0035 女子同士の間でスカートめくりが流行るのを見た事はあるか? 俺はない
ラシェルは冒険者向けの宿の食堂のような所へ、俺を連れて来てくれた。
「冷たい物でもご一緒しましょう、大丈夫、ここは私がお支払いしますよ」
「でも、このパーティにはあまりお金が無いのでは」
「大丈夫ですよ、ウサジさんのおかげで生活費に困るような事は無くなりました」
大丈夫なのか。じゃあ安心していただこうかな。ああ、ビールが来た。
「あっ、ウサジさん、私おつまみを御願いするのを忘れてしまいました!」
「じゃあそれは、私が何か買って来ましょう」
「すみません」
俺はカウンターにつまみを買いに行く。馴染みの立ち飲み屋と一緒だな……キャッシュオンデリバリーってやつだ。
焼き鳥のような物を二人分買った俺は、席に戻ろうとする。すると。
「ウサジ……!」
そこには、気まずそうに座っているラシェルと、立ち尽くすノエラが居た。
「二人はギルドに行ったんじゃなかったの? どうして二人だけでご飯を食べているの?」
「あの、ご飯じゃないです、ちょっと喉が渇いたので一休みを」
ええっ? 何この空気? ノエラがラシェルを問い詰めて、ラシェルが弁解をしている? 何で? 俺達何か変な事した?
「ぼ、僕達はどんな時もご飯は三人で一緒に食べるんだって! そういう約束をしたじゃないか、パーティ結成の時から続く大事な約束だよ!?」
あー。何か女子っぽい約束だな。学校の休み時間のトイレも揃いのポーチを持って一緒に行くとか、そういう掟?
「もちろん、忘れた訳じゃないですよ、でもその約束はウサジさんは御存知ないんです、ですから」
「ウサジ! ねえウサジ、その焼き鳥はウサジが一人で食べる分? それとも……ラシェルと二人で食べる分?」
ノエラがこっちを向き、真剣な顔でそう言った。何だか怖い、ここで冗談を言うのは許されない雰囲気がある。そんな事を考えると余計冗談を言ってみたくなるのも俺なのだが、ノエラの目が怖くてエッチな冗談が思い浮かばない……うーん……君が食べたいのは右のソーセージ? 左のソーセージ? それともこの真ん中のソーセージ? だめだ。面白くないしこれは焼き鳥であってソーセージではない。
「あの、ウサジさん、”大丈夫”ですから」
ノエラの後ろで、ラシェルがそう言った……大丈夫……
「これは、ラシェルと二人で食べるつもりの焼き鳥です」
俺は、そう答えていた。いやちょっと待て、ここまでの話の流れからすると、この場面、これは俺が一人で食う焼き鳥だと答えていれば、何事もなく収まっていたのでは? ちょっとやりなおしていい?
「えっ……そ……そう……」
「皆さんの食事についての約束は知らなかったもので……すみません。それから、ギルドには行ってませんが、町の評議員をされているラシェルさんのお父さんには御会いして来ました。布教についてはもう大丈夫だそうです」
色々思う所はあったのだが、俺は結局ノエラに正直にそう話す。別に悪い事はしていないのだから。ダイジョウブだから。ノエラはラシェルの方に振り向いた。
「でも! だけど……そんな……!」
ラシェルは照れ笑いのようなものを浮かべ、身をよじる。
「父も、ウサジさんの事をとても気に入ったみたいです……ですから大丈夫ですよ」
「ウサジを……おじさんに紹介……」
ん? ノエラが、ラシェルからも俺からも視線を逸らし、向こうを向いた。
「あの? ノエラさん? どうかなさいました?」
ラシェルは何故か、余裕たっぷりという表情でノエラの背中にそう問い掛ける。
「いいや……何でもない……ごめんね、変な事を言って。ウサジは私達の約束なんて知らなかったんだし、仕方ないよね。じゃあ二人とも、ゆっくり楽しんで来てね……私はクレールを探して来るから」
「ノエラさん?」
ノエラはそう言って、ふらふらと立ち去る……俺は焼き鳥の皿をテーブルに置き、何だか様子のおかしいノエラを追い掛けようとしたが。
「ウサジさん、私が行きます、ちょっと待っていて下さい」
ラシェルは俺の手を掴んで席に座らせると、ノエラを追い掛けて行き、追いついて、何か話す……何の話をしてるの? 項垂れるノエラに、ラシェルは一生懸命、何かを話しているようだが。
その時ふと、俺は背後に気配を感じて振り返る。そこにはいつの間にか、仏頂面のクレールが立っていた。クレールは俺が何か言う前に、
―― コト……コト
ラシェルと俺のビールのジョッキを入れ替えると、黙って踵を返し、足早に立ち去る。
そこへ、ラシェルが戻って来る。彼女はクレールが来た事に気づいてないようだった。
「うふふ、ごめんなさいウサジさん、ノエラさん、私とウサジさんの事を何か誤解してるみたいです。困りましたね、ちょっとお父さんに紹介しただけなのに」
「ええっ……ノエラさんはどんな誤解を?」
「だけど……あながちただの誤解という訳でもないかもしれませんね……」
ラシェルはそう言って、席に備え付けられているろうそくに、魔法で火をつけた……あ……ああっ!? あの納屋での光景が脳裏に蘇る、着衣の乱れたラシェルと、上半身のボタン全開の俺の姿が!
「さ、飲みましょうウサジさん、乾杯」
「か、乾杯……」
俺……やっぱり責任取らなきゃ駄目だよな……だけどラシェルはそれでいいのかな。いや、いいっていう事なんだと思う……じゃなきゃお父さんに紹介なんかするもんか。
いや、文句は無い、文句なんか無いんだ、ラシェルは大変な美少女だし淑やかで性格も優しい正統派のヒロインだ、こんな子と結婚出来るなんて事、あちらの世界では考えられなかった、考えられなかったけど。
だけど……せっかく異世界転移を果たし冒険生活を送れる事になったってのに、あっと言う間に既婚者になってしまうというのも寂しい話じゃないだろうか。もう少しくらい、自由で居たかったなあ……
俺はそんな事を考えながら、ビールを一口飲んでジョッキを置いた。
―― ガシャーン!
ラシェルはビールを一舐めした瞬間、ジョッキを落とし床に倒れてしまった。