0074 俺の男のレガシーは、ロリータには刺激が強過ぎるんじゃないかな
「こんな所に隠れてまで、学校から逃れようとしたのですか……!」
女官長という雰囲気の怖そうな婆さんが、唇を震わせてそう言った。
引き出しから引き摺りだされたマドレーヌは、壁の方を向いたまま口をつぐんでいた。
「昨日、約束なされたのでしょう!? 明日は学校に行くと!」
「いやいや、もう結構、あなたやオイゲン将軍がいくら言っても仕方がない。王女は一度、国王陛下にきちんと叱っていただかないといけなかったのです」
俺はそう言って、王女とその怖い婆さんの間に入り、婆さんに愛想笑いをして、王女にしかめ面を向ける。
「ウ、ウサジ様、しかし私共は陛下より王女の教育係を仰せつかっている身なのです、王女の教育に陛下の御手を煩わせては、私共の立場が、その……」
しかし女官長はそれを聞くと、少し怯えたような顔をして縮こまる。俺はちらりと、オイゲン将軍に視線を向ける。爺さんは頷く。
「……解った。責任は我輩が取る。陛下の御前に参ろう」
「……いやじゃ。お父様には言わないで欲しい」
マドレーヌは小声でそう言ったが、俺は聞こえないふりをする。
「あの……大丈夫、きっとウサジがちゃんと話してくれるから」
ノエラはマドレーヌの前に屈み込み、普通の、年上のお姉さんのように優しくマドレーヌを諭す。マドレーヌはノエラの極太カモメ眉毛を見て引いてはいたが、やがて小さく頷いた。
◇◇◇
ガスパル王の居室や執務室は城の別の棟にある。俺達はオイゲン将軍について、長い渡り廊下や階段、広間を横切って行く。
三妖怪はその間、マドレーヌに旅の話を聞かせていた。
「そこでウサジはワイバーンをおびき出す方法を思いついたのです! たくさんの紙を集めて巨大な凧を作り、それを空に打ち上げれば、ワイバーンは自分の縄張りに人間を餌にする他の獣が現れたと思って攻撃しに来ると考えました!」
「そ……それで……?」
「ウサジさんの呼び掛けで、町の人々は協力して凧作りに励みました。やがて私達三人が手を広げたのよりもずっと大きな凧が出来上がりました。ところがそんな巨大な凧は広い場所と強い風がなければ空に上げられません」
「妾もそう思ったのじゃ、山の中の砦でそんな立派な凧は上がらぬのじゃ」
「だけどウサジは自信満々、強風ならば自分が吹かせられると豪語し、先日哀れな見張りの兵士がワイバーンに食われてしまった見張り塔に、たった一人で登ったのです!」
ノエラが、ラシェルが、クレールが、三方からそう代わる代わる説明すると、マドレーヌは慌しく三人を見回しながら、ハラハラした顔で続きをねだる。
「それからどうなったのじゃ!? もったいぶらずに教えてたもれ!」
そこへ非情にも、足を止めたオイゲン将軍が、膝をついて奏上する。
「マドレーヌ様……申し訳ありません、父上の、ガスパル王の執務室に今着きました。どうぞ、お入り下さい」
マドレーヌはにわかに激高する。
「有り得ぬッ! 今一番いい所なのじゃ! ノエラにラシェルにクレール、最後まで話すのじゃ、大きな凧はどうなったのじゃ、ワイバーンはどうなったのじゃ!? 山奥の砦の人々は無事なのか!?」
「マドレーヌ様。貴女は今陛下に、お父上にお詫びを申し上げに来ているのですよ。謹んで下さい。さあ早く、こちらへいらっしゃい」
俺は相手が王女である事にも構わず、腕組みをして居丈高に告げる。
国王の執務室だというその部屋の前に、扉はついていなかった。両側には完全武装の精鋭兵士が立っていて、部屋の中にも近衛兵の一隊が整列している様は、この国が戦時下にあるのだという事を嫌でも彷彿とさせてくれる。
部屋の向こうには巨大な執務机があり、その周りには数人の文官が歩き回っていて、事務の補助をしているのが解る。
机の向こうには、身長190cmぐらいの筋骨隆々の、世紀末救世主系の超怖い雰囲気の男が鎮座している。あれがガスパル王じゃないといいんだけど。