第69話 弟の心
私は、イルディンとともに、自室に戻って来ていた。
混乱している弟は、まだ興奮が冷めていない。部屋に来てからも、ずっと先程のことで悩んでいる。
「僕と姉さんが、婚約なんて……そんなことがあっていいのかな? なんというか、姉と弟だし、そういう関係になれるものなのだろうか?」
「イルディンは、嫌なの?」
「いや、嫌という訳ではないけど、なんというか……倫理的に大丈夫なのかとか、世間的に問題なのとか、色々とあるじゃないか」
イルディンは、色々なことを気にしているらしい。
しかし、嫌ではないと思ってくれていることは嬉しいことだった。
この弟も、私と一緒にいたいとは思ってくれているのだ。世間的な目を考えているだけで、気持ち自体は私と変わらないようである。
「別に、血は繋がっていないのだし、問題ないじゃない」
「でも……」
「私は、イルディンと一緒にいたいわ。だから、この選択は最良のものだと思っている。あなたは違うの?」
「それは、僕だって……一緒にいたいとは思っているけど」
「なら、問題ないでしょう?」
「そうだけど……」
私の言葉に、弟の勢いはなくなっていった。
特に、問題はない。そのことが、理解できてきたのだろう。
「違うんだよ……僕は、そういうことを言いたい訳じゃないんだ」
「え? 何かまだ心配があるの?」
「その……姉さんの気持ちというか、なんというか、そういうものがあるじゃないか」
「気持ち? 別に、私は婚約者が誰かなんて気にしていないわ。元々、誰でも良かったと思っていたことだし、それがイルディンでも問題ないわ」
イルディンは、私の気持ちも気にしていた。
だが、それについてはガルビム様のような者と婚約していた時点で、諦めていたことである。
正直、ガルビム様程ひどくなければ、私は誰だって耐えられるだろう。普通の人なら、誰でもいいのだ。それがイルディンであるなら、むしろ嬉しいくらいである。
「……仕方ない。伝えるしかないか……」
「え?」
そこで、イルディンの目が切り替わった。
それは、何かを決意したような目である。
きっと、イルディンは何かとても大切なことを、私に伝えようとしているのだ。
「僕は……僕は姉さんのことが好きなんだ。家族としてではなく、一人の女性として……だから、こんな思いを抱えている僕が、姉さんと婚約をするなんて、駄目なんじゃないかと思っているんだ」
「イルディン……あなた……」
そこで、イルディンは真っ直ぐに私の目を見て、驚くべきことを言ってきた。
その言葉だけで、弟が今抱えている憂いや、今まで抱えていたものが見えてくる。
なんだか、色々と納得してしまった。彼の私に対する今までの態度が、どういうものかなどが、すぐに理解できたのである。
こうして、私はイルディンの心の中にあった思いを知ることになるのだった。




