り合い獲得だな。どうやら助けられたようだし、心配もしなくてよさそうだ。それに、知人の有無で心の余裕は大きく変わる。
この人とはこれから仲良くしていきたい。
「ところで、俺からも1つ聞いていいか?」
「勿論だ」
「お前たち、どこから来たんだ?」
早速きたか。
「いやな、嬢ちゃんにも聞いたんだが、総介に聞けの一点張りでな」
なるほどな。花音は俺に丸投げと。
この件は、最初に『遠い町から事情があって来ました。』と言うと決めていたのだが、それが通用しなさそうだと判断したのだろう。
さて、なんて答えようか。
「..遠い町の孤児院から逃げて来たんだ」
「あの山にいた理由は?」
「金も食料もなくなったから調達に行こうと思った」
「....なるほどな。分かった。確かにここらじゃ聞かない名前だしな。まあ俺としてはなんでもいいんだが、最近魔族の侵攻が激しくなってきたせいで、聞かないわけにはいかなかったんだ。許してくれ」
まあ、これならとりあえずは誤魔化せただろう。誤魔化されてくれたの方が正しいか。
後で花音にも言っておかなきゃな。それよりも、
「魔族の侵攻?」
そういえば、種族については記憶にあったな。
この世界には8種の知的生命体がいる。人間、エルフ、獣人、ドワーフ、魔人、竜人、精霊、龍。
そして、それぞれに特徴がある。
とびぬけた能力を持たぬゆえに、何にでもなれる可能性を秘めた人間。
寿命が長く、基礎魔術が得意な代わり、繁殖力が低いエルフ。
身体能力が高い代わりに、魔術が不得意な獣人。
記憶力や技能が高い代わりに、魔術や身体能力が劣るドワーフ。
魔物に襲われず、全ての基礎能力が優れている代わりに、知能が低い魔族。
物理、魔術どちらにも強い耐し性をもち、他の能力も全てにおいて人間以上な代わりに、感情に乏しい竜人。
能力が特殊で、命や寿命という概念がなく強い能力を持つ反面、能力は偏っており、存在が希薄な精霊。
そして、個としての全てが桁違いに優れる代わりに、圧倒的に繁殖力が低い龍。
という感じだ。
「知らないか?今代の魔王が好戦的で、ここ10年の間中央種連合で戦っているんだ」
「中央種連合?」
「それも知らないか。人間、エルフ、ドワーフ。それと、10年くらい前に加盟した獣人だな」
魔族はそれほど手強いのか。やはり、魔物に襲われないのが大きいだろうな。魔族はどこからでも自由に攻め入れるが、人間側は魔物に邪魔されるからな。
「知らなかった。俺たちは魔術なんかの知識以外は何も知らないからな。今後、色々学んでいきたいと思うよ」
「ああ、その事なんだが、二人には俺たちと一緒に来てほしいと思っている」
「..何故?」
「お前たち、魔術を使ってたろ。知らないんだろうが、魔術師は貴重なんだ。それに、俺のパーティーメンバーはお前たちに魔術を教えられる」
ありがたい話だが、それじゃあ俺たちにしかメリットがないな。目的はなんだ?
「ただし、その代わりにお前たちには俺たちのパーティーに入ってもらいたい。出身が曖昧でも俺たちといればとやかく言われないだろうしな」
...なるほどな。そうすればクライブはパーティーの戦力強化、それと俺たちの監視もできるといったところか。
逆に俺はクライブに保証人のような存在になってもらえて、生活基盤も作れる。
WIN‐WINって訳だ。
「分かった。けど、少し考えさせてほしい。それに、他のパーティーメンバーの人や、花音とも話したいしな」
「それもそうか。じゃあまた後ではなそう。俺も一旦みんなと合流してくる。こっちもこっちで話さねえとな」
部屋の扉を開け、立ち去る所でクライブが言った。
「あ、いい忘れてたが、ここはあの山の麓の町の宿屋で、隣に嬢ちゃんの部屋がある。ここは6階だが、1階には食堂もある。今は昼刻2時だからやってるはずだ。俺たちは2階にいるから何かあったら言ってくれ。星の静寂って札があるのところだからな」
「わかった。何から何まで助かる」
「気にするな。じゃあまたな」
「行ったか...」
普通にいい人だったな。
さて、ろくに部屋も見ていなかったし、一度色々確認するか。とはいってもベッドと机がある程度だが。逆に言えば、それを二部屋分も用意してくれたのには感謝しかないな。
..よし、とりあえず花音の部屋に行こう。
ベッドから立ち上がり、花音の部屋を目指す。
とは言っても、真横だからすぐに着くけどな。
一応ノックをしながら聴いてみる。
「花音、居るかー!」
「入っていいわよ~~」
「失礼します」
ざっと見た感じ、花音の部屋も、俺の部屋と同じような造りだ。
そして、部屋の中央にあるベッドに花音がいた。
「おい、大丈夫なのか?」
花音は自分のおなかのあたりを指さしながら言った
「ええ、平気よ。ただ、私がリタイアしたタイミングで負った怪我が治りきってはいないから、一応少しでも安静にしようとしてるっていうだけよ」
「どんな怪我なんだ?」
「体内の血管が一部傷ついていたらしいわ。..あ、でも治癒魔術をかけてもらってほとんど治ってるし、そもそも命に危険があるような程でもないから本当に平気よ」
心配が顔に出ていたか。しかし、今回は俺が決断できなかったせいで花音に怪我をさせてしまったのだ。
次までに、ただの戦闘力だけでなく、心の準備もきちんとしよう。
「そうなのか。ならよかった..」
「で、どうかしたの?用があるんじゃないの?」
「あ、そうだ。」
花音に俺が目覚めた後の出来事を一通り話した。
「ああ、あの人ね。私は他のパーティーメンバーの人にも会ったけど、総介は会わなかったの?」
「ああ。クライブだけだった」
「呼び捨てなのね... まあいいわ」
どうやら花音は呼び捨てにしろとは言われなかったらしい。
そんなことより、他のパーティーメンバーのことだ。
「で、どんな人達だったんだ?」
「いい人よ」
そんな一言で言われても
「もっと詳しく説明してくれよ」
「冗談よ。説明するわ。まず、クライブさんの奥さんのエーリィさんね」
えッ!?
いや、いきなり凄いワードが来たな。ていうか、あの人結婚してたのかよ
全然そうは見えなかったが確かに言われてみれば納得できなくはないな。人がよさそうだったし、面倒見もよさそうだったし。
「彼女が回復役...ヒーラーらしいわ。まあ一目見ればわかるも格好してたしね。性格はまあクライブさんと似たような感じよ。まあもうこれも会えばすぐにわかるわ」
「なるほど。で、二人目は?」
「二人目は、ヘリンっていう魔術師よ」
その人が例の俺たちに魔術を教えてくれるって人か。
「多分私たちと同じくらいの歳で、気弱な感じだったわ。けど、クライブさん曰く魔術の腕は一流で、魔力制御が得意らしいわ」
「後はいないのか?」
「いないわね。補足だけど、ヘリンは元々孤児院にいたのを5年くらい前にクライブさん達が引き取ったんだって。だから剣術なんかはからっきしって言ってたわ」
なるほど、そうなると多分俺と花音が前衛兼中衛魔術師的な役割になるだろうな。まあそこら辺はまた考えよう。
「まあ、概ね理解した。で、花音は賛成か反対かどっちなんだ?」
「私は賛成よ。何か難しいことを考えるより、とりあえず行動するべきね。それに、彼らは一度私たちを助けてる。信用できるわ」
花音の言う通りだな。これなら説得とかも必要なさそうだ。
「勿論俺も賛成だ。後は向こうが何て言ってくるかだが、まあとりあえず会いに行こう」
「それでもいいけど、総介は今起きたなら2日間寝たきりだったんだから先にご飯を食べてからにしましょ」
知らなかった。というか言われた瞬間腹が減ってきた。
「よし、先に飯だ」
「そうしましょ」
というわけで、俺たちは食堂へ向かった。
てきとうに注文してでてきたものを食べただけだが、味は微妙だった。
不味くはないが、つい昨日..じゃなくて3日前に食べた我が家のご飯の方が旨かった。
なんとしても帰ってもう一度母さんの料理を食べてやる。
そう思った。
それとは別に、一つ気付いた事がある。
ここで、異世界で、日本語が通じていることだ。
食事中に花音が
「そういえばここ、日本語ね」なんて言い出した時は一瞬理解が追い付かない程驚いた。
ここは異世界。日本とは文化も常識も、もちろん言語も違うのが当たり前。
しかしここでは日本語が公用語として使われている。固有名詞や訛りなど多少の違いはあれど間違いなく日本語だった。
こんな当たり前の事に気付かない自分に少し危機感を覚えるが、今何か警戒すべき事があるわけでもないし、とりあえずおいておく。
何故日本語が?とも思ったが、この世界の歴史に由来するだろうというくらいしか考えられることもないし、これもまた考えないことにした。
ただ、広い地球の中でもたまたま日本人である俺たちが、たまたま異世界に転移し、たまたま転移した先がほぼ日本語と同じ言語形態をもっているなんていう可能性ははっきり言ってあり得ない。
つまり、俺たち二人がこの世界に来ることはある種の必然だったのだろう。
俺たちはその必然的が何だったのかを知らなくてはならない。
とまあ一つ目標もみえたし、まずは他メンバーの皆さんに会いに行きましか。