第60話 恥ずかしい要求(イルディン視点)
夢の場面は、また切り替わっていた。
今度は、僕と姉さんが二人きりの夢だ。
先程の場面は、それ程幸福なものではなかった。こうして二人で部屋にいる記憶を思い出す方が、精神的には楽である。
「姉さん、本当におめでとう。これで、姉さんも長年の苦労から解放されるね」
「ありがとう、イルディン。こうやって解放されたのも、あなたのおかげよ」
「僕がしたことなんて、些細なこと……いや、そういうのはやめようか。今は、ただ喜ぶべきだね」
口から出てきた言葉に、僕はとても恥ずかしくなってきた。
なぜなら、僕がこの後口走るのはとんでもないことだったからだ。
この時の僕は、正直どうにかしていた。多分、寝不足のせいだったのだと思うが、訳のわからないことを要求してしまったのだ。
「ねえ、イルディン。私は、本当に今回、あなたがしてくれたことに感謝しているの」
「え? あ、うん」
「そこで、あなたに何か恩返しがしたいわ。何か、私にして欲しいこととかある?」
姉さんは、僕に対して感謝の気持ちを抱いていた。その気持ちがあるから、僕に恩返しをしたいと思ってくれたのだ。
こういう時は、遠慮するべきである。その気持ちだけで充分。そういう風に言った方が、絶対に格好良かっただろう。少なくとも、これから僕が言う言葉よりは絶対に良かったはずである。
「して欲しいこと?」
「ええ、イルディンのいうことを、なんでも聞いてあげるわ」
「なんでも……」
遠慮するという思考が、何故かこの時の僕には微塵もなかった。
よくわからないが、何か頼まなければならないと判断してしまったのだ。
ただ、遠慮するだけだったら、姉さんは引き下がらなかった可能性もある。そのため、その考え方もそこまで間違っているものではないだろう。
だが、問題はこれからする要求だ。遠慮しなかったとしても、今からする要求は駄目だっただろう。
「それなら……膝枕とか」
「あら?」
「あ、いや、忘れて。なんでもない」
ああ、恥ずかしい。
僕は、何を言っているのだろう。
小さな頃から、この提案も許されたかもしれない。だが、こんなに成長して、まだ膝枕などしてもらいと思うのか。
いや、百歩譲って、膝枕をしてもらうということはいい。しかし、僕は自制しなければならない立場である。そんな僕が、この提案は駄目だろう。
姉さんは、もちろん僕のことを弟だと思っている。だが、僕は違うのだ。
だから、これは弟の立場を利用して、姉さんに甘える卑劣なやり方である。そういうことをするのは、姉さんに対して不誠実だ。
「いいわよ、イルディン。遠慮しないで、私の膝に体を預けなさい」
「い、いや、忘れてと……」
「さあ」
「……うん」
そんな僕の思考とは裏腹に、夢の中の僕は姉さんの膝に頭を乗せた。
ああ、心地いい。罪悪感もあるが、素直にそう思ってしまう。
そんな欲望に負けてしまう自分を、僕はとても情けなく思ってしまうのだった。




