第44話 可愛いと言うと
私とイルディンは、馬車で領地のコルカッサという村に向かっている。
その馬車の中で、私はダルケンさんを褒めた。
すると、イルディンは微妙な反応をした。姉が他の人を褒める時に嫉妬する。小さな頃から、この弟には、そういうある種の独占欲があるのだ。
イルディンには申し訳ないが、私はそれに喜んでいた。姉離れできない弟が、可愛くて仕方ないのである。
「イルディン……」
「え? 姉さん?」
私は立ち上がって、イルディンを抱きしめた。
別に、いつものように弟に小言を言おうと思った訳ではない。
ただ純粋に、可愛い弟を抱きしめたくなったのである。
「ど、どうしたの? 急に? というか、馬車の中で立つのは、危ないよ」
「そうね……それなら、隣に座らせてもらうわ」
イルディンに言われて、私はその隣に座った。
感情のまま行動したが、馬車の中で立つのは良くない。コルカッサに迅速に向かうため、それなりの速度で走っているので、座った方が絶対にいいだろう。
「姉さん……その、どうして、手を?」
「抱きしめたいけど、抱きしめられないから、それの代わりということよ」
「代わり……代わりか」
愛らしい弟を抱きしめられないので、私は代わりに手を握っていた。
動揺しながらも、イルディンはそれを受け入れてくれた。
弟の手には、少しだけ汗が滲んでいる。急な出来事だったため、少し緊張してしまったのだろう。
「それで、どうして抱きしめたり、手を握ったりしたのかな?」
「え? あ、えっと……」
イルディンに、変な行動をした理由を聞かれて、私は少し焦った。
自身の欲望のままに行動してしまったので、特に理由はない。強いて挙げるなら、弟を可愛く思ったからだ。
ただ、それをイルディンに言っていいのかは微妙な所である。ある年くらいから、弟は可愛いとは言われたくないという雰囲気を出すようになった。男の子なので、そういう言葉はそこまで嬉しくないようなのだ。
そのため、どうしようか少し迷ってしまう。事実を伝えると、弟に嫌われるかもしれない。その思考が、私が言葉を放つのを躊躇わせてくる。
「その、あなたのことが可愛くてね……」
「か、可愛い?」
「私がダルケンさんのことを褒めて、少し落ち込んでいたでしょう? その様子が、小さな頃を思い出させて、そう思ってしまったの」
結局、私は素直に言うことにした。
本心を隠すことは、この弟に対して不義理だと思ったからだ。
私がおかしな行動をしてしまったのだから、その理由はきちんと説明するべきである。その結果、イルディンに嫌われてもそれは仕方ないことだ。




