0054 なかった事にしてくれないかなあ……あんなのその場の勢いだけじゃん……
「な……何だこれは!? 貴様ら一体俺に何をしたッ!?」
寝ている間に縛り上げられた6人の魔族の兵士は、廃墟となった村の地下倉庫に収監されていた。
魔族もイチコロとは恐ろしい薬である。全くもってけしからん。あれを何とか取り上げて俺の物にする方法は無いのか? ノエラとクレールに飲ませたら、あんな事やこんな事、やりたい放題じゃないか。あんな事やこんな事……たまらん……
「貴様ッ! 何を笑っている!?」
「貴方には関係ありませんし、質問をするのは私の方です。まず、貴方達にラガーリンの女子供を人質にして監視するよう命令したのは誰ですか?」
「ああ!? フッ……フフフ……我々がそんな事を素直に話すと思うか」
「さあ? 私には解りません。ラシェルさん、御任せします」
俺は不敵な笑みを浮かべる魔族の兵士達に背中を向ける。するとペスト医師のようなくちばしマスクをつけたラシェルは頷き、赤黒い薬品の入った容器を持って兵士に近づく。
「ま……待て、何だそれは」
「新開発の自白剤です、一度誰かに使ってみたいと思ってたんですよ」
「ま、待てェッ! お前達の行為は拷問等禁止条約に違反している、我々は戦時国際法の、交戦法規の順守を要求する、おいやめろォォォ!」
「はい、チクッとしますよー」
◇◇◇
ノエラとクレールはつい昨日たくさんのラガーリンを斬り倒していた。俺も二人くらい殴り倒した。ラシェルも殴り倒される前に、何人ものラガーリンを魔法で倒したのだと思う。
そしてラガーリン達の代表者はその事を知っていたし、この状況に完全に納得した訳では無かった。
ラガーリン達の人間共への憎しみは強かった。彼等には、自分達が人間によって差別され、虐げられて来た存在だという自覚があった。それ故に、魔族側について人間共を打ち倒す事に希望を見出している者も多かった。
しかし魔族達にはラガーリンを生かしておくつもりはなかった。魔族達から見たラガーリンは人間よりさらに低級で信用出来ず、自分達の支配する世界には必要の無い存在だったのだ。
魔族達はラガーリンを最後の一人まで人間にぶつけて処分するつもりだった。捕虜となった魔族の兵士は、ラガーリンの代表者も聞いている前で、そう自白した。
ラガーリンの戦士達は混乱していた。意見が対立しているのか、方々で喧嘩をしている者も居る。
しかしとにかく俺達ノエラのパーティとヴェロニカ村の衛兵隊は、魔族の人質となっていたラガーリンの女子供を全て無事に救い出し、戦士達に返したのだ。
彼等の意見をまとめるべき氏族の王は、昨日ノエラとクレールの連携技で斬り倒された。彼の息子である先鋒隊長もその前にクレールに斬られていた。
正直、彼らが全員命懸けで族長の弔い合戦をする道を選んでいたら、俺は勿論、ノエラとクレールだって町には帰れなかっただろう。
「人間、うサジ……今のワレワレにデキる事は、おマエ達を見逃す事だケだ」
あの族長の父親か祖父だろうか。俺の目にもラガーリンの老人だと解る個体がようやく俺の前に出て来て、そう言った。
なんて言い草だと思わないでもないが、これが本当に今のこいつらに出来るギリギリの選択なのだろう。この爺さんはむしろ彼等の中では我々人間に好意的な個体なのだと思うが、彼にはもう氏族をまとめる力は無いのだ。
「帰りましょうノエラさん……我々は出来るだけの事はしたと思います」
俺はノエラにそう告げて、ラガーリン達との交渉の場となっていた廃村の教会の建物を出る。
ラガーリン達は教会の外にもたくさん居た。外に居る連中は中の連中ほど苛立っておらず、ここで魔族の人質となっていた女子供と、外で人間と戦っていた男達が、無事の再会を喜ぶ姿が方々で見られた。
「あリガトウ、うサジ、感謝」
たどたどしい言葉でそう伝えて来る個体も居る……正直、俺にはそいつがオスかメスかもよう解らん……
いやまて、こいつらもメスはちょっとだけ胸があるわ、ハハハ……だけど人間達のように栄養状態がよくはないんだな。みんな貧乳だわ。ハハハ……
そんな中。この廃村に詰めかけているラガーリン達の間から、不意に歓声が挙がった……
「あれは、何?」
俺は今自分に話し掛けてくれた個体に聞いてみる。
「新しい命、生まれタ」
ああそうか。そりゃラガーリンだってエッチして妊娠して何カ月か経って生まれて来るんだわな。
俺がひのきのぼうで殴り倒した奴もそうして生まれた奴だったんだわ。それは当たり前だ。
俺は今朝、ヴェロニクと一緒に見た夢を思い出す。
良く覚えてるとも。
俺自身が回向してヴェロニクの元に送ってやった死んだばかりのラガーリンの魂が、新たな命となって光に導かれ、仲間達に手を振られながらどこかへ旅立って行くのを。