God open door Nightsky 彼女の願いが叶ってしまう。。
「ふぁ~~ぁ」
土日の昼間のテレビとは、なんてつまらないものだろう。
おじいちゃんが観るような番組ばかりで欠伸が出る。自分好みのチャンネルが一切ないと久しぶりにこの時間帯にテレビを観て知る。
あとどれくらい落ち着かないリビングに居なくてはならないのか、先の見えない事態にソファの背もたれに身体を預けて溜息をもらす。
テレビなんかよりもスマホをイジりたいのだが、生憎自分のスマホを手にする事は不可能ーー左手首にはめられているアダルトグッズの手錠と、それに固く結びつけられた忌々しい紐のせいで動ける範囲がソファ付近と制限されていた。
力ずくで紐を切るなり手錠を外せなくはないが、監視役の妹の目もあり諦めている。
妹とは言っても自分の妹ではない。血の繋がりがない義妹でも、近所の親しい女の子を勝手に妹と呼んでいる訳でもない。
そもそも、その妹によって外に出られないように左手首に手錠で拘束され、妹の家で見張られているのだ。
好みからは外れるが、普通に女子高生として可愛いし、姉には負けるがそこそこ胸もある。
「暇なんだけど、ゲームとかないの?」
ソファの背もたれに両腕をかけて首を伸ばし、後ろにあるテーブルに座る妹を逆さに見つめた。
すると、冷たく鋭い目で見返され、かなり強い口調でたしなめられる。
「ありません。それと姉はそんな格好はしません。止めてくれます?」
威圧的な言葉に正直な気持ちを口にする。
「でも、暇なんだけど」
「暇と姉らしくない格好をするのとは関係ないですよね」
「うん。けど、なんとなく肩がこる」
胸が身につけているシャツに圧迫されている影響からか肩がこる。
「それ以上やると怒りますよ」
すでに声が低いところから出ていて、もうすでに怒っていることを目の前の妹に指摘してやりたい。
しかし、それは火に油を注ぐだけだと言わずに口を閉ざす。
「これくらいの仕草許してよ。別に妹の前で胸揉んだり、姉のフリして抱きつこうなんてしないんだから」
「そんなことしたら、しかる後に貴方を殺します。暗殺します。抹殺です」
本気以外の何ものでもない眼に言葉が無い。
「貴方にはおとなしく家に居てもらいます。勝手に姉の姿で出かけてもらっては困るので。姉の姿を利用して何をされるか分かったものじゃないですからね」
腕を組んで自分を睨んで来る。
妹の発言からも分かるように自分の今の姿は彼女の姉ーー自分のクラスメイトの女子その人の身体だった。美人系の顔立ちとおよそ同性から羨ましがられる肢体を持っている。
「姉の部屋に閉じこめておく訳にもいかないし、これが最低限の妥協点で最善の案です」
あえて訊かないが家にあったという手錠を左手首にし、紐で居場所の範囲を限定して監視する。
他人の家は落ち着かない。しかも身体はなれているのに、頭がついて行けなくて変な感覚だ。
部屋着の妹は椅子に座ったまま、ショートパンツから伸びる脚を不満げに組む。
口をへの字に曲げる相手に、こちらも眉間にシワを作り言い返す。
「何をされるか分かったものじゃない俺の体は、今お前の姉に自由勝手に使われてる訳なんだが……」
そうなのだ。昔から使い尽くされたいわゆる入れ替わり現象によって、彼女の姉の身体と自分の身体の中身が入れ替わっている。現在進行形で。
「しかも、お前の女友達とデート中だ」
「言わないで。頭が痛い……」
呟くと本当に頭痛の種らしく、目を閉じて頭に手を持っていく。
姉が自分の友達とデートするという、およそ計り知れない悩みに同情する。
「ご愁傷様」
こっちだって知れるなら、デートがどうなっているのか状況を知りたい。
他人に自分の身体を勝手気ままに使われてるかと思うと気が気じゃないのはお互いさまだ。
「はぁ、せっかく学校が休みなのに出かけてられないなんて最悪」
それもお互いさまーーと彼女の溜息に胸の内で舌打ちする。
手錠をかけられ、リビングしか居場所がないのだから。
姉妹とは同じ学校に通いマンションに住み、建物の入り口やエレベーターですれ違うくらいで、顔を合わせる程度だった。
今回の騒動の姉とはクラスメイトだけれど喋る機会はないし、妹とはすれ違う際に挨拶を交わす程度の関係でしかない。
しかも入れ替わり現象の動機は問題の姉が、たまに家に遊びにくる妹の友達とデートしたいが為だった。
背もたれに寄りかかっていた姿勢を戻し、ソファの上であぐらをかいて意味もなく前かがみでテレビを覗き込むーーすると瞬時に妹の叱咤が飛ぶ。
「止めてって言ってるでしょう。貴方バカなの? もの覚え悪すぎ」
「いちいちうるさいな。お前」
嫌な顔をして返すと睨み返される。
「文句言う? とにかく借りてきた猫のように、そこのソファに座っておとなしくしていればいいの。それに私は『お前』じゃない。止めて。名前がちゃんとあるの」
名前があるなんて当然の言葉に気怠げな視線を向ける。
「そりゃそうだろ」
するとキッと再び睨み返されてしまう。
「いちいち茶々を入れるのね。貴方は」
会話による時間経過で相手の態度の軟化は望めないと見て取り、ふうーーと諦めと呆れで思ったままを呟いてしまう。
「こっちだって『貴方』呼ばわりは止めてくんない。こっちが『お前』って言うから、呼び合う夫婦みたいだろ」
指摘すると一気に妹は顔を赤くして訴えた。
「バッカじゃないの! そんなの貴方が私の名前を呼べば済む話でしょう。そんなこと考えてたの。信じられない。入れ替わりが元に戻ったら見てなさい。揚げ足ばっかり取って」
今の発言でほんのわずかだか、戻らない方が身のためではないかと保身が頭をよぎった。
これ以上刺激して逆らっても得はない。戻った時のことを考えて、少しでも罪が軽くなるよう1ポイントでも稼ごうと考えを変え、姿勢を正してソファに座り直す。
「分かったよ。もう揚げ足は取らない。止めるよ」
借り物の猫のように静かに座っていようと心を改める。
が、やはり暇というのは人を殺せる物、改心から数分と持たず音を上げた。
「それにしても暇だーーもう一時間くらいで三時か、おやつ作ろうか?」
暇つぶしならトランプとか必ず家にあるだろうけれど、監視と敵視を向ける相手の容姿は姉でも中身は違うので、目を離すものでは遊んでくれそうもない。
それを見越して部屋の移動もなく、時間をつぶせるおやつ作りを提案した。
遊ぼうとお菓子を作ろうとどちらの案もいい顔をしなかったが、リビングキッチンなので目を離さずにおけるという条件から、おやつ作りは許可してくれた。
「変な物入れたら許さないからね」
疑った妹の言葉に変な物がキッチン周りにあるのか? 冗談で聞き返そうと思ったが、揚げ足は取らないと誓ったので口を閉ざし、小さく微笑み返す。
「承知いたしております」
手錠は相変わらず手首にはまっていたけれど、邪魔にならないていどに配慮してくれた。人に手錠はかけたけれども彼女の意思ではなく、姉を思えばこその行動による不可抗力でしかない。
幸いあるていど手間が多いけれど、お菓子作りはいい暇つぶしになる。
おやつはクッキーの材料がそろっていたので、キッチンを借りてドロップクッキーを焼いた。
「できあがりっと」
オーブンからクッキーを焼いたプレートを取り出し、キッチン台に置く。
焼き上げ時点で香っていた甘く香ばし匂いが、クッキーを取り出してから室内を満たした。
本当は粗熱を取って水分を飛ばしてさっくりさせるのを待つのだけれども、出来たての温かくしっとりしたクッキーも美味しいからと妹にすすめる。
クッキーは親にお菓子買いすぎと買ってもらえず、クッキーなら作れそうだと覚えたお菓子だった。
テーブルに出されたドロップクッキーを一口した妹は呟く。
「おいしい……」
目を開いて、クッキーをかじり口に含む。
一口、二口、二枚目、三枚目と食べていき、数分後には満足顔の女の子が目の前にいた。
まるでお菓子の家を食べた子どものように見えた。
残ったクッキーは冷まして食べるようによけておき、頬杖をついて幸せそうな顔を見つめる。
「どうだった?」
聞くまでもなく表情を見れば明らかだったけれども。
「お、おいしかった! 普段お姉ちゃーー姉は料理しないから」
「そう」
歯を見せて笑う姉の顔をした相手に、我に返ったらしい妹は唇を尖らす。
「勘違いしないで。餌付けされた訳じゃないんだから」
はいはいーーと頷いて話を終わらせ、入れ替わりについて疑問を投げかける。
「そもそもどうして入れ替わりなんてことになったんだ? 現実的に魔法はあり得ないし、科学的にも人格を入れ替えるのは無理だ。オカルトの観点で見ても、それぞれ離れた場所の意識が入れ替わるなんてあり得ない。しかし、現象は実際にこの身に起きている。現象が起こったからには何か起きた原因ーー理由があるはずなんだけど」
心当たりは無く腕組みは許されないので、手を口元に持っていき探偵が悩む時のポーズをとる。
もちろんこれは元に戻るために妹にも無関係でない謎で、共通の疑問を俎上に上げて解決策を探ろうという魂胆だったが、すぐに妹から簡単明快な答えが返ってきた。
「姉が流れ星に願ったからじゃないの」
「は?」
「だから、姉が貴方と入れ替わって女の子とデートしたいって願ったの。流れ星に。私だって呆れたけど、まさか本当にデートに行くなんて思わなかった。姉さんは自分が男性になるのは怖いから入れ替わりがいい、知ってる男子の中でなら貴方がいいと入れ替わりに選んだの」
夜空に開いた扉の隙間から、覗いた神様が気まぐれに願いを叶えたなら仕方がない。
元に戻るのも神様の気分しだいとーーって!
「納得できるか!」
およそ信じられない妹の憶測が正解だとしても、叫ばずにはいられなかった。
「神様のイタズラだとしてもたちが悪いぞ。なんで数ある人の願望の中から、入れ替わりたいなんて願いを叶えてしまったのか問い詰めたいっ!!」
「それは同感。文句言ってやりたい。神様に」
やはりここでも憤りの矛先は願った姉ではなく、欲望を叶えてしまった神様を責める姉思いの妹だった。
星空を流れ星が落ちる度、願いを口にする人間が数え切れないほど存在するのに、叶えてもらえない人が同じ数ほどもいるのに、どうして今回ばかりは姉の願いを神は叶えてしまったなだろう。
早く俺の身体帰ってこいーーと腕を組んで憂鬱な溜息をつく。
すると秒で鋭い声が飛ぶ。
「こらっ、腕組まない!」
怒られて胸を押し上げていた腕を解く。
「二人から何か連絡ない?」
「無い」
「姉でも、その友達でもいいから聞いてくれない? 今どんな感じか」
「嫌。怖いもん」
「確かに……」
しばらく無言になり、この騒動について口を開く。
「それにしても難なくデートに誘えるって、お前の友達バカじゃないの? だってお前の姉と入れ替わるまで、俺はその彼女とは面識どころか知らないんだぞ。バカとしか思えない」
「バッーー! ……んんっ、ま、まあ、仕方ないか」
友達をバカ呼ばわりしたので一触即発で怒るかと予測したが、予想とは違い目を閉じて気を取り直した妹は咳払い一つして指摘を口にした。
「それは仕方ないんじゃない? 顔と性格だ・け・は、悪くないからさ。貴方は。睡眠学習の常習者さん」
睡眠学習ーーここで使われる意味は普段の意味とは異なり、いわゆる授業中の居眠りをさしている。
誰が言い出したのかは知らないが、クラスメイト以外にも知られているのは確かだった。
「姉さんから聞いてるの」
優越性を含んだ笑みで痛いところを突かれ、一度顎を引いたが反論のため再び首を伸ばす。
「確かに成績が良くないのは認めるが、今の論点はお前の女友達であって、決して俺の成績ではないだろう。いくら容姿が良くても、性格が良くてもーー」
「自画自賛~?」
このタイミングを待ち望んでいたかのようにちゃちゃが入り、言葉を遮られた上にバカにされた。
片方の眉が痙攣して上下したが、それでも怒ったところで何も変わりはしないと怒りを抑える。
「将来を考えると職に繋がる運動系の奴か、凄く勉強ができる奴の方が将来的に大事だろう! 昨日の今日で誘う奴なんかとデートするなんて刹那的でバカだろ」
わりと真剣に訴えたのだが、小さく一笑されてしまう。
「はははっ、将来的って結婚でしょう。まさか、高校で付き合うだけなのに結婚まで考える人なんて、そういる訳ないでしょう。ちょっと頭おかしいんじゃない? どんだけ考えてるの。あははははっ」
失礼なくらい笑い声を上げる彼女の指摘は一理あるとは思っても、そこまで笑うなんて納得できなかった。
だから、口から文句が零れた。
「そこまで言うことないだろう」
拗ねてみせるが、猫背になっていると逆に指摘を受けて怒られた。
それから長い長い時間が経ち、とうとう玄関の扉が開く音が聞こえた。
室内は妹の作る夕食の匂いに満たされ、クッキーを作る以外はソファから動かなかったのにお腹が空いていた。
ようやく待ちに待った姉ーー自身の身体が帰ってきて、ソファに膝立ちになって身を乗り出す。
リビングの扉が勢いよく開かれ、真っ先に行儀悪くバッグが投げだされた。
「たっだいまー。あー、疲れた。お腹すいたよ」
疲れたという言葉に反して上機嫌に姿を見せた姉。入って来るのと同時に投げだされたバッグは、ソファに立った彼を直撃した。
妹は帰ってきた男子姿の姉に顔をしかめ、嬉しいようなそうでないような複雑な表情を浮かべる。
「お帰りなさい」
見た目と中身の違いに戸惑っているように思えた。
手に取ったバッグからスマホと財布を取り出す。
スマホは女の子過ぎる姉の物を持つのはおかしいと言われ、入れ替わりで混乱している頭だったので自分のスマホを貸すことに。カバーを外してむき身で持ちたくないという理由で。
財布もスマホと同じ理由で貸していて、デートの軍資金も姉は今月小遣いを使い過ぎて無いから、後で返すのでという約束で貸していた。
しかも、妹からも借りているのだから、妹も複雑な表情の一つくらい浮かべても不思議ではない。
財布を手にすると明らかに手持ちが減っていて、うろ覚えの金額を頭に浮かべて姉を問いただす。
「結構、お金使ったみたいだけど」
「ああ、ごめん。ちゃんと返すから」
「……返してくれるならいいけど、事後報告は聞きたいな。いったいどんなデートしたの?」
人の身体を一日使っておいて、どこにデートで遊びに行ったのか、気にならない訳がなかった。
場合によっては学校に行くのが辛い。他人が勝手にとった行動に、知らない自分が後処理をしなければならないのだ。
学校でデートした女子と顔を合わしたりしてしまう不測の事態に備えて。むしろ遭遇する、会いにくる確率が高かいのは事実。
情報は共有しとかなければならない。まだデートをしたことがないので、デート自体に興味もあるけれど。
姉は今日のデートについて喋りだす。
「うん、普通にウィンドーショッピングで靴や雑貨を見て回ってーー」
「うん」
「休憩をしてから映画を観てーー」
「うんうん」
「公園を二人で散歩してーー」
「うんうんうん」
実に普通で安心した。入れ替わりをしてまで、女子とデートをする相手だ。変なプランでランジェリーショップで下着を選んであげたりとか、彼女すらいたことのない身であり得ない不安をかき立てられていたが、聞く限り学校生活が危ぶまれる行動を取っていないことに安堵する。
「デートした彼女が最近飲んでないって言うタピオカを買って、ベンチに並んで座りながら映画の感想やお喋りをして過ごしたよ」
「うんうんうんうん!」
今日一日の出来事を話す彼女は、デートした妹の友達が百合には興味がないという情報を得ていたので、人の身体を使って好きな女の子に手をだすという奇行を起こす人物だ。相手の手を握る行為はギリギリ許容範囲だが、もしデート初日にキスまでしてたらと想像すると帰りを待つ間、心配でしかなかった。
胸をなで下ろす彼の耳に、妙に弾んだ声が告げる。
「デートの締めくくりに、最後ラブホに初めて入ったよ」
「うんうんうんうんうん………………は?」
聞き間違えた気がして間の抜けた声が漏れてしまった。聞こえた言葉に首を傾げると、人の身体を使っていた彼女も首を傾げ返してきた。
「え?」
ミラーリングを返す姉に近くに寄った妹が声を震わす。
妹の瞳は光を失い目が死んでいて、顔は可哀想なくらい青ざめていた。
「いま、どこに行ったって? 初めて。最後……」
妹の頼みに首をひねって繰り返す。
「ん? ラブホ。やっぱり服を着てない方が、すごく良い匂いするね。生きてるって匂いがするし、肌もすべすべでさ。しかも抱きすくめると、とっても柔らかくて気持ちいいんだよ。知ってた? 服の上から抱きつくのとは大違い。やっぱり入れ替わるからにはやらないと、ね」
めちゃくちゃいい顔で、めちゃくちゃ満足げに語るが、話を聞いた二人はめちゃくちゃ絶叫した。
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
彼は自分のモノを女子二人に見られたことに悲鳴を上げ、妹は自分が加担したために友達に失わせてしまった結果に衝撃を受けて、声にならない悲鳴を上げた。
ただ一人、首謀者だけは彼の反応を見て普通に呟いた。
「あ、その反応。やっぱり童貞卒業だったね。どうりで赤かった訳だ。ごめんね。でも、その一瞬にかける快感は癖になりそうでよかったよ」
「わーーーー!」
「男子の方がエッチなことに興味津々って本当だったんだね。もうデート中、かわいいと愛でてるかそのことで頭いっぱいだったもん」
デリカシーも配慮もない発言をされ、一気に距離を詰めて彼女の口を押さえる。
自分の口を押さえるのは不思議な状況だけれど、そうも言ってられず涙目で睨むが、姉は全く悪びれるようすがない。
そしてなぜかこちらに妹の怒りの矛先が向く。
「貴方……! なに人の友達にしてくれてるの。絶対に許さないから!」
「はぁっ?! なんでだよ! やったのはお前の姉だろ。俺だって学校でその子と会っちゃったら、どうすればいいかどんな表情でいればいいのか分からないんだぞ!!」
必死に言いがかりだと訴えるが、一度に色んな論点が入り乱れて絡まる内容に、頭がついて行けなくなったようで彼女は半ギレする。
「知るかっ! お姉ちゃんが元の身体に戻ったら、貴方のことを必ずぶっ殺すからね!!」
殺害宣言の脅迫をされ、元に戻ることが果たして良いのか悪いのか分からなくなる。
しかし、戻っても戻らなくても自分にとって悪い目しか出ないのはなんとなく理解していた。
もう混沌とした怒りで手錠の紐を引き千切り、妹と二人で言い争う。
相手は料理をしていたので手を伸ばせば、そくざに凶器を手に取れるが、まだ相手が姉の身体なので手を出せないでいた。
いがみ合い睨み合う二人の脇で、満喫した一日を振り返る姉は独り言を呟く。
「ーーあの子ともデートしてみたいんだよね。もう一度、入れ替わってデートしたいな」
物思いに口に出した子は、またしても妹の女友達の名前だった。
「俺なんか責めるより、この煩悩の権化のような姉をとめろよ!」
指をさしてああだこうだと言い合っているとニュースが耳に入る。
つけっぱなしにしていたテレビから、今夜は流星群が見られるという報道が流れていた。
「「「………………!?」」」
三人とも目を光らせてテーブルやソファをかい潜り、サッシ扉を引いて我先にとベランダに飛びだす。
瞬きだした街並みの光景を遠目に、勢いよく手すりにつかまり夜空を仰ぐ。
「もう一人デートしたい子がいるので、入れ替わりお願いしまーす!」
「身体を元に戻して下さい!」
「この不埒な者に罰をッ!」
ベランダの外に身を乗りださんばかりに同時に願い、三人の神様への願いは叶えられた。
まず身体がそれぞれに戻り、次に妹の願った罰が当たって再び身体は入れ替わり、姉の願いが叶えられた。
「うわっ、また身体が?! せっかく戻れたとおもったのに!」
「はんっ! ざまーみなさい」
「やったー! またデートできるー」
喜んでいた姉に悪口を言った罰だと、妹は凶悪な表情を浮かべる。
「ちょっと待って! これってまたお前と二人きりで一緒に姉の帰りを待つってことだからな。またお前は休日に出かけられないぞ」
状況を説明するとうろたえた姿を見せる。
「えっ……!」
「しかも、またお前の友達に手を出そうとしているんだぞ。お前の姉は」
「うっ……!」
「さらに突きつめると、今の願いで得をするのはお前の姉だけだ!」
「はぁっ……!」
相打ちの形で二人とも絶望に打ちひしがれてベランダに膝をつき、姉一人だけは部屋の中を跳ね回って歓喜を身体中で表した。
正直、自分の姿で子どもみたいにはしゃがないで欲しかったが、不可思議で理不尽な現実を突きつけられ、文句の一つもでず立ち上がれない。
(了)