0025 いやあ……仕方無いんじゃない? あの絵普通に抜けそうだったし
五人組は去って行った。それ以上絡まれなかったのは良かったのだが、俺は自分が大変な事をしてしまったのかもしれないと思い始めていた。
「ウサジ! 今回の事は本当にすまない、私は二度と油断しない! これからはもっと性根を据えて修行に励む!」
クレールはどうにか気を取り直したようで俺にそう熱っぽく語っていたが、この時の俺は上の空で、じっくりクレールの衣装から覗く胸の谷間を堪能する余裕も無かった。
―― 本当にもうどこも痛くありません、凄い治療魔法ですね!
あのジュノンという少年はそう言って何度も頭を下げたのだが、その瞬間俺は見てしまったのだ。あの少年のM字ハゲの部分にうっすらと、さっきまで無かったはずの産毛が生えているのを。
俺の魔法「しゅくふく」は、もしかするとハゲの特効薬なのかもしれないのだ。
ではこの魔法をどうする? 皆のハゲを治療するのに使うか? 俺は皆から感謝されてこの異世界で幸せな人生を送れると思うか? そう思わない。俺の心の中に住むヒゲに鉢巻き腹巻にステテコ姿の小さなおっさん妖精もそう言っている。
魔法でハゲを治療すれば、それは感謝されるだろう。噂は噂を呼び俺の元には世界中のハゲが集まって来る事になる。その時点でもう十分に憂鬱だ。
そして来る日も来る日もハゲ治療に励む俺はやがて、ハゲ治療の独占を企む権力者に誘拐され、幽閉される。
それだけで済めばまだいい。
魔王が、何かの理由をもってこの世にハゲの呪いをかけているのだとしたら?
ハゲを治療してしまう俺は魔王の第一級の敵という事になり、次から次へと刺客を差し向けられ、命を狙われるという事に……
そんなのは嫌だ。俺はこれからもこの美少女パーティの唯一の男として、自由に生きたい。昼間はピクニックをして夜はキャンプファイヤー、深夜には夜這い、朝はスッキリとした顔で旅立つ、そんな人生を送りたい。
◇◇◇
神殿のあちこちには奴らが倒した魔物の骸が転がっていた。あいつらは確かに強いのだろう。装備も全然違うし。
倒された魔物を見ると、魔物の種類に合わせた適切な武器を使っている節もあるな。硬い魔物は鈍器で、急所のある魔物は槍や弓で、これはやっぱり、あのジュノンって奴が実はパーティの司令塔として機能しているパターンじゃね?
「彼等も勇者を名乗る者達なんですか?」
「うん。僕達もあの人達も、今はまだ勇者候補なんだ。正直、だいぶ水をあけられちゃっているけど」
俺の質問に、ノエラはそう言って俯く。実力は向こうの方がだいぶ上なのか。
「私はノエラさんが勇者だと思いますよ。だって勇者って人の世に平和を取り戻す人の事でしょう? それに貴女でなければ、私をあの箱から助け出してくれなかったんじゃないですか」
あの金髪キザ野郎だったらどうなっていたかな。蹴っ飛ばして蓋閉めて終わりだったんじゃねーか?
ん? ノエラがじっとこっちを見ている。もしかしてマジで俺に惚れた? やっぱり今夜にでも食べちゃおうかなあ、気が変わらないうちに……
「ウサジ、あれ……!」
違った。ノエラは俺が居る向こう、神殿の壁の一つを指差していた。
そこは神殿の大聖堂……などではなく、物置にでも使っていたんじゃないかというような回廊の行き止まりで、石造りの棚があった跡だけが残る、どうという事の無い場所だった。
壁には彫刻が掘られている……なんだか棺桶のような物と、立ち上がった人物と……何だろう、ホラー映画のポスターみたいなものだろうか?
ラシェルは賢者らしく、眼鏡の縁をつまみながら、彫刻というか、壁画のあちこちを見回していたが。
「こっ……これはウサジさんの事かもしれませんよ!」
突然そう叫んで俺の方を見た。えー? このミイラみたいなのが俺?
「この周りの山や川、湖の配置は、ここが聖なる白き森の光輝の神殿である事を表しているんです、この柩はウサジさんが入っていた箱です!」
「つ、辻褄は合うような気がするが、ちょっと飛躍しているような」
「ここに古代語の記述もあるんです!」
ラシェルは更に眼鏡を壁面に近づける。あっ、もうちょっと前かがみになってくれないかな……もう少しでパンツ見えそうなんだけどな……俺が屈んだらいいんだけど、バレたら気まずいし。
「聖者は光輝の聖布、純白の小瓶、女神の魔方陣と共に眠る……」
ん? 何か引っ掛かるな?
「光輝の聖布?」
「あの……ウサジと一緒に入ってた古びたシーツ……」
「純白の小瓶」
「埃を被っていて、エールの瓶に見えたのかも……」
「女神の魔方陣!」
「わ、私が春画と決めつけてしまったあれか!?」
「た」「たた」「大変ですわ!!」
俺には何が大変なのかはよく分からないのだが、俺と一緒に箱に入っていた物はどれも大事な物だった可能性があるらしい。
「一刻も早く、取りに戻らなきゃ!」
ノエラはそう言ったが、俺には別に考えがあった。
「待って下さいノエラさん。私に提案があるのですが」