第62話 眠れない夜(イルディン視点)
姉さんと少し話した後、僕は眠ろうとしたのだ。
事前に話したことは、ずっと一緒にいられるかどうかという話だ。その話の内容は、少し重いものだったため、僕は少し眠れなくなっていた。
そういうことにしたいのだが、眠れなかったのはまったく別の理由である。目の前で寝息を立てている姉さんが気になって仕方なかったのだ。
「すー」
「……くっ」
穏やかに寝息を立てているので、姉さんは安眠できているということだろう。
だから、僕は自分がここにいてよかったと思っていた。例え、自身が眠れなくても、姉さんが安眠できたなら、それでいい。そのように考えるようにしていた。
自身の邪な気持ちが動かないように、僕はしっかりと自身を縛りあげる。頭の中で響かせていたのは、僕はただの弟だという言葉だ。
今回の僕は、安眠を助けるために、仕方なく姉に付き合った弟なのである。そういう設定でいかなければ、ならないのだ。そんな自分になりきらなければ、この場は乗り切れないだろう。
「うーん……」
「姉さん? 大丈夫?」
姉さんが少し唸ったので、僕は話しかけていた。
だが、特に返事はない。代わりに、姉さんは僕の手を握ってきた。
「え?」
さらに、姉さんは僕の方に身を寄せてきた。
どうやら、先程の声は寝言でしかなかったようだ。
一体、姉さんはどのような夢を見ているのだろうか。僕の手を握って、身を寄せてきたということは、何か不安な夢でも見ていたのだろうか。それは、少し心配である。
「どうしよう……」
色々と心配があったが、一番の心配はこの状況だった。
流石に、これは近づき過ぎである。なんとかしなければならないだろう。
しかし、手を握られたことで、僕は身動きが取りにくくなっている。姉さんを起こさないように、慎重に体を離していくしかないだろう。
「よし……」
僕は、なんとか姉さんから体を離すことに成功していた。
幸いにも、ベッドが広いため、体を離しても充分寝られる。普段は、無駄に広いと思うこともあるベッドだが、今はその大きさに感謝しかない。
「手は……仕方ないか」
握られた手は、姉さんが離してくれるのを待つしかない。だから、僕にできることは、もう何もないということだろう。
姉さんの温もりを感じながら、僕はゆっくりと目を瞑る。この時は、その心地いい体温によって、安心して眠れた。
しかし、この後の朝が大変だったことは今でもしっかりと覚えている。僕の寝る前の苦労は、それ程重要ではなかったのだ。
だが、それも仕方ないことである。無意識のことを、どうにかできる訳がないのだから。




