0056 今のは避けなかったらデッドボールだぞ!? いやまあ、性癖の話だけど
「御願いウサジ、僕だって服を脱いだら女の子の体をしてるから、せめてそれだけでも見て、それで駄目だったら……駄目だったら……とにかく僕と二人きりになって御願いウサジ!」
ノエラの魅力は大きな瞳と整った美貌、ちょっといじめたくなるような直向さだ。それにボーイッシュであまり遠慮が要らない気安さ、親しみやすさがある。
「どうしてしまったんですか貴女は、一体何があったんですか、変な薬でも飲まされたんですか、怪しげな術にでもかかってるんですか!?」
「僕は僕だよ! だけど僕もう駄目なんだ、もう我慢出来ない、ウサジは僕を勇者だなんて言うけど、ウサジの方がよっぽど勇者じゃないか! みんなの力を集めてワイバーンを倒したり、貧しい人達に炊き出しをしたり、魔族を追い払ったり……ラガーリン達にまで! あんな慈愛に満ちた目を向けて! 御願いウサジ、僕もう頭がおかしくなりそうなんだ、僕にも、僕にもウサジの愛を分けて、」
クレールと比べたら手足が短いなどと本人は言うが、それはクレールが規格外なだけであって、ノエラは十分素晴らしいプロポーションをしている。
「離しなさいッ、こんな所を人に見られたらどうするのです!」
「犬に噛まれたと! 犬に噛まれたと思ってウサジ、ねえ御願い、彼女になりたいとか絶対言わないから、他の女の子のついででいいから、僕にもウサジの子供を生ませて、一人で大切に育てるから、」
「人としてあるべき順番何処行ったァァ!? ノエラさんッ、貴女そういう人だったんですか!?」
「僕も自分がこんな奴だなんて知らなかった、本当にごめんね最低だよね、だけどウサジも悪いんだ、毎日毎日、聖者の微笑みで僕を悩殺してるのはウサジじゃないか!」
ノエラの手が、俺から離れた……!
「御願いします!!」
次の瞬間にはノエラはもう土下座をかましていた。
「せめて一度だけチャンスを下さい!!」
「何の!?」
そして再び野生を剥き出しにしたノエラが、立ち上がって俺に飛び掛って来ようとした、まさにその時。
「ノエラさぁぁぁーん!!」
爆音と土煙を上げて疾走して来たのはラシェルだった! ラシェルは狭い路地の角に現れたかと思うと、一瞬で俺とノエラの間に飛び込み、火花を上げてピタリとブレーキを決めた。
「"あ"の段の書き写し……完璧に終わりましたよ!」
ラシェルは10冊ばかりのノートを、両手で扇のように開き、ノエラの眼前に突きつける。
「あ……あああ」
ノエラは観念したかのように膝から崩れ落ち、その場に蹲った。
◇◇◇
「そうか。私やラシェルに指示を出して遠ざけている間に、ノエラはそんな事を……ウサジに怪我が無かったのは、何よりだな」
クレールは腕組みをして、ノエラから目を逸らす。
ノエラは紺色のジャージ上下を着せられ、食堂の床で土下座をしていた。どうすんだよこのパーティ……付き人が二人になっちまったぞ……
「皆様申し訳ありませんでした。今後は人としての原点に立ち返り、皆様の為に自分を滅して尽くします。どうかこれからも、パーティの片隅に居させて下さい」
「だそうだ……どうする、ウサジ?」
冷静に考えれば、何故俺は二つ返事で連れ込み宿に入らなかったのだろう? それはまあ、戸惑いのせいだと思う。ノエラのあんな姿を想像出来なかった事、それが敗因だ。なんてこったい。
「答えは最初から決まっています。これからも共に戦いましょう、ノエラさん」
「まあ、ウサジはそう言うのだろうな……」
いやまあ、今回はあまりに急過ぎて気持ちの準備が出来なかっただけだから。次の機会にはもっと、12時間くらい時間をとってね、ねちねちぺちぺちと苛めてあげるから。そりゃこれからも、近くに居てくれないと困る。
ノエラが、顔を上げる。
「ありがとうウサジ」
「ウサジさん、ですよ」
「あ……ありがとうございますウサジさん……」
ラシェルに訂正を求められ、ノエラは言葉を直す。ああ……ノエラの形の良い眉毛は某公園前派出所の警官のような極太カモメ眉毛に上書きされ、頬には犬猫のようなヒゲが書き加えられている……死んだのか……ラシェルに続き、美少女・ノエラも死んだのか……
「改めて言い渡しておく。ノエラが何故そんな事をしたのか、それについてはこれ以降は問わない。だけど当分の間はノエラも準メンバーに格下げだ」
「あの、見習いとしては私の方が先輩なんですよね?」
「調子に乗るなラシェル、お前とノエラは同格だ」
「ももっ、申し訳ありません!」
つまりこれからはクレール>ウサジ>>>ラシェル=ノエラか。
いや、やめようよこういうの……この制度、俺だけが損してるような気がするんだけど? またノエラのジャージ代でパーティの金が吹っ飛んだんだろ? それで俺は明日もぬののふくとひのきのぼうで戦うのか。
しかも明日からはノエラの剣も無しだ。付き人が装備出来る武器は灰皿ぐらいである。それでどうやって魔王と戦うんだよ。魔王に気持ち良く煙草を吸わせて、肺ガンで死ぬのを待つの?
「困ったものだな、ウサジ」
ふと顔を上げると、クレールが大変に魅惑的な微笑みを浮かべて俺を見ていた。何だろう、すげードキドキする。あまり笑わないクレールの微笑みには元々力があったのだが。この微笑は何だろう……これは……勝者の余裕の微笑み……?
「とにかく、いただきましょうか……」
「そうだな……」
俺とクレールは差し向かいで、二人きりの食事を始める。付き人達はパーティの正メンバーが食べ終わってから、正メンバーの食べ残しを食べる。