0265 重~い! 重いよ小沢さん、引き出し全部に服が詰まったままのタンスより重いよ!
さすがの俺も一瞬、気を失ったようになってしまった。ノエラはすぐに唇から、そして俺の体から離れる。
「あはははははは!」
ノエラは笑いながら、再び俺の周りに集まって来ていた怪異共を吹き飛ばす、俺の周りを回りながら、巨大な重機で弾き、轢き、捻り潰して行くように……いくら命なき怪異とは言え、人間に似た姿をしている物を笑顔で大量破壊するその様に、俺は少し寒気を覚える。
「勝手な事してごめんねウサジ、でももう一度してるんだからいいよね! 良かったウサジさん、ここで会えて!」
サッカーコート一面分の怪異共を破壊したノエラは、笑顔で戻って来て小首を傾げる……これは少し、様子がおかしい。
「ノエラさん、貴女」
「聞いてウサジさん! 僕、ゆうしゃとして災厄を封印する方法が解ったんだ!」
ノエラはそう言って笑顔をますます輝かせる。茄子顔の神から授かった勇者の剣は、背中に背負ったままになっていた。
「それは……本当に?」
「でもその前に! ウサジさん、どうしてヴェロニク様があんなに素敵な女神様だって、もっと早くに教えてくれなかったの! 僕もうびっくりしちゃった、ものすごく綺麗で、とっても可愛くて、眩しいくらいにキラキラしてて……しかもそれが本物の女神様だなんて、それじゃあクレールやラシェルだって敵わないよね、あははは! ましてや僕なんて……僕なんて……」
満面に笑みを浮かべたまま。ノエラは夥しい涙を流し出した。
「最初から……最初から無理だったんだ、ウサジを僕のものにするなんて、絶対出来ない事だったんだ……ウサジが本当に好きなのはヴェロニク様なんでしょう? そして……ヴェロニク様も!! ウサジの事が大好きなんでしょう!?」
顔には全力の笑みを浮かべ、瞳からは茫々と涙を流しながら、ノエラは怒りに震える声で絶叫した。
「ノエラ、俺はヴェロニク様に仕える使徒で、ヴェロニク様の前では全ての人間は平等なんだ、女神と使徒の間にはお前が考えているような事はない」
「うそだ! ヴェロニク様は歌詞の君とかあなたとか歌う時だけ、必ずウサジを見ていた! ウサジが居なくなったらそこだけ天井を見ていた!」
ヴェロニクがいつか言ってたなあ。他の女も嫌だけど、ノエラだけは本当に嫌だって。あれって、同族嫌悪だったのかしら。
「……誤解だ、話を聞いてくれノエラ」
「必要ないんだ、僕には全部解ったから、言ったでしょう!? 僕はゆうしゃとしての使命を果たす方法を見つけたって、ウサジさん、僕はゴールドみたいに、代わりの誰かを愛する事なんて出来ないんだ!!」
―― ドゴゴゴゴゴゴゴォォォ!!
何だこれ!? 地鳴り、いや地震……地割れだ!! 大地が歪み、震え、引き裂かれる! 怪異共が次々と裂け目に飲み込まれ……これはノエラがやっているのか!? そんな、まさか……!
「ユルサナイ……ウサジ……ウサジキサマ……!!」
違う。一際大きな裂け目の中を羽ばたいて、浮かび上がって来たのは……アスタロウ!? だがこちらも様子がおかしい、目が白黒正転している……あれは……あの男の目か!?
アスタロウを乗っ取った男は、完全に怒りに我を忘れているように見えた。
女神ヴェロニクの心を射止めた男は、別の少女とも関係を持っていた。
男は恥知らずにも自分の見ている前で少女とキスをし、さらには痴話喧嘩を始めた。男は少女を宥め、これからも関係を繋ごうとしている。その一身に、女神ヴェロニクの寵愛を受けながら。
二百年前に死んで怨霊となった男僧侶の目には、この光景がそのように映ったのだろう。
―― ゴゴゴゴゴゴォォォオオオ……!!
地割れから現れたアスタロウの周りに、竜巻のようなもの、いや竜巻が巻き起こる……竜巻は山を覆う黒煙を吸い集め、凝縮させて行く。
竜巻の中心に居るアスタロウの体が次第に大きくなって行くように見えるのは、きっと錯覚などではないのだろう。奴は元々は俺よりだいぶ背が低かったが、今ではデッカーやオイゲンより大きくなっているように見えるし、さらに大きくなり続けている……!
「ウサジさん」
ノエラは一呼吸置いて自分の感情を鎮めてから、優しげに微笑んだ。
「世界の誰よりもウサジが大好き。僕、ウサジさんの事が大好きで本当に良かった。ごめんねこんな事言って、僕、本当は面倒な子だから、せめてウサジさんの心のどこかに残りたいんです」
「ノエラ!」
俺は叫び、ノエラに手を伸ばす。しかしノエラはかなり俺から離れて立っていた上、鋭く飛んで俺の手をすり抜けてしまった。
「アスタロウは僕が殺します。そしてこの勇者の剣で自分の胸を、取り込んだ魔王魂ごと刺し貫きます。それで魔王魂は破壊されるし、誰も次の魔王になれない」




