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0078 大丈夫、それは病気ではありません、大人になると出るものなんです(微笑)

「シゴトに行きたくないんデス……ショクバの人間カンケイが辛クテ……」


 最初の相談者は錬金術師ギルドの中堅術師だそうである。プライバシー保護の為か、すりガラスのついた衝立ついたての向こうで話している。音声も加工されているかのように甲高い。


「あー。貴方は職場でいじめられているのかね」

「イイエ……でも理不尽な事デ毎日叱られてる人が居マス」

「自分はいじめられてないけど、行きたくないと?」


 赤と青にそう言われて、相談者は肩を落とす。俺も何か聞いた方がいいのかな。


「偉い人は何もしてくれないんですか?」

「ハイ……知らん顔デス」

「じゃあ、転職しましょう」


 俺がそう言うと相談者は顔を上げる。しかし赤と青はこちらを向いた。


「軽々しく物を言うのだな、ヴェロニクの使徒とやら。転職など上手く行くとは限らんし、職場にも迷惑がかかるではないか」

「勿論御本人もそういう気持ちで苦しんでいるのでしょう、私としては救済を提案したいと」

「だが、いじめられている同僚を見捨てて逃げるのは卑怯ひきょうだ! 邪悪と戦わずに逃げるべきではない!」

「同じ事ですよ、この方もそう考えて自分を責めています。私は僧侶であって教師ではないですから、逃げていいんですよとお伝えしたい。この方がいじめ上司と戦う為に給料を貰ってるというのなら話は別ですが」


 まあー俺ならそんなバイトはすぐやめるわ。ただそれだけの話である。それに辞める辞めないは結局は本人が決めるんだから。

 聴衆は好き勝手にざわつく……まあ、どうとでも取ってくれ、俺は本物の坊主じゃねえ。


「いかがですか? 相談者の方」

「あ……イエ……はい、ありがとうございマス、やっぱり、もう少しダケ頑張ってみマス」


 えー? よせばいいのに。


「じゃあ辛くなったら遊びに来て下さいね、いつでもお話を伺いますよ」

「ヴェロニクの神殿は無いのだろう!? 無責任な」

「それでは次の方に参りたいと思います」


 退出する相談者に、俺は一声掛ける。青はまだブツブツ言っているが、アダルベルトは流して次の相談者を呼ぶようだ。



「カレシが遊びをヤメテくれなくて……」


 次の相談者は若い女のようだ。やはりすりガラスの向こうに居るし、声はヘリウムガスでも吸ったかのように甲高い。


「彼氏? 結婚はしていないのか」

「ハイ、イエ、でも約束はしてマス」

「婚約者なのだな? 遊びというのは」

「ギャンブルとか……」

「博打とか、それから?」

「イエ、そのくらいデス」

「王国で禁止されてない範囲の博打なら、少しくらいいいのではないかね?」


 すりガラスの向こうの人影がうつむく。俺は黙って聞いていた。


「少し、ではないデス……結婚資金トカ全部使っちゃっテ……」


 聴衆がどよめく。


「その男の遊びは博打だけかね? 酒も飲むのだろう?」

「ちゃんと話してくれないと、我々もアドバイスが出来ない。話しなさい」

「ハ、ハイ……実ハ……他所ニ女モ……」


 聴衆がさらにどよめき、不満の声や悲鳴も聞こえて来る。赤と青も腕組みをして天を仰ぐ。


「お次は何だね? その事をとがめると貴女に暴力を振るうんじゃないのか」

「イイエ! 暴力ハないデス、優しクテ気の弱い人デス」

「だけど暴言は吐くんだろう? そんな男はやめておけと、家族や友人にも言われてるんじゃないかね!?」


 赤は立ち上がって相談者に指まで差す。こらあかんわ。あんまり気が進まないけど、俺も口を開く。


「相談者さんを責めるのは間違いですよ」

「では君も黙ってないで何か言いたまえ! ヴェロニクの使徒とやらはこんな時、どうするんだ」


 ヴェロニクの使徒っつーか……俺は基本的に他人の女はどうでもいいのよね、ぜんぶ俺にれなかったのが悪いんだから、うん。

 あるいは俺にもワンチャンあるっていうならそら親身にもなるよ、一肌脱ぐよ、パンツも脱ぐよ。どうなの? 脱いでいい? パンツ。


「うーん。そんな男はやめて、私と付き合いませんか?」


 聴衆が静まり返る。


 あれ? 俺今なんて言った?


―― ドッ……!! わはははは……

―― やだー、サイテー、もう

―― あれが坊主だって? なんて不真面目な奴だ


 ああーっ!? 違う、今のは本音! 建前は頭で考えていたほうで、逆にしてしまった!? いや、俺頭ではもっとやべー事考えてたような……


「何を考えているのだ! 質問者は真面目なのだぞ!」

「神官長、もう十分ではないのかね、この男は異端だろう!」


 赤と青もそうイキり立つ。


 だってさあ、さっきの相談者もそうだけど、このくらいの情報で的確なアドバイスなんか出来ねーよ。

 この女には心配してくれる友達や家族は居るのか、その男は最初の男か、今までの恋愛遍歴は? つーか実はもう子供が居たりしないのか? 情報が少な過ぎる。かと言ってそんなもん衆人環視の前で根掘り葉掘り聞くもんじゃない。

 それに、人にそんな男やめろって言われて、それでやめる女って、あんまり聞いた事ないんだよね。


「どうです? ガラス越しじゃ解らないだろうけど、私は結構いい男ですよ」

「……ハイ。考えてオキマス。フフ、フ」

「まだ言うのか、貴様は!」


 俺は聴衆のざわめきや、赤青の罵声に負けないよう声を張る。


「貴女の事を好きになる男性は世の中にはたくさん居ますよ、貴女がその気になれば、その人は貴女の最後の男ではなくなります! いつでもね。それでも貴女はその人が一番好きで、その人と一緒に居たいというのなら、頑張って下さい! ヴェロニク様はそのどちらも応援します! 辛くなったらいつでも遊びに来て下さい」


 聴衆が一瞬静まる。


「ア……ありがとうゴザイマス! ソノ時はすりガラスナシで、フフフ」

「宜しいですか? ご協力ありがとうございました」


 アダルベルトはそこでこの相談を締める。美味しい所が終わったらさっさと次へ行く、なかなかの仕切りっぷりだな。


「こういう相談者には根掘り葉掘り、身の回りの事を聞かんといかんのに!」

「神官長、こんな事でいいのか!」

「次の方、どうぞー」



 その後も相談者は次から次へと現れた。


「下着泥棒が止められマセン……モウ、三回タイホされテ、仕事モ友人もなくシタのに、下着ガ、下着ガ何度デモ私を狂わせるンデス」

「泥棒はいけません、ちゃんとお金を出して買いましょう。その為に汗水垂らして働いて下さい、それで皆幸せになれます。ヴェロニクは貴方をたたえるでしょう」


 俺は赤と青からなじられ、観客に笑われながらも自分の信念で答えを出し続けた。


「ボクはどうシテもタマネギがたべられマセン。ボクがタマネギをたべのこすと、おカアサンがとてもカナシソウなかおをしまス。ボクもとてもかなしくなります。だけどどうシテもたべられナイのデス」

「この子のお母さんはいらっしゃいますか!? タマネギくらい食べられなくたってどうって事ないんですから、タマネギ出すのやめて! 君は今日から毎日、毎日ですよ、お母さんの肩を二十回叩きましょう、お母さん喜びますよ!」


 野次も飛んで来る。生臭坊主だの破戒僧だの、なんだってんだ全く。

 よく飽きねーなしかし。審査開始から一時間経っても観客は減らなかった。まあ、他に娯楽が無いんだな。


「便秘がヒドクテ……もう一週間もデテマセン……」

「それはお医者さんに相談して下さい」



 相談者の弾は昼前には尽きた。


「ありがとうございました。以上で全32名様の相談は終了いたしました。公開異端審査会は、これにて閉会とさせていただきます。観覧の皆様、ありがとうございました」


 やっと終わったか。観客は笑ったり呆れたりしながら広場を離れて行く。

 ごめんなヴェロニク。俺やっぱ僧侶の真似とか無理だわ。俺はそんな立派な人格者には程遠い、アホでエッチなただの男なんだ。

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作者みちなりが一番力を入れている作品です!
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