第45話 昔とは違い
私は、馬車の中でイルディンに可愛いと思ってしまったことを打ち明けていた。
ある時から、この弟は可愛いと言われることを嫌っている。そのため、これを言うと、不快に思われるかもしれない。
「そういうことだったんだね」
「あれ?」
しかし、私の考えと異なり、イルディンはまったく嫌そうにしていなかった。
別に嬉しそうにもしていないが、露骨に嫌そうな態度をしていないのである。
「イルディン? あなた、可愛いと言われるのは、嫌いじゃなかったかしら?」
「え? ああ、まあ、好きではなかった時もあるね。でも、なんというか、もうそういうことはどうでもよくなっているかな」
「え? そうなの?」
思わず質問した私に返って来たのは、とても冷静な答えだった。
どうやら、いつからかイルディンは、可愛いと言われても気にしなくなっていたようだ。
それは、意外なことである。しかし、よく考えてみれば、そういう考え方をしていても、別におかしくはないかもしれない。
イルディンが嫌がり始めたのは、少し背伸びしたいような年頃の時だ。あの時よりも少し大人になった今、同じような考えはしていないというのは当然のことである。
「イルディンも、少し大人になったのね……」
「大人に? まあ、確かに、そういうことを気にしていた時期は、本当に子供だったのかもしれないね……」
知らなかった弟の変化に、私は成長を感じていた。
可愛いという言われたくないという自分を克服したのは、イルディンが成長した証である。姉として、そういう面が見られるのは、とても嬉しいのだ。
「些細なことを気にしていた時期があったものだよね……その時は、本質をわかっていなかったというか、もっと重要なことがあるとか、そういうことを理解していなかったんだよね……」
「イルディン?」
「あ、いや、なんでもないよ」
昔の自分を語るイルディンは、少し遠い目をしていた。
その様子が、少し気になって、私は思わず心配してしまった。
責任感の強い弟が、かつての自分にまで責任を感じる可能性がある。そういう責任を感じて欲しくはないので、少し心配である。
「別に、前の自分に責任を感じているという訳ではないよ。あの時は未熟だった……というか、今も未熟ではあるけど、そう思うことはあっても、責任を感じている訳ではない」
「あ、そうなのね……」
「そういうことではなくて、とても難しいことなのだけれど、本質をもっと早く理解していれば、もう少しいいことがあったのではないかとか、そういう後悔があるといか、そんな感じかな?」
私が何を考えているのかわかっていたようで、イルディンは弁明してきた。
どうやら、イルディンは過去の自分に責任を感じているという訳ではなく、後悔しているようだ。
似たようなことである気もするが、本人の口振りからなんとなくそうではないことが理解できた。
恐らく、イルディンも完全には説明しきれないような事情があるのだろう。大丈夫そうだとは思うので、これ以上追求する意味はない。私は、そのように判断するのだった。




