第36話 休憩中に
私は、イルディンとともに執務室で業務を行っていた。
侯爵家はそれなりの領地を管理している。そのため、仕事もそれなりの量ある。
しかし、今は、お父様とイルディンと私で分割してあり、比重もその順番に重いので、私の仕事量はそこまで多くはない。
「ふう……」
それでも、しばらく仕事をしていると疲れるものだ。
という訳で、私は少し休憩することにする。
「……」
「……」
私は手を休めたが、イルディンはまだ書類と格闘を続けていた。
その様子を、私はなんとなく眺める。真剣な顔をしている弟は、中々絵になるものだ。
その顔つきを見ていると、成長を実感する。まだまだ未熟な面もあるが、彼もしっかりと大人になっていっているのだ。
「うん……」
「あら?」
私がそんなことを考えていると、イルディンがその手を止めた。
そして、ゆっくりと私の方を見てくる。
「もしかして、邪魔してしまったかしら?」
「あ、いや……まあ、そうだね。視線が気になってしまって……」
どうやら、私が見つめていたことで、イルディンは手を止めたようだ。
確かに、じっと見つめていたので、その視線は大いに気になっただろう。
これは、悪いことをしてしまった。一度集中力が途切れると、すぐには元に戻らない。イルディンの集中力を乱してしまったのは、私の大きな過ちである。
「ごめんね、イルディン。あなたの作業を止めてしまって……」
「いや、それはいいよ。僕も少し根を詰め過ぎていたからね。むしろ、休めるタイミングが見つかって良かったくらいさ」
「そう……それなら、良かったんだけど」
優しい弟は、私の行いを咎めなかった。むしろ、良かったと思ってくれているらしい。
それなら、良かったといえるだろう。ただ、イルディンが気を遣ってそう言っているだけという可能性もある。心の中で、しっかりと反省しておこう。
「というか、僕なんか見てどうしたのさ。もしかして、何か顔についていたとか?」
「あ、そういう訳ではないわ。ただ、仕事をしているイルディンはかっこいいなと思っていただけよ」
「え?」
見ていた理由を言うと、イルディンは少し驚いていた。
恐らく、私がかっこいいと言ったため、照れているのだろう。
「本当のことよ。真剣な顔をしているあなたは、本当に輝いていたわ」
「そ、そうかな……?」
「ええ、あなたも大人になったと実感したくらいよ」
私がさらに褒めると、イルディンはさらに恥ずかしそうにした。
その様子だけ見ていると、あまり大人になったようには見えない。小さな頃に褒めた時と、同じような反応だからだ。
だが、そういう所が残っているというのも、この弟の可愛い所である。




