0045 ちなみに会長も女の子だったんだけど……若気の至りだよ、今は興味ないぞ
「ごめんなさい……ごめんなさいクレール! みんな僕が悪かったんだ!」
戦闘が終わるなり、ノエラは泣きながらクレールに抱き着く。おいおい百合の花を咲かせてる場合かよ、周りまだ敵だらけだぞ?
ああでも……どうやら百合にも興味が無いらしい亜人の狂戦士共は大将がやられた事で戦意を失い、我先にと争いながら逃げて行く。
「そんな事はない、私も意地を張っていた、ノエラの苦労も知らずに」
そして二人が何の話をしているのかサッパリ解らん。つーか何だ、結局この二人は喧嘩してたのか。いつからだろう? 俺が納屋に連れ込まれた翌日くらい?
「よく解らないって顔をされてますね? ウサジさん」
「ヒッ!」
背後に忍び寄って来たラシェルに声を掛けられ、俺は驚いて小さく飛び上がる。
「あのお二人の喧嘩の原因、知りたいですよね? 私、知ってるんです」
「二人の問題です、私が口を挟む事ではありません」
俺は背中を丸めて揉み手をするラシェルをひのきのぼうで押しのけ、衛兵達に追加で「しゅくふく」を掛けて回る。
「面目ない……面目ないウサジ殿! 我々は貴方を締め出そうとしたのに……」
ん? ああ、こいつあの時の衛兵か。男に泣きつかれてもなーんの足しにもならんわ。
「皆さんは正しい仕事をしたんです、胸を張って下さい。さあ、まだ油断は出来ませんよ、町に戻って壊された門を修理しましょう」
◇◇◇
俺は校舎の階段の踊り場に居た。ふと見上げると、ヴェロニクはいつもの古風なセーラー服ではなく、ブレザータイプの制服を着て階段の上に立っていた。
「ウサジ君、あの」
学校物が続くなー。まあ俺は基本、制服と若い子が好きだしな。
いや待て。この環境は今までと何か違う気がする。
俺は階段を駆け上がる。そこは屋上への出口のような場所だった。扉は? あっ……あるけどこれは扉じゃない、扉の形をした絵だ……
「出られないわよ……貴方も私も、ここからは」
ヴェロニクはまたそんな事を言って俯く。
だけどこの場は何故少し明るい? 階段の蛍光灯は点いていないのに。この明るさは……下の階の廊下から来ている! やはり今日の夢は今までと何かが違う!
「ヴェロニク様! こっちです! こっちに来て下さい」
俺はヴェロニクの手を取り、階段を降りる……しかしヴェロニクが抵抗する。
「ええっ……何故? そっちじゃ……ないわ」
「こっちなんです! 見て下さい、世界がさらに変わろうとしています!」
「う……嘘……」
「本当です、さあ!」
「待って! ウサジ、私気持ちの整理が」
「いいから来て下さい!」
俺はもう一度ヴェロニクの手を取り、強めに引っ張る。
「駄目よウサジ、私やっぱり」
「来なさい!」
「見るのが怖いの、ウサジ」
「いいから!」
俺はヴェロニクの手を握ったまま、振り向かずに階段を駆け下りる。ヴェロニクは酷く戸惑いながらもついて来る。
下の階の昇降口の壁には、大きく3と書かれていた。俺はヴェロニクを引っ張りながら廊下へと飛び出す。
「空が……!」
それはどこにでもあるような学校の廊下だった。廊下の片側には教室が並んでいて、反対側は大きな窓になっている。
大きな窓の外にあるのは空だった。雲一つ無い空が、どこまでも、どこまでも続いているのだ。
地平線も、星も無い。何も無い空間に、この学校の校舎だけが浮かんでいるのだ。覚悟はしていたが、その光景は少し恐ろしくもあった。
四畳半の窓からちらりと見えたのも、こんな空だった。ただ、あの時の空は真っ暗だったので、かえってこんな恐怖を感じる事もなかったが。
だけど今の空は、夕焼けの後のように。地平線に相当する高度の周辺が、ピンク色に光っているのだ。
「ヴェロニク様! 何をしてるんですか、ちゃんと見て下さい!」
俺が振り返り名前を呼んだ時、女神は窓から目を背けていた。俺は背中から彼女の両肩に手を置き、窓の外を向かせる。
「光が強くなっています、体育倉庫の時よりもずっと! 世界が貴女を、人々が貴女の名を呼び始めたのです! 次第に強く、高らかに!」
ヴェロニクは窓の外を見て目を見開き、後ずさりをする。その背中が教室の外壁に貼られていたポスターにぶつかる。
「……ウサジ」
「はい!」
「私達、生徒会の仕事で遅くなってしまった学生なのよね……?」
今その話すんのかよ……! 確かにこれも俺のHDDの中に入っていた、とあるエッチなビデオのシチュエーションだよ!
このビデオは俺もはっきり覚えていた。悪の生徒会長はわざと生徒会活動を遅らせて、他の生徒や教師は皆下校し、自分と年下の副会長だけが校舎に残っているという状況を作り出すのだ。
会長はさらに副会長に屋上の出入り口の所の蛍光灯が切れてるから替えて来いと命じておいて、追い掛けて行ってその袋小路で押し倒してエッチエッチな事をしてしまうのだ……そういうビデオに出て来た風景だよ、この状況は……!
だが、あのビデオの窓の外はこんなに明るくなかった。あれは用務員すら下校した午後9時という設定だったのだ。こんな風に夕日が残っているのはおかしい。
いや待て。あのビデオではこれは夕日だったが、今はそうであってはいけない。
「違いますヴェロニク様! これは夕日じゃありません、朝日です! 俺達は気合いが入り過ぎて夜明け前に学校に来てしまった学生です!」
「え……ええっ、このビデオ……そんな話じゃなかったと思うけど……」
ヴェロニクは驚いて口元に両手を当て、俺の顔と窓の外を見比べる。
「貴女と私の物語は、そんな話なんです! さあ窓を開けて、空気を入れ替えますよ!」
俺は鍵を外し、窓を開ける。そんな事をして大丈夫なのかは解らないが、大丈夫だった。
「風が……吹いてる……」
ヴェロニクが小さく呟く。確かに窓の外では微かに風が吹いていた。もしかして、今までは窓の外では風も吹いていなかったのだろうか。
「他の生徒が来る前に、掃除でもしましょう! 太陽は必ず昇って来ますよ!」
そしてノリでそんな事を言ってしまったせいで、俺は目が覚めるまでずっとヴェロニクと二人、夢の中の教室という教室を掃除して回る羽目になった。