0034 大丈夫。俺は大丈ぶ。ダイ丈ブ……おレはダイジョウブ……
庭は綺麗に手入れがされている……女の子が好きそうな、花がたくさん咲いている明るい庭だ。町の外の危険な世界との違いに、思わず眩暈がする。
ラシェルはどんどん歩いて行き、屋敷の母屋の重厚な扉も開ける……ここがその、聖職者のギルドなのだろうか?
扉の向こうは大きな玄関ホールになっていた……ん? いかにも執事という感じのじいさんが駆け寄って来た……
「お帰りなさいラシェルお嬢様! 旦那様、ラシェルお嬢様がお帰りになられました!」
えっ……え……
聖職者のギルドか何かじゃないのここ? お嬢様? どういう事? ここって……もしかしてラシェルの実家か何か!? ちょっと待て! 待ってくれ!
†††
俺はラシェルの家の私兵達、執事、そして誰よりも怖い顔をした、ラシェルの父親に囲まれ責め立てられる、ラシェルは部屋の片隅で泣き崩れていて、大勢のメイド達がその周りで一緒に泣いている。ラシェルの母親はそんな彼女を必死に抱きしめながら、俺に殺意の篭った視線を向ける! 更には背後の玄関扉が再び音高く開き! 血相を変えたイケメン細マッチョの若い男が三人、憤怒に顔を歪め剣を抜きながらやって来る! 俺達の妹を、ラシェルを傷つけたのは誰だ、市中引き回しの上八つ裂きにして晒し首にしてやると息巻きながら!
†††
俺はそういう怖い妄想に囚われ、青ざめて膝をガタガタ言わせ立ちすくんでいた。そこにやって来たのは背の低い、穏やかな笑みを浮かべた金髪で簾禿げの中年男性だった。
「お帰りラシェル! おお、今回は怪我もしてないし顔色もいいようだ、冒険は上手く行ったのかね」
「はい! こちらの新しい仲間のウサジさんが、とても役に立つ事を教えてくれたんです、それ以来ノエラさんのパーティは連戦連勝ですよ」
「なんとなんと、それは娘が大変お世話になりました、ありがとうございますウサジ殿……いや……ウサジ君とお呼びしてもいいのかな?」
中年男はそう言って、意味深な笑みを浮かべる。
俺は緊張のあまり貧血を起こして倒れそうになっていた。ラシェルはそんな俺の腕をしっかり握っていてくれたので、俺は倒れずに済んだが……ちょっと待て、何が起きてるのこれ?
「私の事は……そう、お父さんとでも呼んでいただけたら結構! ハッハッハ、ラシェルや、今回はゆっくりして行くのだろう?」
「いいえ、今はそういう訳にも行かなくて。ノエラさんもクレールさんも頑張ってるから、またすぐ出掛けないといけないんです」
「おいおい、せめてランチくらい御一緒に」
「駄目なんです、あんまり遅くなると勘付かれる……心配されるから! ごめんなさいウサジさん、ちょっと急いで戻りますよ!」
ラシェルは俺の腕をしっかり抱えたまま、玄関から庭へと、俺を引っ張って行く。
「待って下さいラシェルさん、今のは一体何だってんですか!?」
「ノエラさんとクレールさんが冒険者ギルドから戻って来ます、急いで下さい!」
普段はおっとりしているラシェルが、こんなに足が速いとは思わなかった……俺は引きずられるようにして、泉の広場に戻って来た。
ノエラ達の姿はない。
「良かった、二人共まだ戻ってません、理想的な展開ですよ」
「な、何の事でしょう……?」
「何でもありません……あっ、先ほど御覧いただいたのが私の父です、父は町の評議員ですから、これでもう女神ヴェロニク様の布教活動をされても大丈夫ですよ」
「そ……そうなんですか」
良く解らないけど、とにかく大丈夫なのか……ラシェルの「大丈夫」という言葉には、何か妙な安心感があるなあ。彼女の言う通りにしていれば大丈夫なんだな。それじゃ改めて、ダークエルフのお姉さんを探しに行くとするか。
「ありがとうございますラシェルさん、それでは私は早速、貧しい人々も多い繁華街で布教活動をして参ります」
「それから……昨夜の事ですが」
ヒッ!? ラシェルは今度は自分からその話を切り出して来た! ラシェルは目の前に居て俺を見ているッ……
「大丈夫ですよ、ウサジさん……父もウサジさんの事気に入ったみたいですから」
俺は視線を逸らす事が出来ないまま、ラシェルの瞳を見ていた……そうか、大丈夫なのか……ラシェルのお父さんも気に入ってくれたから大丈夫……
動悸が高まる……物が考えられない。俺、どうしちゃったんだろ。
「どうかしましたかウサジさん? もしかして喉が渇いたんですか?」
「喉……言われてみれば少し乾いたかも……」
「じゃあ二人もまだ戻って来ないみたいだから、どこかのお店に入りましょう、大丈夫、大丈夫ですから」