0066 男女の間にも友情は成立する? 甘ったれた事言ってんじゃねえぞ(ポロン)
「これだから私は思慮が足りないと言うのだ……ウサジがどこに居るのか気付くのに、一時間もかかってしまった」
クレールは砦の三階の立派な扉のついた部屋に俺を引っ張って来て、中に入れる……ああ、ここが城主部屋か、確かにそんな感じだわ。
―― カチャ、カチャ。
「クレールさん?」
「私達はまだ囚われの身だからな、用心に越した事はない」
クレールは扉の鍵を閉めてこちらにやって来る。俺はなんとなく部屋を見回す。
「まあここなら、十分広そうですね……」
クレールにとって俺はもう男女の性別を越えた大事な仲間だ。そんな仲間の俺が、いくら家具を入れてあるからと言っても、牢獄を寝室として使わされるのは我慢がならなかった。
初めて会った頃のクレールはとても刺々しく、俺の方もいくら美人だからってこれは嫌だなあと思ったものだが……だけどこの通り。クレールは警戒心が強い代わりに、一度仲間になればこんなにも情に厚い、友達想いの女の子だったのだ。
嬉しいなあ。そして何だか申し訳ない。俺にとってのクレールは男女の性別など全く越えた覚えのない性的欲求の対象で、一瞬でも油断すればよだれを垂らしてしまいそうな黒毛和牛サーロインステーキ600gなのだ。
ああ……しっとりとサシの入ったその柔肉を、口いっぱいに頬張りたい……
「ウサジ、胸甲の紐を硬く結び過ぎてしまって解けないんだ、すまないが手伝ってくれないか?」
俺はクレールの声で妄想から現実に呼び戻される。やべえ、よだれ垂れてたわ。だけどクレールはちょうど向こうを向いていた。いやちょっと待て。今何て?
「え、ええ」
しまった、声が少し上ずってしまった。格好悪いぜ、ステイクール、俺。
クレールは長い髪をまとめて前に抱える……まあそうしないと胸甲の紐が見えないからね。紐……これか、本当に硬く結んであるな……なかなか解けない。
結び目にてこずる俺の指がふと、クレールの背中に触れてしまう。
「んんっ!?」
「あっ、ご、ごめんさない!」
その瞬間、クレールがピクンと跳ねた! 俺は慌てて手を引っ込める、待て、ちょっと待てこれ何のプレイ!? ヤバいヤバい立つ立つ立つ、落ち着け俺!
俺、なんか昔、心におっさんの小人を飼ってなかったか? あいつ最近どうしたんだ全然出て来ねえぞ、ちょっと出て来い、あーでも何だっけあいつの名前……
「こ、こちらこそ変な声を出してしまって! す……すまない……」
クレールが微かに頬を染める……だぁーッ!? だめだってヤバいヤバい! いや、ヤバいっていうかもう無理! これ絶対誘ってんだろ!? 誘ってんだろ!! じゃあもういいじゃん! 食べていいじゃん! いや待て落ち着け、クレールは俺を男女の垣根を越えた仲間だと、うるせー知った事か! 俺の中ではその垣根は絶対に飛び越せねえ巨大なコンクリートの壁で鉄条網もついてて周りは地雷原になってるんだよ!
そんな混乱に落ちる俺の前で、奇跡は起きた。
―― スルスル。パラ。
ひっ……ひいいっ!? 結び目が勝手に解けた! ヴェロニクだ……ヴェロニクが奇跡を起こしたのだ! 他に説明はつかない、ヴェロニクは、ヴェロニクは今この瞬間も俺を監視しているのだ!
「あ……ありがとう。すまない、ウサジにこんな事を頼んでしまって」
外れて落ちそうになった胸甲を抑え、クレールはこちらに振り向く。俺は慌てず落ち着いたフリをしつつ、股間のテントを見られないよう向こうを向く。
「普段はノエラさん達に御願いするんでしょう? 困りましたね……やっぱり、二人にもそろそろメンバー復帰していただいた方が」
―― コト。カチャ……
クレールが胸甲と剣帯を外し、テーブルに置いたようだ。思えば俺、武装を解いたクレールを見るのは初めてなのでは? いや待て落ち着けそんな事考えるな、あと、鎮まれ。
「あの二人……そうだな……でも」
ようし落ち着いた、もう大丈夫だ。俺はクレールに向き直る。鎧や剣帯を外したクレールは何かのキャンペーンガールのような、少し露出が多いかなという以外は普通に見える格好をしていた。いや何が普通か知らんが。
さて、俺はもう一度部屋を見回す。大きなベッドのある寝室は奥にあり、手前は居間になっているな。その間に扉は無い。困ったなあ。これでは夜這いが捗るじゃないか……ヴェロニクをどうにかしてごまかせないものか?
「二人同時にか? それともラシェルだけ先に?」
うーん、うーん……何かいいアイデアは無いか。
こういうのはどうだ? 一度仮眠を取りヴェロニクに会いに行き、ノートに辞書の「い」の段の文章を全部書き写していてもらうというのは?
「どうした……? ウサジ」
いつの間にか腕組みをして目を閉じていた俺は、クレールの声に呼び戻される。
「ああすみません、少しヴェロニク様の事を考えていて」
「ウサジはいつもヴェロニク様の事を考えているのだな……初めて会った頃の私は何故、ウサジを疑っていたのだろう……あの時の私には、本当に何も見えていなかった」
「い、いいえ……そんな風に思わないで下さい。コホン。あの、私……少し早めに眠らせていただいて良いですか?」
俺はヴェロニクをごまかすと同時に深夜に起きて夜這いも出来るという天才的アイデアを実行すべく、居間の隅に置いてあるベンチの方に向かう……しかしたちまちそこに、クレールが飛んで来る。
「どこへ行くんだ、眠るなら奥に立派なベッドがある」
いや、そっちで寝ると熟睡して朝起きて呆然としてる未来が見えるから……
「寝室はクレールさんが使って下さい、私はそのベンチで十分です」
「そういう訳には行かない!」
俺はクレールを振り切ってベンチへ行こうとした。
しかし……俺もこの世界に来たばかりの頃に比べればだいぶレベルアップしたと思うのだが、それでも「ちから」では戦士でありレベルも高いクレールの方がずっと上だった……俺はズルズルとベッドの方に引き摺られて行く。
「離して下さいクレールさん、ベッドは貴女が使いなさい」
「ウサジをベンチに寝かせて、自分だけベッドでなど寝られない!」
そしてとうとう、俺はベッドの上に押し倒された。そしてクレールの体もそのまま俺の上に倒れ込んで来る。
ちょっと待って。何これ。
「こ……このベッドは十分に広い……二人で使えばいいじゃないか……!」
クレールは頬を赤らめ、目を逸らしてそう言った。