ぽっぷあっぷモンスターの例外
宜しくお願いします。
「もう一回、ご説明いたしましょうか~」
ぺん、と、朝露をはじく大人の手のひらくらいの葉。
語尾が間延びしたのんきな声が静かな森に消える。
ガロは眉間にシワを寄せて固まっていた。
口が半開きだったとしても、仕方がない。
「いやはや、今日もよい天気で何よりです!ここはローレリアの森、いわゆる、恵みの女神ローレリアの名を冠するパロナ国北端の、最初の森でございます~」
朝の木漏れ日を浴びて、雫をあちこちにきらめかせ、くねくねと喋る生き物は、ガロがピクリとも動かないことを気にしていなかった。
「わたしの名は~、名も無き草の代名詞で・・・ぷふっ、無いのに名があるとは此れ如何に?おっと、失礼。すぐ脱線いたしますのは祖が根なし草の性分でございましょうか」
まるっこい葉を器用に軸にこすりつけ、まるで人が額を掻いているような仕草をみせる。
ガロは、目の前の事態に困惑していた。
ローレリアは、最初の森である。冒険者にとって。
一攫千金を夢見て、村からたまたまローレリアの森に近い町に出てきた冒険者希望の若者、それがガロだった。
冒険者とはいえ、いきなりモンスターと闘う者はいない。
物には順序があり、世の中には決まり事も多い。
それを学ぶにはうってつけな森が、ローレリアの森なのだ。
森の入り口にくっつくように、冒険者ギルドのあるほどよい町があり、森は初心者向けの(モンスターを含めた)動植物で溢れている。
ダンジョンやなんやと一発当てたいと夢見る輩がまず訪れるにはちょうどよい場所であった。
だから、村の平民三男坊ガロも夢を見た。
ちょっと力自慢だったから。
継ぐ家もなく、村に仕事もなく、じゃあ・・・というやつだ。
そして冒険者ギルドに登録し、冒険たるやの基礎基本の研修を受けて、初登録者は必ずこなさなければならないおつかいクエストに来てみれば。
森へ踏み込んで5分。
それがいた。
多分、それはタム草だ。
円い一部が中央にくぼんだ形の葉に、細い茎が一本。
大体地表から六、七本が束ねて生える。
名も無き雑草の代表格。
森のどこにでも生える生命力の強さから、初級ポーションの原料のひとつになっている。
まさにおつかいクエストの指名品だった。
「タム草か・・・?」
乾いた喉をなんとかならし、ガロは呟いた。
「ご名答でございます!レアモンタムと呼んでいただけると宜しいかと」
タム草から間髪なく返答があり、ガロの眉間のシワはさらに深まった。
レアな、モンスター、タム草・・・。
レアモンタム。
「俺が見せられた図鑑では、タム草は草で、モンスターじゃなかったし、そもそも喋らない・・・」
「で、ございますよね~。しかしながらわたしめは動きますし、となると区分としてはモンスター、中でも喋るとなればレア種となる訳ですね~」
えへん、と六本中二本を両端に曲げたレアモンタムが、胸をそらすようにしなった。
「とりあえず、引っこ抜いていいか?そしたら草は草で」
「そこのタム草群をご紹介いたしますので、どうか!どうかご容赦くださいませ~」
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「わたしはモンスターなのですよ~」
レアモンタムは器用に葉を地表に沿わせ、見極めの難しい薬草をぷちりとちぎりガロへ手渡す。
「何度も聞いたよ、レアなモンスターだろ」
ガロは受け取った葉を軽く検分し、布袋へ仕舞った。
すっかり森の馴染みとなったガロとレアモンタムは、ガロの採取クエストを一緒にこなす仲となっていた。
「はい。わたしはどうやら”ぽっぷあっぷ“いたします」
レアモンタムはモンスター。
元になるタム草の古代種は根なし草で、今も根がごく浅い。
だから、レアモンタムは自身を引っこ抜いて乾く前に地に突っ込むという、暴挙を可能とする。
移動しながらのガロとの採取だって馴れたものだ。
「は?」
ポップアップ、それは世界の因果で、同じ場所にモンスターが生まれることを指す。
ガロは目の前のレアモンタムを見ていても、いまいちモンスターだと思えていなかった。
「わたしめは、恐らく33番目のレアモンタムでございます」
「どうやらとか恐らくとか、えらい曖昧だなあ」
「記憶はどうも一部しか引き継がないようでございまして~」
レアモンタムは、サラッと生物学者が渇望するモンスター蘊蓄をこぼした。
ガロははっと刮目した。
「でもお前、それって、32回引っこ抜かれ・・・」
「見た目、タム草なのがアレでそれしてございますね~。ガロさんに初めてお会いしたのは28番目でしたかしら?」
一本の葉を、思考するようにくるりくるりと回した。
採ってもポップアップするレアモンスター、それはレアなのかどうか。
いやそれより、レアモンタム入りの初級ポーションは、果たして通常の効能があるのかどうか。
ちょっと遠い目になるガロだった。
「どうも、わたしめの理に関する知識は蓄積されますが、なにがしらの交流のほうは僅かしか・・・」
ガロは息をのんでレアモンタムを見つめた。
ガロは毎日のように森へ入る。
クエストをこなし、その日の糧を得るために。
レアモンタムとは待ち合わせているのにも関わらず、会えない時がある。
そんな時は必ず、初めて会った場所にいるのだ。
ここは、ローレリアの森・・・と、くねくねしながら。
「定めとはいえ、寂しいものです」
「・・・・・」
心なしかしおれた葉を、ガロは指ではさみ、撫でた。
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「ガロさん、貴方は珍しい人間ですね~。あ、いえ、悪い意味ではございませんよ?」
レアモンタムの中でもひときわ大きな葉のすぐ下に結ばれた、艶めいた赤いリボンの端をぺしぺしと他の一枚で叩いて、レアモンタムは揺れる。
レアモンタムの、三十数回(知覚する回数)の僅かに残る記憶では、レアモンタムが喋るやいなや、人間は逃げるか攻撃を仕掛けてきた。
まあ、いきなり草が喋ったらそうなるだろう。
いくらレアモンタムが陽気に振る舞っても、もうただのタム草にはなれない。
そのレアモンスターにレア人間だと言われたガロは、微妙な顔をした。
町でガロの名は知られている。
堅実に仕事をこなす冒険者としてもあるが、ガロは、冒険者ギルドにも町の人にも公言してはばからない。
ローレリアの森にタム草のレア種があること。
それは人の言語を理解し、会話が可能なこと。
名はレアモンタムといい、理性があること。
なにより、ガロの“友”であること。
絶対に、レアモンタムを採取・討伐するな、とガロは求め続けている。
レアモンタムは、森に来る様々な人からその話を聞いた。
リボンを結ばれた数日後、普通に話しかけられたのだ。
名を呼ばれ、親しげに挨拶をされた。
一人ではない、幾人からも。
短い根がピンと伸びるくらいびっくりした出来事だった。
どうもレアモンタムが最弱に類する草であることや、ガロがあまりに必死なので、町の人から生暖かく受け入れられたらしい。
何気なくガロにそのことを訊ねたら、彼はちょっと頬を染めて、目を合わそうとしなかった。
「今日は森の奥まで行くぞ、レアモンタム!」
「はぁ~い」
ガロが結んでくれた名前入りのリボンを揺らし、レアモンタムはよっこいしょ、と根を持ち上げた。
そしてガロの用意した器にすぽりとはまる。
今日もレアモンタムは33番目のままだ。
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レアモンタムは思考する。
どの程度考えることができているのか、分からないが、十枚になった葉を揺らし必死に何度も考える。
それでも、たどり着く結論は同じだった。
ガロは成長した。
ガロは森の最奥に向かい、難なく戻ることができるようになった。
ガロにはもう、この森で学ぶことはない。
ここは、最初の森なのだ。
「レアモンタム、話がある」
その時が来たと、レアモンタムには分かった。
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「それがどうしてこうなったのか~」
レアモンタムは大きな街にいた。
言わずと知れた、王都にだ。
「どうした?レアモンタム、喉でも乾いたか?」
八つの目がレアモンタムに注目する。
青年となり旅装が立派になったガロと、旅の仲間の三人だ。
そのうちの優しげな女性が、そっとレアモンタムのいる編み篭に水をさした。
「ありがとうございます、カーラさん」
カーラだけでなく、屈強な戦士然としたビリーに、ローブを羽織った優男のケビン、そして、ガロも微笑んでレアモンタムを見ていた。
「準備はいいか、レアモンタム」
「へぃ~」
つい噛んでしまっても仕方ないとレアモンタムは思う。
最初の森にいたレアモンタムは、今、最後の街へ向かおうとしていた。
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ガロは当たり前のように最初の森からレアモンタムを連れ出した。
どうやら、レアモンタムを運ぶための準備を、ずいぶん前からしていたらしい。
ローレリアの森で、幾度もいろいろな器に入れられ運ばれていたのは、そういうことだったのだとレアモンタムは知った。
ただ、歩みの遅さをカバーするために持ち運ばれていると思っていたのだ。
「教えてくれればもっとご協力いたしましたのに~」
編み篭を斜め掛けするガロに、レアモンタムは大きな葉で日陰を提供する。
びっくりさせたかったと目をそらすガロを、ぺちりぺちりとレアモンタムは葉で撫で回すのだった。
そして、いくつ目かの町を進んだとき、レアモンタムは珍しく声を上げた。
レアモンタムはレアな喋るタム草。
いわゆるモンスターなのだ。
だから、その存在が生まれ出たことを感じ取った。
彼らを統べる存在を。
レアモンタムは、畏れと慶びの混じる、凄まじい衝撃の波動に突き動かされ、生まれて初めて雄叫びをあげたのだ。
「魔王が誕生されたぁ~!!」
激情にのまれたその行動を、レアモンタムは後から恥じるが、その場に居合わせた人々は口々に伝承した。
世を救う「希望への託宣が下りた瞬間」であったと。
ガロは、いくつもの困難を乗り越えて、冒険者の中でも一握りの、特別な階級に位置していた。
もうとっくに勇ましい者であった。
そして、世にも珍しい、友がいた。
レアモンタムは、世の理を知る、レアモンスターだ。
ゆえに、ガロは、勇者となった。
更に技を磨き、仲間に出会い、町や村、人々を救う。
導かれるように進む。
どんな場所にでも。
レアモンタムを連れて、ガロは仲間と最後の街へ向かう。
託されたたくさんの希望と小さな決意を抱えて。
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「・・・わたしめは、モンスターなのです」
「知ってる、知ってるよ、レアモンタム」
ひどく静寂だった。
辺りは散々なものだ。
度重なる魔術の応戦で地面はえぐれ、巨大な穴が重なりあっていた。
魔王の居城は跡形もない。
モンスターの蔓延る森も、僅かな木々と障気が微かに残る閑散とした有り様になっていた。
皆、力を尽くした。
傷のない者はいない。
装備は破損したり、戦いの最中に紛失したり。
とにかくぼろぼろで、命のあることが不思議なくらいだった。
レアモンタムは焦げたり千切れたり、二十枚まで増えた葉は、今はたったの三枚。
それも無事な葉が一枚もない。
皆同様、穴あき煤けて薄汚れていた。
覚悟を決めるときだと、レアモンタムは悟っていた。
とっくに分かっていたことだった。
「わたしは・・・・モンスターなのです、ガロ」
主が討伐されたとき、レアモンタムの何かが失われた。
穴が空いたように、そこからどんどん力が抜けていくのだ。
まだ残っていたはずの、彼の僕と呼ばれるものたちは、いつの間にかその存在を消していた。
だから、そういうことなのだろう。
ガロは痛みで力の入らない四肢を叱咤し、這いずりながら右手を伸ばす。
もうあと少しで、えぐれた地面に落ちた、崩れた篭に手が届く。
「違う!レアモンタム、俺たちは・・・・」
「・・・・・・」
薄れる意識に、仲間たちの命が途絶えなかったことを、なによりガロが生きていることを、レアモンタムは幸せに思った。
もう、きっとポップアップしない。
だけれど、寂しさより充足感が強い。
思い出される日々は、ガロと巡った軌跡、それが何より誇らしい。
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「ここはローレリアの森、いわゆる、恵みの女神ローレリアの名を冠するパロナ国北端の、最初の森でございます~」
「知ってるう~」
他人事な返事をよこした幼い女の子が、無作為に手元の草をむしった。
「あっ、止めて下さいまし~。そこのタム草もレアモンタムでございます~」
さわさわと群生するタム草は、増えすぎて根を起こせないので、茎だけがいやいやと女の子から遠ざかる。
「おもしろぉ~い!」
きゃっきゃと女の子は手を叩いた。
「これ!ミーナ、“勇者の軌跡”を傷つけてはいけませんよ。貴女も勇者ガロの子孫なのですから。ごめんなさいね、レアモンタム」
ぱちくりとまばたいた少女は、母親に背中を押され、言い遣っていた役目を思い出した。
覚束ない小さな指先で、時間をかけてレアモンタムの大きな葉の下に赤いリボンを結ぶ。
「あたらしいリボンでかわいいわ!レアモンタム、ゆうしゃガロのお話をきかせてね」
レアモンタムは、ローレリアの森の、勇者の軌跡を語るもの。
「もちろんでございますとも。ガロは、始めから特別でございましたよ。わたしめに奇跡を与えてくださったのですから。ええ、ええ、わたしはモンスターでございました。───────」
レアモンタムは、世の理を知り、語り継ぐものとなった。
最初の森の入り口で、冒険者を志すものたちへの道標に。
モンスターであった欠片は、魔王との戦いの果てに、消えてなくなった。
残されたのは、世の中との繋がりであり、勇者との深い絆であった。
「わたしめは、申したのでございます。世の中はそうできておりますからね、するとガロは“やってみなければ分からないし、認めない”と・・・・いかにもガロらしいじゃありませんか」
やわらかな風の中、33番目のレアモンタムは、たくさんの葉を笑うように揺らしていた。