0087 男の涙ぐらい役にたたねえ物はないよな、美人の涙はいい精力剤になるのに
小屋の中で気配を殺し、モンスター達から身を隠していたのは、あの巨大でマッチョなつるっパゲの戦士、デッカーだった。傍らには折れたハンマーも転がっている。
「ジュ、ジュノンお前、助けを呼びに行ってくれたのか……」
デッカーは瀕死の重傷を負っている……回復アイテムも尽きたのか? こうなると立派な戦士も形無しだ。
ああ、ノエラがチラチラと俺の横顔を見てやがる。クソッ。
「ノエラさんのMPは温存して下さい。しゅくふく」
不本意だが、俺はデッカーにしゅくふくを掛けてやる事にする……うおお!? 俺の右手から普段のしゅくふくの10倍くらいの光が出て、狭くて暗い小屋の中を眩しく青白く照らす! 眩しいってヴェロニク! やり過ぎ! 俺はさっさとそれをデッカーに放つ!
「ああっ!? あ……ああああ!」
男が変な声で喘ぐんじゃねえ、気持ち悪いな。AVでもたまにあるよな。マイクが男の声ばっか拾ってるやつ、何なのあれ。ねー?
「治った……治った、一瞬で!? あんたは確かウサジ、いや、ウサジさん……! 面目ねぇ……本当に面目ねぇ……!」
デッカーはそう言って声を震わせ、土間に顔を埋める。
「ソーサーとメーラは、誘拐された……! 魔族共が、人質にして人体実験に使うと言って……俺には……俺には何も出来なかったッ……!」
ソーサーとメーラって誰? どっちかが金髪キザ野郎だよな?
「そ、それじゃあ、あの……」
声を震わせるジュノンに、デッカーは涙声で応える。
「あいつは真っ先に一人で逃げたッ! 畜生ォ……仮にも勇者を目指すと言っていた男が……! 情けねえ……情けねえッ……!」
ん? どういう事? 勇者が一人で逃げたの? じゃあソーサーとメーラってのが金ピカ神官とぼいんぼいんの姉ちゃんか。
マジかよあの色っぽい姉ちゃんが……なんてこった。でも助けてあげたらエッチさせてくれるかな?
「二人がどこへ連れ去られたのかは解りますか?」
「全くわからねえ……俺は死んだと思われて置き去りにされたんだ、這いずってこの小屋の中に隠れる事以外、何も出来なかった……」
大男はそう言って涙をぼろぼろこぼす。
「では、とにかくヴェロニカまで急ぎましょう。それであの、逃げたという」
勇者候補の金髪キザ野郎、結局なんて名前なの? 俺まだ聞いてないんだけど。
「あんな奴知るもんか! あの野郎、弱い魔物相手には必要以上にしゃしゃり出て来る癖によォ! 勝てない相手だと思ったら、ろくにMPも使わないうちに、本当に一人で逃げ出しやがったんだ!」
小屋の入り口から、他の兵士やオイゲン将軍も顔を覗かせる。
「ウサジ殿、日が落ちる前にヴェロニカに行かなくては」
「そうですね……デッカーさん、貴方ももう歩けますね? ヴェロニカまでの道を切り開く手伝いを頼みます」
◇◇◇
元々は手練の戦士だったはずのデッカーは、兵士から借りた剣を一応へっぴり腰で振り回すものの、ほとんど戦いの役には立たなかった。魔族にいたぶられ仲間を誘拐され、すっかり自信を失ってしまったらしい。
「ウサジさん……俺はもう駄目だ、戦う男には戻れねぇ。俺なんて、あのまま死んでおくべきだったんだ……」
「敵を倒すのだけが戦う男ではありませんよ、木を切り石を除き、畑を耕すのも立派な戦う男です。町についたら、しばらく戦闘から離れているといい」
「駄目なんです、俺は弱虫のくせに短気で粗暴なんだ、ジュノンはよく知ってるだろう? どこに行ったって、一緒に働く仲間に迷惑を掛けるに決まってるんだ」
ジュノンは、しょぼくれるデッカーの腕を取る。
「デッカーさんは優しい時は優しいです、僕にだって、もっと飯を食ってでかくなれっていつも言ってくれてたじゃないですか、出来ますよデッカーさん!」
「すまねえジュノン……だけど……だけど俺、あの野郎がお前を追放するって決めた時、反対しなかったんだ……」
デッカーはそう言って、ジュノンの腕を振り払い、また声を震わせる。本当にみっともねえなあ、デカい図体していつまでメソメソ泣いてんだよ。
「俺はッ……お前のM字ハゲがいつの間にか治ってるのを見てッ……それが羨ましくて、妬ましくて、憎くてッ……!」
「そんな……デッカーさんは立派なスキンヘッドを自慢してたじゃないですか! 実際デッカーさんにはとても良く似合います、かっこいいです、デッカーさんのスキンヘッド!」
「う、うるせえっ!!」
ジュノンの言葉に激高したデッカーの裏拳がジュノンの顔面に迫る!
―― パシッ……
しかしその拳は、俺の左手に軽々と受け止められていた!? ヒエッ、何これ俺もうこんな事出来んの!?
「あっ……ああっ!? ほら見ろ俺はまた! ウサジさんが止めてくれなかったら、またジュノンを殴っていたんだ、やっぱり俺なんか死んだ方がいいんだ!」
真っ赤から真っ青に顔色を変えたデッカーは、自分の顔を本気で殴り始める!? まじかよおい血ぃ出てんぞ!?
「やめなさい!」「やめなよデッカー!」
俺とクレールは、錯乱するデッカーを両側から止める。
「い、今のは僕が悪いんです、僕が無神経な事を言ったから!」
「お前は悪くねえよォ、俺が、俺が死んだら済む話なんだ!」
「いい加減になさい! デッカーさん、死ぬくらいなら貴方もヴェロニク様の信者になりませんか。貴方のような人にこそ、ヴェロニク様の深い愛と包容力が必要ですよ」