第58話 夢の中で(イルディン視点)
僕は、夢を見ていた。
夢の中で、僕はそれを夢だと認識したのだ。これは、明晰夢というものなのだろうか。
その明晰夢の中で、僕は姉さんと一緒にいた。姉さんが隣にいるということは、これは幸福な夢だ。僕の願望ともいえるかもしれない。
「イルディン、ありがとうね。あなたのおかげで、助かったわ」
「気にしないで、姉さん。僕は僕がやりたいことをやっただけだから」
夢と自覚しているというのに、僕の口から出た言葉はその意思とはまったく関係ないことだった。自動的に、僕の口が言葉を紡いだのだ。
ただ、姉さんの言葉にも、自分の言葉にも覚えがあった。これは、かつての記憶だ。僕が夢見ているのは、過去の自分なのである。
「そもそも、元々僕は、あの男が姉さんの婚約者に相応しくないと言い続けていたしね」
「そうだったわね……」
こんな夢を見ているのは、この話が僕の記憶に焼き付いているからなのだろうか。
いや、姉さんとの思い出はいつも強く焼き付いている。これが、特別という訳ではないだろう。
きっと、まだ解決しない事件が気がかりで、こんな夢を見ているのだ。思えば、この出来事から、全ては始まったといえる。だから、僕はそれを振り返っているのだろう。
「本当に……姉さんが婚約を破棄してくれて良かった。ガルビム様の元では、姉さんは絶対に幸せになれなかった。それをわかっているのに、止められない自分が本当に嫌だったからね……」
「そんなことを思っていたの?」
「あ、いや、別に自分を責めていた訳ではないよ。心配しなくていいからね」
夢の中で振り返ってみると、僕という人間は中々どうしようもないことを言っていた。
姉さんの婚約を止められなかったからといって、自身を責めるのはお門違いである。今はそれを理解しているが、この時は本当にそう思っていたのだ。
「イルディン……」
「う、え?」
そんなどうしようもない僕を、姉さんは抱きしめてくれた。
その感覚は、とても幸せなものだ。この温かさに包まれる感覚は、何度も経験した。何度経験しても、その幸福な時間はまったく変わらない。この瞬間は、困惑しながらも幸せだったことを今でも覚えている。
ただ、あまりこういうことがあってはならないのだ。こうする時、姉さんはいつも僕の間違いを正してくれる。つまり、僕が間違っている時、姉さんは抱きしめてくれるのだ。
幸福だからといって、間違えることを許容してはいけない。僕にとって、これは避けるべきことなのだ。
「あなたは、私の人生を背負う必要はないの。婚約のことで、自分を責めるとか、そういうことはよしなさい」
「姉さん……」
「そうでないと、私の方が参ってしまうわ。私のせいで、あなたを苦しませたくはないもの……」
夢の中で再度聞かされて、僕はもう一度反省する。
僕が背負うべきこと。背負うべきではないこと。それは、きちんと判断していかなければならない。
そうしなければ、僕という人間は潰れてしまう。無闇に背負っていけばいいという訳ではないのだ。
「……そうだね。ごめん、姉さん。僕は、必要以上に背負い込んでしまうみたいだ」
「わかってくれたらいいのよ……」
「うん……」
僕の間違いは、いつも姉さんによって正されてきた。
まだ未熟な僕を、姉さんは導いてくれる。そういう所も、姉さんのすごい所なのだ。




