第59話 長年の怒り(イルディン視点)
僕の夢は、いつの間にか場面を切り替えていた。
次の場面で、僕は姉さんとともにガルビム・エーデインと対峙していた。
ガルビムという男に対して、僕はあまりいい感情を持っていない。姉さんを長年苦しめていた諸悪の根源のような存在だからだ。
彼という人間は、お世辞にもいい人間とはいえない。たくさんの女性に手を出している浮気者なのだ。
そんな人間が、姉さんの婚約者だった時、僕はどれ程悩んだのだろうか。あの時間は、僕の人生の中で最も苦痛だったといえるかもしれない。
「ガルビム様……」
「なっ……」
夢の中の僕は、ガルビムに対して怒りの声をあげていた。
その怒りは、長年積もりに積もったものである。だから、自分でもとても怖いものだと思う。こんなに怒りを覚えたことは、今までなかったはずである。
別に、僕は姉さんが他の誰かと結ばれることをそこまで嫌と思っている訳ではない。もちろん嫌だが、納得できることだとは思っているのだ。
だが、それは姉さんが結ばれる人がいい人であることが前提である。ガルビムのような男と結ばれることに、納得できるはずがなかったのだ。
「これ以上、御託を並べるつもりなら、一言言わせてもらいます。あなたのような男は、姉さんに相応しくない」
「な、何を……」
「あなたがラガンデ家と戦いたいというなら、次期当主として相手になると宣言しておきましょう。もちろん、こちらも全力で戦いますので、覚悟しておいてください」
僕の冷たい声は、ガルビムを怯えさせていた。
正直、この時はかなりすっきりした。あまり、いい感情ではないが、怯える彼を見て、僕は喜んでいたのだ。
本当に、この男には怒りしかなかった。その怒りをぶつけて、この男が怯えることは、僕という人間の悪しき感情を呼び出すのに、充分なものだったのである。
「ぼ、僕は……公爵家の人間だぞ? その無礼な態度は……」
「……」
「う、うぐっ……」
僕の怒りは、うるさかったガルビムを追い詰めていた。
そのことが、結果的に婚約破棄に繋がったのだから、それは良かったことといえるのかもしれない。
しかし、今思えば、それは強引なやり方だっただろう。侯爵家の長男として、もっと穏やかな解決策をとるべきだったかもしれない。そこは少しだけ、反省するべき点である。
「ガルビム様、あなたとの婚約は破棄させてもらいます。これはもう決定事項です」
「うぐっ……」
「それでは、これで失礼します」
だが、個人としてはこれ以上の結果はないと思っていた。
それが悪いことだと思っていても、どうしても、その感情を消し去ることができないのである。




