0050 いくら俺が巨根の持ち主だからって、ちょっとビビり過ぎじゃないかなあいつ
まあ、空耳だよな。空耳だ。俺、何を何とと聞き間違えたんだろう……
「ウサジ、町に戻って! 向こうに何か居る!」
おっと、どうやらノエラもそれに気付いたようだ、こんな事を考えてる場合じゃない。
月明かりは墓標の近くに居る俺とノエラを照らしてはいたが、町と反対側の木立から現れた集団はまだ影に覆われていた。
「ノエラさんこそ早く町に戻って門を閉めさせなさい、町が危ないんですよ!」
「町にはウサジが知らせて! こんな所に仲間を置いて行く勇者が居るもんか!」
「こんな所に美少女を一人で置いて行く男も居ねえよ! 人々に危険を知らせるのは勇者の仕事だろ、行けッ!」
敵の集団も、こちらが気付いたという事に気付き、警戒しながらじりじりと近づいて来る……こいつら、あの亜人の狂戦士共じゃないか、まだ懲りてなかったのか……それに奴も、アスタロウも居る。
「ウサジ……! 貴様はまさか……またしてもこんな事もあろうかと、ここでこの俺、魔王軍期待の新星、アスタロウ待ち受けていたとでも言うのか!」
アスタロウは前に出て俺を指差し、怒りに顔を歪めながらそう言った。
それから……やべぇぇぇえ!? 狂戦士の奴等が今日は弓矢で武装してやがる! 何故だ! 勝手にジョブチェンジするんじゃねーよ!
どうすんだ、これゲームと違うぞ、狂戦士の数は昨日程では無いがそれでも数百人は居る、そんな数の弓で攻撃されたら、俺は勿論いくらノエラだってひとたまりも無いだろう。
「貴様のせいで! 俺は魔王軍の大幹部から叱責されてしまった! ヴェロニクの使徒ウサジを見つけたのなら、何故首を持ち帰らなかったのかとな! 卑怯だぞ……俺を罠に掛けたなウサジ!」
いやそれ、どこに俺の責任の要素があるんだよ。
「だが……考えてみれば好都合、貴様がここに居るという事は、わざわざ町を攻め落とさなくても、貴様の首はここで取れるという事だな!」
アスタロウは歯を剥いて笑う……まあ、それはその通りだ……俺は待ち伏せなんかしてないし、ここに居るのは昨夜の今日で来ないだろうと油断していたからだ。
「ウサジ……まさかウサジはこれを予想して、わざと一人で町の外に……?」
振り向けば、ノエラが声を震わせて俺を見上げている。いや、違うけど……まあいいや。
「奴の狙いは私です、貴女は町の人達と仲間に知らせて来て下さい」
ノエラはしばらく無言で俺を見上げていた。アスタロウ達は黙って待っていてくれた。
「そんなの出来ないよ、ウサジ……」
「貴女は勇者でしょう。出来ます。早く。あの町を守る為なんです」
「それが勇者だと言うのなら、僕は勇者じゃなくていい……」
ノエラはそう言って、抜刀して俺の前に飛び出す。俺は止めようとしたが、間に合わなかった。
「僕は一人の戦士としてウサジを守る! 町の人には! 僕の声で危険を知らせる! アスタロウ! ウサジには指一本触れさせないぞ!」
ノエラは普通の鉄の剣と、安物の革鎧しかつけていない。
案の定アスタロウは彼女をまるで危険と感じなかったらしく、唇を歪めて笑う。
「ほほう、勇敢な女の子のようだな。ウサジ、貴様のこれか?」
アスタロウは小指を立てる。いつの時代の表現だよ。案の定ノエラは何事か解らず、怪訝そうな顔をして俺とアスタロウを何度か見比べていた。
「お、お前が大将か! 僕はノエラ! お前が男だというのなら、正々堂々僕と勝負しろ!」
ノエラがそう言うと、アスタロウは目を見開き、二歩後ずさりする。
「何ィ!? お前があの蒼き雷鳴のノエラだと!?」
ノエラは再び振り返り、頭上にはてなマークを浮かべて俺を見る。ノエラは勿論、俺が勝手に作った二つ名をアスタロウに告げていた事など知らない。
「ツヨイ! アイツツヨイ!」
アスタロウの近くに居た狂戦士が、アスタロウにそう告げる。
周りの狂戦士達はいつでもつがえる事が出来るよう弓矢を準備していた。
「おのれ……何故この俺の完璧な計画を読んでいたのだ! だが……フフ……ハハハ……ハーッハッハッハ!!」
突然。アスタロウは天を仰いで哄笑した。くそっ……はったりでごまかせるのもここまでか……結局の所、この彼我の戦力差は埋めようもなかった。
「油断したようだな、ヴェロニクの使徒ウサジよ、そして蒼き雷鳴のノエラよ! この俺は空を飛ぶ事が出来る事を忘れていたようだな! フハハハハハハハ!」
アスタロウは背中の翼を広げ、空へと舞い上がる!
「貴様らの哀れな作戦は失敗だ! 俺はこうして無傷で飛び去ったのだからな! やはり俺の方が一枚上手なようだ、ハーッハッハッハ!!」
アスタロウは逃げた。
狂戦士達は互いに顔を見合わせると、頷いて、弓矢を収め、何度か振り返りながらも帰って行った。
ノエラも剣を収める。
「あの……ウサジ、蒼き雷鳴のノエラって……何?」
「すみません……前にあの魔物……アスタロウに遭った時に苦し紛れにつけた、貴女の二つ名です……見ての通り、あの魔物ははったりに弱いようなので」
ノエラは一瞬きょとんとしていたが、その後で照れ笑いを浮かべる。
「なんにせよ、ウサジのおかげで助かっちゃった、僕も、町の人達も。やっぱり、ウサジは凄いや」
「勘弁して下さいよ、私は何もしてません」
俺も苦笑いをして、スコップを拾い上げ、町の門の方へと歩き出す。
「あの、ウサジ……僕さっき、変な事言わなかった?」
「変な事?」
「ううん、何でもない! 気のせいならそれでいいんだ! さ、早く帰ろ!」