ナンパ
これは俺の昔話だけど、聞いて欲しい。
過ちをたくさん犯してきた俺のセンチメンタルってわけじゃない。知っておいて欲しいことがあるんだ。
業務説明会は出会いの場だ。今日は、大手芸能事務所が開催する新卒採用の説明会に参加している。既に会場の入り口付近に一人でいた女の子に「一人じゃ入りづらいから、一緒にどう?」と声をかけた。相手の反応は悪くなかった。俺は初対面の人からのウケが良い方なのだ。女の子はハスミという名前だった。
「人いっぱいいるね」と俺はハスミに言った。会場は、中規模のホールだった。イスがビッシリと並べられている。
「うん。やっぱ大手は凄いなあ」とハスミが無邪気に言った。可愛い。声が思ったよりハスキーだったから少しガッカリしていたのだが、この表情を見て、この子にして正解だったと思った。
「どの辺に座る?前行く?」と俺は尋ねた。
「ううん、この辺で良いよ」と言って、ハスミは舞台があまりよく見えない後方の席で立ち止まった。
「ここは志望度低め?」
「うん。どんな感じか雰囲気だけ知れればいいの。太田くんはどう?前行きたい?」
太田は俺の名字だ。「いや、俺もここはあんまだから、大丈夫」と言い、座席に腰を下ろした。「ハスミって名字珍しいよな。どう書くの?」
ハスミは就活用のバッグからシンプルな黒の手帳とボールペンを取り出し、何も書かれていないページに「蓮見」と書いて、「かっこいいでしょ」と言って笑った。
「うん。俺なんか太田だからさあ。先祖は絶対農民だよ。親父は普通のサラリーマンだけど」
「太田いいじゃん。書きやすいし」
「そこ!?」とつっこんで俺は笑い、「蓮見のお父さんは何してるの?」と探りを入れた。