0062 まあーもしかしたら我慢出来なくて食べちゃうかもしれないけどね、うん
その夜。俺はどこかの会社の事務所に居た。これはちょっと嫌だなあ。事務所にはたくさんの机やPCがあるが、ここに居るのは俺と、一般職のOLさんっぽい制服を着たヴェロニクだけだ。
「ウサジ! 私まだ自分に自信が無いって言ったじゃない、なのにどうして、あんな事をするの!」
ブラウスとベストに、タイトスカート姿のヴェロニクは会うなり俺に迫って来る、待て、ヴェロニクは元の神格を取戻しつつあったんじゃないのか?
しかし……突進して来たヴェロニクは抱き着いて来るでもなく、胸倉を掴んで来るでもなく、俺の手前で急停止し……俯きながら俺の服の袖の先を指でちょっとだけ摘まんで、左右に揺らす……何だこれ可愛いわ。
「あんな事って、何ですか?」
「わ、私を……し……」
俯いたヴェロニクはさらに赤くなる。
「信じろだなんて……」
「なーにを言ってるんですか貴女女神さまでしょ、これからね! 信者をどんどん集めて、がっぽがっぽ稼がなきゃいけないんですから!」
俺は笑って、そのへんの大きなホワイトボードに、右肩上がりの棒グラフを描いて行き、その上に営業目標と書き加える。
ヴェロニクはどこかの席から黒い表紙のファイルを持って来て、真っ赤になって両手で俺の頭をポコポコ叩いて来る。
「やめてそういうの! 私には出来ないって言ってるでしょう!」
俺はヒョイとそのファイルを取り上げる。ヴェロニクは俺からファイルを取り返そうと何度かジャンプするが、ファイルには届かない。
「それが皆の為になるんだからいいじゃないですか……まあ、まあ、信者なんてそんな急に増えたりしませんって。知ってると思いますけど、私は本物の僧侶じゃないし、僧侶になるような人格者でもないんですよ」
「でも……」
ヴェロニクは上目遣いで俺を見る。
「堂々とお説教してたわ、ウサジ」
「ヴェロニク様こそ、やめて下さいよ」
あれは、俺だってちょっと恥ずかしいと思ってるんだから。
ヴェロニクの使徒? とやらは今の所俺一人しか居ない。その一人があんなザマなんだから株式会社ヴェロニクの前途は多難だな。だけどしょうがないじゃない、俺なんてただ人より少しエッチなだけの普通の男である。
「あの、昔は、いや以前はどうだったんですか? ヴェロニク様のセールスポイントって何だったんですか? しゅくふく、はとても助かってますけど」
「えっ……?」
「ほら、あるじゃないですか良く、正義を司る女神とか、月をモチーフにした女神とか。ヴェロニク様って何の女神って触れ込みだったんですか?」
「ええーっ、そ、そういうのって、あった方がいいのかしら……?」
「どうしてもって訳じゃないですけど、あった方が私は営業しやすいですね」
俺達は何となく、事務所の隅の会議スペースの方に歩いて行く。会議用の長方形の机と椅子、そしてやはり大きなホワイトボードのあるスペースだ。
「そもそも、あの世界の神様ってヴェロニク様だけではないんですよね? 私達が今間借りしている、あの教会だか神殿だかの神様は知り合いなんですか?」
「はいっ!」
ヴェロニクは椅子の一つに座り、手を挙げる。俺はホワイトボードの前に立って指差す。
「はい、ヴェロニクさん」
「申し訳ありません! 私本当にそういう事を思い出せないんです、他の神様については、ウサジが前に口に出したワークスさんという名前だけしか解りません、その名前もウサジが口に出したから思い出せたんです」
「うーん、それじゃあ私が向こうで他の神様について情報を集めて来たら、ヴェロニク様も色々思い出して下さるかもしれないんですね」
ヴェロニクは少し考える仕草をしてから、何度も頷く。
「同業他社の動向は重要ですからね、協力出来る所とは協力して行きたいですし。ヴェロニク様。色々考えると我が社はやはり従業員が少な過ぎますよ。もっとリクルートに力を入れて、ヴェロニクの使徒を増やす訳には行かないんですか?」
ヴェロニクは少し考える仕草をしてから、肩を落とし首を振る。
「今の私には、その力がありません……ウサジ以外の使徒を選ぶ事も、別の誰かを通してあの世界に力を及ぼす事も」
俺はヴェロニクが言った事のイメージ図をホワイトボードに描いてみる。別に深い意味がある訳じゃない、なんとなくだ。
「なるほど。まあそれは仕方ないですね、今は何とか信者の声を増やして、貴女とあの世界が再び繋がるようにするしかない」
俺はホワイトボードに書いた「繋がる」という字に大きく丸印をつける。
ふと見ると。ヴェロニクがテーブルに両肘をつき、頭を抱えて俯いている。
「どうかしましたか?」
「え……いえ……私、怖いんです。怖い……」
ヴェロニクの声が上ずっている。俺はヴェロニクに近づき、隣の椅子に座る。
「何が怖いんですか」
「私にはウサジしか居ないの!」
ヴェロニクは顔を上げる。あっまずい、これ少し前のヴェロニクの顔だ。
「もしも、もしもウサジがあの世界に戻れなくなったら、魂が戻れない程に肉体を損傷し消滅してしまったら、私もまたここに閉じ込められるの、ウサジだって! そうなってしまったらもう、本当に、ただ、何も無くなってしまうのよ!」
ヴェロニクが掴み掛かって来る、
「落ち着いて下さい、ヴェロニク様」
「魔王軍はきっとウサジの命を狙っているわ、ウサジを消滅させようとするわ、ウサジ! ウサジには私と、私と一緒にずっとここで暮らすっていう選択もあるのよ!? 御願い、ウサジ……私、ウサジの為なら何でもするから……!」
俺の腕を掴むヴェロニクの指に、力が篭る……さっきファイルでポコポコ叩いて来た可愛い女の子の力ではない。死にもの狂いになった女の力は普通に痛い。
「しっかりして下さいヴェロニク様! 闇に飲まれないで!」
「ウサジ、御願い……ずっと私の側に居て……」
やはりヴェロニクの神格はまだまだ不安定なのだ。参ったなあ。
このAVは好きで何度も見たなー。このセットは良く覚えているし、ヴェロニクが着ている一般職OLの制服も大変好みだ。しかし、ここで折れたらここまで我慢した意味が無い。
俺は心に決めているのだ。この空間に閉じ込められないという保証が得られたら。あの世界で何をしようと俺の身に危険が及ぶ事が無いという確信が得られたら。ヴェロニクもノエラもクレールもラシェルもその他目についた美女、美少女も、みんなまとめて明るく楽しいエッチをさせて貰うのだと。
俺は両手を合わせ、呪文のように唱える。
「ヴェロニク様、しゅきしゅきだいしゅき」
その瞬間。閉じ合わせた俺の両掌の間から、眩しい桃色の光が溢れる……ええ……自分でやっておいて何だけど、何だこれ?
光の中から、声がする。
「ヴェロニク様、シュキ、シュキ、ダイシュキ」「ハハハ、何だそれ」「これが俺達の女神、ヴェロニク様を称える祝詞なんだって」
「ヴェロニク様しゅきしゅきだいしゅき!」「ヴェロニク様、シュキ、シュキ、ダイシュキ」「どうかこの町ヴェロニカをお守り下さい」
「おーい、そろそろ日没だ、今日の仕事は終わりにするぞ」「明日も平和でありますように」「ヴェロニク様、シュキ、シュキ、ダイシュキ」
ヴェロニクは、光に弾かれたかのように後ずさりする。その顔色はヤンデレを発症し掛ける前の、本来のヴェロニクの顔に戻っていた。
「ご……ごめんなさいウサジ……私、私また……」
「まだまだ数は少ないですけど、ヴェロニク様を信じている人達が居るんですよ、だからヴェロニク様、貴女も御自分を信じて下さい」