第38話 言葉を選んで
私とイルディンは、業務中少しだけ休憩していた。
向上心がある弟は、私の小言をまったく嫌に思っていなかったらしい。むしろ、嬉しいくらいのようだ。
「でも、私が今まで褒めてこなかったのは事実よね?」
「褒めてこなかった? そうかな?」
私が、話を元に戻そうとすると、イルディンはまたも首を傾げた。
どうやら、私が褒めてこなかったというのも、弟にはしっくりこないようだ。
「私、今までイルディンを褒めていたかしら?」
「うん。姉さん、いつも僕をすごいとか、よく言っていたじゃないか」
「……そうだったかしら?」
イルディンに言われて、私は今までの自分を振り返ってみる。
よく考えてみれば、私はこの弟に頼りになるとか、すごいとかよく言っている気がする。
確かに、私は今までイルディンをすごく褒めていた。なんというか、私はかなり勘違いしていたようだ。
「確かに、私はイルディンを良く褒めていたわね……」
「うん」
「あのね……多分、それは無意識だったのよ。だから、イルディンをあんまり褒めていないと思って、いっぱい褒めてあげようと思って……」
「そうだったのか……姉さんは、優しいね」
とりあえず、私はイルディンに自分の思考を説明した。
それに、賢い弟は納得してくれたようだ。これで、私が急に褒めた説明はできただろう。
「というか、それなら、どうしてあんなに嬉しそうにしていたの?」
「え?」
「いや、私のかっこいいという言葉に、すごく反応をしていたけど、どうしたのかと思って……」
「え? あ、それは……」
しかし、私が普段から褒めていたなら、イルディンはどうしてあそこまで過剰に反応したのか。それが、私の疑問だった。
その質問に、弟は少し顔を歪める。何か、答えにくい質問だったのかもしれない。
「どうかしたの?」
「いや、なんというか、かっこいいと言われたことはなかったからさ。だから、あんなに嬉しかったのだと思うよ」
「そうなのね」
どうやら、私は褒めていたが、かっこいいと言ったことはなかったようだ。
確かに、思えばそれは言っていなかった気がする。初めて言われたから、イルディンはあれ程喜んでいたようだ。
それなら、これからは褒め言葉も色々と考えるべきかもしれない。いつも同じ褒め言葉でなくなれば、イルディンも嬉しいだろう。
ただ、それは少し難しいことかもしれない。褒める時は、その時の流れもあるだろう。そもそも、無意識なので自分で制御できないという問題もある。
とりあえず、今決意だけはしておこう。そうすれば、違う褒め言葉を言える可能性は上がるはずである。




