第52話 もしもなどなく
害獣に対処するために来た家で、私はイルディンと口論していた。
優しい弟は、私を戦いに参加させたくなかった。それに私が反論し続けて、議論は平行線になっているのだ。
「まあ、イルディン様、落ち着いてください」
「ダルケンさん?」
「別にいいではありませんか。彼女が戦いたいと言っているのです。あなたの気持ちはわかりますが、その決意に水を差すことはないではありませんか」
そこで、ダルケンさんが私を援護してくれた。
どうやら、彼は私の味方であるようだ。
「何を言っているんですか? 姉さんにもしものことがあったら……」
「そうならないように、私達がいるのです。彼女……いえ、彼女だけではありません。ここにいる方々に怪我を負わせないというのは前提条件ですよ」
「それは、そうですが……」
ダルケンさんの言葉に、イルディンは納得せざるを得なかった。
そもそも、ここにいる村人達に怪我を負わすことは許されないことである。協力してもらって、負傷者を出すのは、あってはならないことなのだ。
つまり、私達は無傷でこの戦いを終えなければならない。その前提条件がある以上、もしもの考えなど持つべきではないのだ。
「私達は、全員無事で帰ってきます。これは、願いではありません。確定事項です。そのような気持ちを持たなければなりません。もしものことがあるかもしれないという考えは、一旦捨てましょう」
「……確かに、そうですね」
賢い弟は、ダルケンさんの言葉をすぐに理解した。
今回の戦いに、もしもなどない。全員無事で帰ってくる。それは決定事項なのだ。
「皆さんも、申し訳ありませんでした。僕のせいで、不快な思いをさせてしまったかもしれません」
「いえ、気にしないでください」
「イルディン様の思いは、俺達にも理解できますからね」
「そうです。俺達も、大切な者が戦うと言えば、止めますからね」
イルディンは、ここにいる村人達にも謝罪した。
その謝罪に、村人達は快く返してくれる。
本当に、私達は領民に恵まれている。このような優しい人達が、領民で本当に良かったと思う。
「姉さん、よろしく頼むよ」
「ええ、わかっているわ」
イルディンは、晴れやかな顔で私に話しかけてきた。
その顔に、もう迷いはない。今の弟の思考の中に、私が怪我をするという考えはないだろう。全員無事で帰ってくる。ただ、それだけを刻んでいるはずだ。
こうして、私は作戦に参加することをイルディンに許してもらうのだった。




