0268 先着一名早い者勝ち。俺を好きになってくれる人が、俺の好きな人
四百年前の白昼夢も、女魔術師との遭遇も、ほんの刹那の出来事だったらしい。
人間大砲となってアスタロウに突撃したノエラは自らもかなりのダメージを受けたようだったが、すぐに戦列に戻り打ちかかって行く。
「うおおおおお!」
「やめなさい、戻れノエラ!」
アスタロウは火山の発する黒煙のような瘴気を吸収し続けていた。奴はそれでさらに強化されるし、その間に受けたダメージも回復してしまっているようにも見える。
あの女魔術師の気配は、消えている……
「今攻撃しても無駄かもしれないぞ!?」
「時間を! 無駄に! したくないんだ!!」
ノエラは尚もゆうしゃクラウドを駆けさせ高速でアスタロウの周囲を周りながら、小刻みに攻撃を加える……こいつの言う事自体は間違いではないのだが。
「そんな戦い方じゃ任せられねえよ!」
捨て身の攻撃を続けるノエラを追い、俺は遠隔でしゅくふくを数発放ち、自身もアスタロウ目掛け突っ込む。
こっちには飛行手段は無いのでただジャンプするしかない。
「ウサジこそ……!」
空中で攻撃されても俺は避ける事も出来ない、それを危惧したノエラは慌ててこちらに飛んで来てしまう、くそっ、思ったより息が合わない。
飛来する俺を見つけたアスタロウは巨大な拳を真っ直ぐに振りかざして来る……俺はそこにおはらいを掛ける!
「照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色」
たちまち逆向きの竜巻が湧き起こり、その渦は天を突き、アスタロウを取り巻く黒雲が散り散りに吹き飛ぶ! アスタロウ自身も……
「グゥゥワアアアアア!!」
何かの力に弾かれるようにその巨体を仰け反らせ、頭を抱えて悶え苦しむ……畳み掛けるなら今だ!
「ぎゃああああ! 何で、どうして、今がチャンスなのに!!」
しかしノエラも、ゆうしゃクラウドから落ちて地面をのたうち回っていた。
「煩悩を捨てろノエラーッ!」
「さっきからやってます……だけど僕を動かしているのはこの揺るぎない煩悩なんです……!」
俺は自分のおはらいを喰らった事はないが、その威力はレベル限界を突破したゆうしゃでも耐えられないくらい強烈らしい。多分死ぬな、俺だったら。
ノエラはよろめきながらも立ち上がり、アスタロウに向かって行く。しかしその間にアスタロウも体勢を立て直してしまった。
「うおおおおおおお!」
「グワァァアアアア!」
勇躍し真っ直ぐにアスタロウに打ち掛かるノエラ、苦悶に顔を歪めながら迎え撃つアスタロウ……ノエラは背中しか見えないがアスタロウの顔はよく見える……奴の表情はもう元のアスタロウのそれには見えない。あいつ、完全に身も心も乗っ取られた化け物になっちまったのか?
二つの力が交錯し、巨大な爆発が起こる……! 眩しいッ……そして凄まじい圧力が、俺を弾き飛ばす……
◇◇◇
俺は……瑞々しい木々が生い茂る豊かな森の中に居た。
風が吹き、木漏れ日が揺れ、ざわざわと音を立てる……小鳥や小動物、虫達の声もする。静かだ。賑やかだけど静かだ。
目の前にはノエラが座っていた。小さく体育座りをして、俺に向かって両手を合わせ、静かに祈っている。
あれ? 戦いは終わったんだっけ? ここはあの最終決戦があった山の中腹か? 当時ははげ山のようになっていたのだが……
「ウサジさん」
ノエラは手を合わせたまま、閉じていた瞳を開く。円らな瞳で俺を見上げるノエラ……可愛いな。
「どうして僕、選んで貰えなかったんですか? 男の子みたいな言葉遣いがだめだったんですか? 短い髪がだめなんですか? ヴェロニク様はとても可愛くて素敵だと思います。だけど、僕の何がだめだったんですか?」
……
俺はノエラの前に正座し、背筋を伸ばす。ノエラは膝を詰めて正座して来て、前のめりになって俺の顔を見上げる。
「順番です」
「順番?」
そうだ。順番だ。
俺は元の世界で、死んではいないが死んだも同然の状態になり、はからずもこの世界にやって来た。そこで最初に出会ったのがヴェロニクだった。
ヴェロニクに出会った俺は表層意識では戸惑っていた。だけど深層意識ではこの子を助けてあげたいと思ったのだと思う。
この子は何故、俺なんかに会えてそんなに嬉しいのだろう。
この子は何故、こんな所に一人で居るんだろう。
この子は何故、こんなに悲しそうなんだろう。
そう考えた時から、俺の心は深い部分でヴェロニクに夢中だったのだと思う。
「私がこの世界にやって来て、最初に出会ったのがヴェロニク様だったんです……私が最初に出会ったのがノエラだったら、私達は全然違う物語の上を歩いていたのかもしれませんね」
ノエラは俺を見上げたまま、口をポカンと開けていたが。
「そんなあ……じゃあ本当に、どうやっても勝てなかったんじゃん……」
「すみません」
がっくりと肩を落としていたノエラは、俺が詫びの言葉を口にすると再び顔を上げる。
「ごめんなさい、ウサジさんは何も悪くありません、僕だって……ウサジさんのそういう所がますます好きになりました」
「だけど私は誠実な男とは言えませんよ。ヴェロニク様が好きなら、貴女にももっと早くにそう言うべきでした」
「それは違います! 抱っこして下さいとかキスして下さいとか、御願いしたのは全部僕だもの! ウサジさんはパーティの仲間として僕を納得させる為に、仕方なくそうしてくれたんです!」
ノエラは膝を詰めたまま、拳を握ってそう力説する……そしてまた肩を落とす。
「あーあ、やんなっちゃう! 僕よりウサジの方がよっぽどゆうしゃじゃないか、ウサジさん! やっぱり僕の代わりにウサジさんがゆうしゃになって下さい!」
ノエラはそう言って、朗らかに笑う……ああ……やっぱりノエラは笑顔が一番だな……次の瞬間、ノエラはサッと立ち上がる。
「ウサジさん、僕は魔王魂と自分でケリをつけるつもりだけど、万一僕が自分でそれを出来なかったら、ウサジさんがやって下さい。僕、魔王になって世界を苦しめたりするのは死んでもイヤです、その時には絶対、介錯を御願いします」
俺は立ち上がり、手を伸ばし、追い掛けてノエラを捕まえようとしていた。だけどノエラは身を翻し、飛び退き、勇躍してそれを避けてしまった。
「ノエラ! 待ちなさいノエラ……!」
俺は森の中に消えて行くノエラに手を伸ばす……




