0008 お手手拭いた、お箸よし、ティッシュよし、後は食うだけですなマイバディ
これからは人の話はちゃんと聞こうね。毎回死んで教会で復活してたらお金なんてたまる訳ないね。そんな話をしながら、俺達は宿に入った。
「ようこそ旅の方。一晩24ゴールドになりますがお泊りになられますか?」
クレールが一歩前に出る。
「あー。念の為伺いたいのだが……いや、この宿に泊まるのは初めてだからな」
ぷっ。この宿も何も宿に泊まるのが初めてのくせに。
何をどう察したのか、宿のおやじは少し申し訳なさそうな顔をした。
「うちは小さな田舎宿ですからね、部屋は男部屋と女部屋が一つずつで……個室はございません」
「それはつまり……銭湯のようなものだな! ははは、なんだ! そうか!」
クレールが俺以外の仲間二人を見て笑った。
「な……なーんだ! あはは!」「そうだったんですね! ふふ、ふ……」
俺は全然別の事を考えていたので、その輪に加われなくても寂しくはなかった。なんだよ。俺の中のヒゲに鉢巻き、腹巻にステテコ姿の小さなおっさん妖精、ぜんぜんアテになんねーじゃん。
俺の異世界転生、順風満帆じゃねーか。
宿の客は俺達だけだった。小さな村だもんな。
俺は男部屋の真ん中で一人あぐらをかき、腕組みをして考えていた。
据え膳食わぬは男の恥という言葉がある。
残念ながら今までの俺の人生には縁が無かった言葉だが、これからは座右の銘として肝に銘じて生きて行きたい……そうだな……誰かにサイン色紙を書くよう求められたら、名前と共に書き添えたい。
俺は別に告白とかはしていないのだが。
ノエラは俺にオーケーだと言った。
言ったよな? あれは。
それから……初めてだと……ん? 鼻がムズムズするな……あっ、いかん、鼻血が出てる。
こんなの誰かに見られたら恥ずかしいや、大の大人が。ははは……
はははじゃねーや、そろそろノエラが来るんじゃないか?
話があるので後で来て下さいと言っておいたのだが……いかん、一人でと言うのを忘れてた。いや普通一人で来るだろ常識的に考えて。
とりあえず鼻血を止めないと……だけど俺ハンカチ一つ持ってなかったよな……どうしよう……ん?何だ、こんな所にポケットティッシュがあるじゃないか。
とん、とん。
誰かが扉をノックしている。おお、来たか!
「どうぞ……」
俺は小声で言った。
扉を開け、ノエラが顔を出す……革の鎧は脱いで来たな? 結構、結構……男の子みたいな服を着ている所は少し残念だが、贅沢は言うまい。
「ウサジさん……えっ、鼻血? 大丈夫?」
「ああ、ちり紙ならあるから」
「チリガミ?」
血の気が。一気に引いた。俺の顔面からも。鼻の奥からも。俺のビッグトロフィーからも。
この世界にポケットティッシュなんかあるのか? そう疑問に思う暇すらなかった。俺はそのポケットティッシュに挟まったチラシをまともに見てしまったのだ。
『いつも貴方を見てるわ パチンコ・ヴェロニク』
ひ……ひいぃっ!?
そう。確かに女神は言っていた。24時間、365日俺を見ていると……そんなのただの脅しだと、質の悪い冗談だと思っていたのに。
俺は落ち着いて。その……一見するとどこかのパチンコ屋で貰ったかのような、何の変哲も無いティッシュを一枚引き出し、ちぎって丸め、鼻血が出ている方の鼻の穴に詰めた。
ノエラはそれを見て少し笑った。
「へー、便利そうだねそれ、初めて見たよ」
「あ、ああ……」
「それで、話って何?」
「何って……ノエラさんの方から、話があったんじゃないかと」
瞬間的に真っ赤になるノエラ。もしかして部屋の入り口から顔を出し、俺の目の前に座るまでの間は、必死に平静を装っていたのだろうか。何とも初々しい。
ここは男ばかりの相部屋のはずなのに、居るのは自分とウサジだけ、つまりこの状況は普通に、男女が一つの部屋に二人きり!? と、辺りをキョロキョロ見回しながらますます顔を真っ赤にしているノエラの思考が……手に取るように解る。
しかし、見てるか……見てるのか……ヴェロニクってなんだろうな。あの黒髪の女神の名前? しかし……しかし……
この魅力……抗い難し……恐るべし、勇者!
俺のタワーは一度は崩壊してしまったが、今は前回より少し大きめに再建されていた。150階建てが155階建てになった感じだろうか。
意外と胸がでかい、いやでかいと言う程ではないが、ボーイッシュでほっそりとした身体をしている割にはDカップくらいはありそう、服は男物なので色気は無いと思っていたら胸元は少し開き気味で、その谷間がチラッと見えてしまう……
うむ。ボーイッシュな美少女にはこういう隙があって欲しいという男のロマンをいっぱいに散りばめた、正しいボーイッシュ美少女だ。
見ている? 仕方ないね。だけど女の子をこれ以上待たせたら、それこそ男の恥じゃないか。なあ女神さ……ま……
俺は見た。ポケットティッシュの透明の包装の中。ティッシュとチラシの間から……ポロンと……黒く輝く、小さな、平らな何かが落ちたのを……
これは……カミソリの刃……
「……俺……いや私が入ってたあの箱は、伝説の武器が入ってるはずの箱だったからもう少し話を聞かせて欲しいって。ノエラさん、そうおっしゃってましたよね」
「う……うん。あの、ウサジの話って、その話……だよね?」
「ええ、もちろん。他にどんな話があるんですか?」
俺はヒゲに鉢巻き、腹巻にステテコ姿の小さなおっさん妖精に負けた。
次の瞬間。部屋の扉の蝶番が壊れ、そこによりかかって聞き耳を立てていたらしい、クレールが、ラシェルが……戸板と共に部屋の中に倒れ込んで来た。
――バターン!!(笑)
「ふ、二人とも!?」
「ああっ、よろけて扉にぶつかってしまった! すまない!」
「私もです! 転んでたまたま扉にぶつかってしまいました!」
宿のおやじに怒られ、俺は寝る前に扉を修理する事になった。女共は先に部屋に戻って眠ってしまった。もしかして箱の話、どうでもいいのか?